第2154話「首斬り血啜り」
切り落とされた手首から露わになる断面。滑らかに一太刀が通り、遅れてドス黒い血が溢れ出す。病魔の手は震え、憤り、激烈な苦痛にのたうち回る。
諦めかけていた俺たちの前に、少女が立っていた。
黒髪を揺らし、手には大太刀。桃色の袴を翻し振り返った彼女の目は、爛々と輝いている。
「つれないですね。首を斬るなら私も誘ってくださいよ」
「いや、元々そんな予定はなかったんだが……。トーカ、後ろ!」
窮地を救ってくれた我らが切込隊長トーカ。こちらへ振り返る彼女に、再生を果たした手が迫る。
――キンッ
トーカは一瞥もせず、鯉口を切る。冷涼として音が響き渡った。
そして、襲いかかってきた手はバラバラと輪切りになって崩れ落ちる。
「ふふふ。再生能力持ちの首はなかなか貴重ですからね。ぜひ楽しませてもらいたいものです」
トーカの真髄、神速の抜刀術。それはもはや、俺の目では捉えきれないほどの領域にまで昇華されていた。彼女は振り向きざまに鞘走り、再び復活しようとする手を刻む。
刻む。
刻む。
「はあ、はあっ! なんて素晴らしい! 肉を断ち、骨を砕き、軟骨の崩れるような、この感触! 剛毅であるからこそ、斬りごたえがある。強いていえば、頚椎のように複雑な味わいがないことだけが残念ですが、素晴らしい!」
これだから首斬りはやめられない、と恍惚として頬を赤らめる。
見た目だけは可愛らしい少女なのだが、その頬にべっとりと血の赤が染み付いてしまっている。
「もっと、もっとです! 首を差し出しなさい!」
ドス黒い返り血を浴びるほど、彼女は勢いを増していく。
額から生えた小さなツノが、血の色に染まっていく。
「トーカは手首でもいいのか?」
「首は首だからでしょ」
「有効射程が広すぎる……」
とはいえ、彼女の加勢は素直にありがたい。
おかげでエイミーも呆れるだけの余裕ができた。しかも防戦一方にとどまらず、向こうにもダメージを与えているのだから凄まじい。次々と手首を切り落とされ、向こうも必死に潰そうとしているのがよくわかる。
『というか、血を浴びてるんですが大丈夫なんでしょうか』
心配そうに様子を窺うのはウェイド。
トーカはタイプ-ヒューマノイド、モデル-オニという機体だ。その特徴は血を浴びることで"血酔"状態となり、酩酊感と引き換えにステータスが向上するというもの。彼女の額から生えるツノが、血を吸い込んで力を生み出すのだ。
だが、通常の原生生物ならばともかく、龍すら苛む病魔の血ともなれば、それを浴びて問題ないのかというウェイドの疑問ももっともだった。
「ご心配なく!」
返答は本人から。
トーカは妖冥華を振り回しながら、はきはきと声を張り上げる。
「私はすでに、輸血パック50本を一気飲み完了しています! 今更、この汚い血が入ってくる隙間なぞありません!」
「二次会気分かよ……」
通りでいつにも増してテンションが高いわけだ。
輸血パック50個分のステータス補正を受けたトーカなら、病魔の手首でさえも首の範疇。斬ろうと思えばもちろん斬れる。
「そもそも、どうやってここまで来たんだ?」
「ミカゲが案内してくれました!」
エミシの植物研究所で別れたミカゲ。それ以降姿を見ていないが、陰ながら助けてくれていたらしい。なるほど忍者の鑑である。
「それで、レッジさん。いけますか?」
トーカは次々と病魔を切り捨てるが、それも永遠に続くわけではない。むしろ事前に血をガブ飲みしてきたからこそ、全力を発揮できる時間は短い。
だが、30秒。それだけ稼いでくれれば、十分だ。
「ありがとう。エイミー、トーカ。――おかげで完成したぞ」
3分の時間をかけて、テントが立ち上がる。
この日のために用意していたと言っても過言ではない。この状況にもっとも強力に作用するテント。テントという存在のもつ意味のうち、内と外を分かち、境界線を維持することに特化するテント。
「異界展開型隔離テント――"浮世雲"」
Tips
◇マッシブフロッグの生き血
非常に強靭な筋肉を持つ大型の蛙型原生生物マッシブフロッグの生き血。濃厚でどろりとしていて、飲むと力が湧いてくる気がする。
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