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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2154/2214

第2152話「隔離された塔」

 最果ての塔と呼ばれるものがどこにあるのかは分かっていない。そもそもマーリンがどういう存在なのかさえ、誰も知らない。〈オモイカネ記録保管庫〉を隅々まで調べても、そんな名前すら出てこない。

 歴史の影に隠れた存在。自らを傍観者と称する彼女は、徹底的に表舞台に立つことを拒み続け、暗躍に徹しているようだった。

 思えば、そんな彼女が俺たちの前に姿を現したことが異変なのだ。その上で彼女は俺たちを導き、イザナギを匿った。世界を揺るがす危機に対するためと理由は付けられるが、栄枯盛衰は世の必定だ。惑星イザナミの外からやってきた俺たち調査開拓員に与する根拠にはならない。


「いったい何を考えてる、マーリン」

『そんなに睨むなよ。私はただ、穏やかな日々を送りたいだけさ』


 塔から突き出したバルコニーの柵に手をかけて、謎めいた魔法使いは微笑みを浮かべる。

 塔以外には何もない、無辺の草原。柔らかな風が青い草海に白銀の波を刻み、どこからか光が降り注ぐ蒼穹は一片の曇りもない。昼夜の概念も剥奪され、時間という流れから外れたこの土地は、確かに穏やかなものだろう。


「だから君、早くそこから出ていってくれないか」


 表面上は平静を保って、しかし有無を言わせぬ気迫でマーリンが言う。

 俺がここにいることが何かを阻害している。


「理由を聞かせてくれ。それ次第だ」

『……そんな時間がないって話なんだけど、ね!』


 一瞬、魔法使いの姿がぶれる。彼女が纏っていたローブが、風に流れながら落ちていく。空だ。


「っ!」

『反応するか! 素晴らしいね!』

「ここに来て武闘派かよっ。イメージ壊れるぞ!」


 塔の上から見下ろしていたはずの彼女が、至近距離に迫っていた。容赦なく繰り出される拳を流しながら飛び退き、距離を取ろうとするも猛追が続く。

 魔法使いを自称しているくせに、間断なく熾烈な打撃が叩き込まれる。


『君を押し返せれば、それでいい!』

「相撲でも取ってるつもり――かっ!」

『っ!』


 防戦一方、というわけにもいかない。こちらも槍を取り出し、柄を叩きつけるように旋回させる。咄嗟に避けようと身を捩ったマーリンの喉元にナイフを、


『そっちでいいのかい?』

「ええい、厄介な!」


 どろりと彼女の輪郭が溶ける。

 見つめていると、見失う。なんて嫌らしい魔法使いだ。

 死角に回り込み、それどころかしゃがみ込んで不意を狙うマーリンの鋭い手刀が飛び込んでくる。


「『機装展開』ッ!」

『あっはぁっ!』


 咄嗟にサブアームを伸ばし、デコイにする。それなりに硬いはずの鋼鉄製フレームが飴細工のように砕け散る。


「高いんだぞ、これ」

『なら大人しく下がってればいいじゃないか』

「だから説明しろって!」


 なんでどいつもこいつも好戦的すぎるんだ。非戦闘員の一般人に容赦がない。一丁前にファイティングポーズを取って柔らかく膝を動かすマーリンは、どこから仕掛けても撃退されそうなほど隙がない。


「仕方ないわね」


 俺では分が悪い。

 それを察して、エイミーが前に出る。〈体術〉スキルを持つ彼女なら、マーリンとも対等に戦えるだろう。


「頼んだ、エイミー」

「任せなさい。耐久戦は得意なの」


 鉄拳を握るエイミー。マーリンは鼻を鳴らし、再びぶれる。


『こっちは数で勝たせてもらおうか!』

「分身した程度で、どうにかなるとでも?」


 一気に三人に増えたマーリンがエイミーを取り囲み、一斉に拳を繰り出す。

 ウチのメイン盾を見くびりすぎだ。

 瞬時に展開された極小の防御障壁が、拳一つぶんの面積だけで的確にそれを阻む。紫紺の長髪が乱れ、重い砲撃のような拳が魔法使いの顔面を穿つ。


『かっ、はぁっ!』

「せええいっ!」


 吹き飛ぶマーリン。それに目もくれずエイミーは近くにいた別のマーリンを叩き潰す。


『……なんで私が本物だと?』

「微妙に動きが早かったわ。同期にラグがあるのは致命的でしょ」


 おかしいなぁ、と目を細めるマーリン。

 容赦なく突き込まれた拳が顔面にめり込み、彼女は空を舞う。


「慣れないことするからよ」


 ぱんぱんと手を叩き埃を払うエイミー。彼女は塔に目を向ける。


「イザナギも、突っ張ってないで降りてきなさい」


 拗ねた子供を諭すように、厳しいながらも優しさのある声で呼びかける。


「レッジが何考えてるか知らないけど、私まだ子供いないわよ」

「たまに忘れそうになるな」

「ふふふ」


 笑顔が怖い。

 とりあえず地面で伸びているマーリンも回収しつつ、状況の把握に努めなければ。なぜ彼女は俺たちに干渉してまで、イザナギを匿い続けていたのか。

 塔から降りてきたイザナギが、壁に手をつきながらこちらを見つめている。

 翼も随分と立派になって、額のツノも太い。背丈というか、骨格ががっしりとしたような気がする。


「イザナギ、もうこっちに別の黒龍はいないぞ」


 黒龍の魂同士が出会えば、因果律が歪む。

 だが、その心配はもうないはずだ。

 それなのに彼女の足は重たい。


『……まったく、お節介は厄介だね』


 よろよろとマーリンが身を起こす。エイミーが再び拳を握るが、彼女に戦う意志はないようだった。塔のそばから離れないイザナギに、視線を向けている。


『今、そっちは龍を侵す病が広がってるんだよ』


 それが、白龍だけに留まるはずがないだろう。

Tips

◇マーリン流拳法

 魔法使いとて肉弾戦は必須だろう。詠唱する時間を稼げなければ、ただの虚弱なサンドバッグになるしかないからね。ま、無詠唱とか詠唱破棄とか事前詠唱とか高速詠唱とか、やりようはいくらでもあるけども。


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