第2151話「暴かれる風」
最近は便利なもので、〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に広がる小宇宙の片隅でもインターネット網が届いている。おかげで辺鄙な土地にいながらでも、最前線で何が起こっているのかを知ることができるのだから大したものだ。
『見てください! あの八本腕! なんと変態的な、そして驚異的な手腕でしょう! えー、ネクストワイルドホース独自の調べによりますと、彼女はコフィンという名の回収屋で、特に現地蘇生に特化した活動をされているようですね! 彼女の神業によってレティさんが復活し、更にスピードアップしたようにも見えます!』
「レティも頑張ってるみたいだなぁ。新装備もいい出来だ。俺も槍とナイフを新調したくなる」
『言ってる場合ですか! こちらも用が済んだのですから、さっさと戻りましょう。T-1たちからわんさかメッセージが届いているんですよ』
大規模小麦農園惑星、W-003αの地中。ビールの泉から発生した腐れネズミこと腐り爛れる病獣は退けることができた。その上、どうやら泉にお菓子を投げ込んだのが功を奏したようで、レティたちの方にある疾病の根源――龍骸でも進捗があった。
『いいんですか? レッジさんも最前線に行かなくて』
ようやく柿ピー喪失の悲しみから脱したエミシが様子を窺ってくる。
「俺が行ったところでな。テントを建てる暇もないだろうし、レティの全力であれくらいしか削れないなら、俺の槍が刺さる気もしないからな」
龍骸を中心とした戦場は、俺の記憶にあるものとはずいぶんと様相が変わっている。黒く焼けた焦土の中心で佇む真紅の龍が絶えず火炎を放ち、レティをはじめ徐々に復活しはじめた調査開拓員たちがそれに応戦している。
しかも厄介なのが更に外側からワラワラと現れる黒い影。龍の姿を見た瞬間に鮮やかに煌々とした毛並みへと変わる猿たちだ。レティたちはそれを巻き込めるように立ち位置を調整しつつ、戦っている。
あそこに俺が出て行ったとて、できることはないだろう。テントを建てるには忙しないし、戦闘職でもない者の攻撃力が通る場でもない。
『では、エミシの密造酒工場に行きましょうか』
『み、密造ではないと言ってるじゃないですか! あれは化学プラントです!』
『そのあたりの言い分は、事が済んでからカツ丼でも食べながら聞かせてください』
『〜〜〜〜っ!』
あっちはあっちで大変そうだが、こっちもこっちで大変だ。
T-1たち指揮官組が急行した、エミシの密造酒工場。そこもまた病魔に侵され、まるでダンジョンのような危険地帯になっている。投入された警備NPCも次々と撃破され、今では現地にいた調査開拓員たちも徴兵して対処しようとしている。
なんとか施設機能を停止させなければ疾病の根絶ができないという絶望的な状況だ。
「二方面作戦が強制されて、どっちも決定打に欠ける感じだな。難しいもんだ」
前線ではレティたち、アストラ、ケット・C、メルといった錚々たる面々が揃っている。更には〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉といった後方支援も手厚い。だがやはり腐龍イザナミと煌炎猩々との板挟みはかなり苦しい。最初の熱波でほとんど全滅してしまったのも、苦戦の原因になっている。
一方で密造酒工場の方はそちらに人員を取られているせいでなかなか押し込められていない。そもそも閉鎖環境を占拠されているという状況が悪く、調査開拓員の頭数を揃えればいいという単純な話でもない。
『レッジ、あなたはどっちに行くんです』
ウェイドが見上げてくる。
俺がどちらにも行かず静観を選ぶなど、微塵も考えていない澄んだ瞳だ。思わず手が伸び、白銀の髪を撫でる。ぎゃいぎゃいと叫んでいるが、彼女も管理者として行動しなければならないのだろう。
「……ウェイド、タマヨリはいまどんな状況なんだ」
この戦場に、ピースが欠けている。
白龍イザナミの因果律が歪んだことで現代に復活を果たした海底遺跡。そこから、海底人たちと共に現れた白龍イザナミの分霊体。本来ならば騒ぎの渦中にあるはずのキーパーソンが、ずっと沈黙を保っている。
『コノハナサクヤのところで、実験に協力しているはずですが……』
トヨタマと共に、白龍イザナミの能力を調べるため協力してくれている。
そう話は聞いているのだが、少し引っかかる。T-3が画策した計画のなかで、タマヨリはトヨタマと連れ立って現れ、超臨界状態の都市無停電電源装置を龍骸に投げ込んで誘爆させた。
あの時、なぜその二人が選ばれたのだろう?
「純真、か」
白龍イザナミから分かれた分霊体。トヨタマは博愛の精神を司り、タマヨリは純真を司る。その意味するところは依然として不明のままだが、おそらく彼女を無くしてこの特殊開拓司令は進められない。
「そういえば、イザナギは? 彼女はどうした」
『えっ? イザナギ? それは、えっと……イザナギ?』
はっとして問い糺す。白龍イザナミと対となる存在、黒龍イザナギ。その魂を継承するイザナギ。彼女もずっと姿が見えない。それどころか存在すら忘れていた。――ウェイドたちさえ、今気づいた?
「認識が歪められてるぞ! これは……マーリンか!」
ひとつの違和感が、燃え広がるように連鎖する。
ずっと忘れていたものが、想起されていく。
マーリン。最果ての塔の主人。どうして彼女のことを忘れていた? 覚えられていたはずなのに。
『ちぇー、このまま静かに放っておいてくれたら良かったのにね。ほんと、君は厄介極まりないね』
どこからか声が響く。
「エイミー!」
「『不動なる城壁』ッ!」
即座にエイミーが全方位を守る障壁を展開。だが、何かが現れる気配はない。
マーリンはイザナギを匿っている。それは、過去世界で黒龍イザナギの魂が出会うことで、因果律が崩壊するからだと言っていた。
彼女はいま、何をしようとしている? 人の記憶から逃れ、隠れて、何を画策しているんだ? 傍観者がなぜ、干渉してくる?
「"吹き渡る風は螺旋を描き――」
彼女はどこにでもいる。どこにでもいないが。
それに手を伸ばすために必要なのは、俺たちの持つ技術ではない。この星に根付く、太古の理。――魔法だ。
「――遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ"ッ!」
猛風が地底洞窟を巡る。バチバチと激しい雷を生み、景色が歪む。
ここは、〈エウルブギュギュアの献花台〉。かつてエルフたちが繁栄を誇った古都のある土地。時空間構造部門が存在した研究施設。なるほど、なぜ疾病の病魔が、他にいくつもある醸造施設ではなく、偶発的に現れたここを狙ったのかが分かる。
縁どころの話ではない。
「いるんだろう、イザナギ!」
空間が破れる。
投射中のスクリーンが裂けたかのように、向こう側が剥き出しになる。
純白に輝く塔の上に、魔法使いと龍の少女が佇んでいた。
Tips
◇なに、簡単なことだよ。
彼は確かに俯瞰するような広い視野を持っているが、時代を並列に考えることはやはりできない。一つの流れをわざと見せてやれば、そこに注目してしまう。これはもはや自然法則そのものだ。
"いわゆるミスディレクションってやつだね"――まったくそれでも気付くのだから厄介なものだよ
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