第1247話「機体を目指して」
コフィンによって調整された足は、レティの感覚によく馴染む。急場凌ぎの仮調整とは思えないほどだ。これならば、いつもの感覚で走ることもできるだろう。
しかし、レティの脳裏に一抹の不安がよぎる。自分がいつものように移動するとなれば、コフィンはそれについて来られるだろうか。もちろん、自惚れているわけでもないし、彼女がプロの回収屋であることも承知している。だが、それを考慮せざるを得ないほど、レティの脚力は純粋に強い。
「大丈夫。好きに動いて」
コフィンは気負う様子もなく、それだけを伝える。
「分かりました。――行きますよっ!」
レティも腹を括り、地面を蹴る。踏み固められた硬い大地を踏み抜かぬよう気をつけながら、一気に加速する。
「『ブーステッドレッグス』ッ!」
さらに勢いが付けば、より加速する。
補強したばかりの人工筋繊維が膨張し、フレームから浮き上がる。ギチギチと緊張する腱の収縮で、爆発の音と共に駆け抜ける。
「少し飛ばしすぎましたかね――」
「大丈夫。問題ないよ」
「ほわーっ!?」
あまりにも大人気なかったか、と後ろを振り返ろうとしたレティ。その首の旋回が、真横で止まる。完全に置き去りにしたと思っていたコフィンが、肩を並べていたのだ。
「なっ、ちょ、どういう……タイプ-フェアリーですよね!?」
タイプ-ライカンスロープと、タイプ-フェアリー。両者にはスペック上様々な差異が存在するが、より大きな違いとして体格というものがある。そもそもレティとコフィンでは足の長さ、歩幅が全く異なるのだ。
仮にレティと同じ速度で走れたとて、追いつけるはずがない。
「私、足は遅いよ。でもよゆー」
いえい、とピースまでしてみせるコフィン。レティは一度冷静になり、彼女の足が全く動いていないことに気がつく。
「これは……飛んで……?」
よくよく見てみれば、コフィンは正座するように膝を揃えて、横に向かって飛んでいる。まるで、何かに引っ張られているかのようだ。眉を寄せたレティは、彼女の右手首から極細の糸のようなものが伸びていることに気がつく。
「もしかして、フックショットですか?」
「ご明察〜」
表情をぴくりとも動かさず、しかし声だけは楽しげに。コフィンは頷き、左腕を前に突き出す。パシュッと乾いた音と共に、今度は左手首から何かが射出された。
コフィンは右左交互に腕を突き出し、糸を飛ばす。その先端に取り付けられた鉤爪がはるか前方の地面を捉え、腕内部の巻き取り機構の動きによって彼女は引き寄せられる。
「まさか、そんな妙なことをする人がいたなんて……」
「レティにいわれたくはないけどね。とにかく、私のことは心配しなくていいよ」
コフィンのフックショット捌きは卓越したもので、地面の凹凸どころか立ちはだかる大岩さえものともしない。軽やかに動きを調整し、細やかに回り込みながら越えていく。
レティも一瞬にして、彼女の実力を認めざるをえない。
「素晴らしい速度ですね。まさか足を動かさずにそんな機動力を出せるなんて」
「両腕の改造が必要だし、圧縮ガスの充填も必須。案外、使い勝手はよくない」
「それでも夢がありますよ」
使用者本人としては、まだ不満に思う点も多い。だが、レティにとっては革新的とも言える速度だ。これに自分の脚力をそのまま合わせれば、可能性はより広がる。
「回収屋は、手練の戦闘職が機体回収を諦めるような危険地帯に行かないといけない。移動方法を磨くのは必須、だよ」
「なるほど。参考になりますねぇ」
考えてみれば当然である。歴戦の調査開拓員が死ぬほどに過酷な土地へ赴き、ただでさえ重たい機体を、損傷を気にしながら運ばねばならないのだ。そのプレッシャーは筆舌に尽くしがたい。
コフィンは縦横無尽にかけめぐり、時には天高く飛翔する。表情はまったく変わらないが、その動きは過激の一言だ。レティは思わず、笑い声をあげてしまう。
「あははっ! 素晴らしいですね! 楽しいですねえ! ここから先はちょっと忙しくなるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「問題ない」
当然のように返ってくる、同じ返答。
レティたちの眼前には、黒々とした塔が無数に乱立していた。全て、強烈な熱波によって一瞬にして水分が蒸発し、全身が炭化した原生生物の骸である。
直進すればそれに正面から衝突し、ダメージは免れない。レティはハンマーを掲げる。
「でりゃあああっ!」
粉砕。
ハンマーが炭の塊を破壊する。道がなければ拓くのみ。これぞ調査開拓員と言わんばかりに、彼女は目の前の障害物を破壊していく。
並走するコフィンは、わずかな隙間を縫うように微妙な調整を施しながら、奇跡のような神業で駆け抜ける。
どちらも、方向性こそ違えど、見るものを圧倒させる技量があった。
「ん、もうすぐ機体が見えてくると思う」
〈回収〉スキルを持つコフィンは、レティの機体が転がる座標も知っている。マップ上にピン留めされたポイントは、徐々に近づいてきていた。
「このまま平穏に! いけばいいんですが、ねっ!」
炭の塊を破壊しながら、レティは突き進む。
だが、希望的観測を口にしたその瞬間であった。
「火炎玉が来るよ」
「そんなことだろうと思いましたよ!」
中心に座する龍。赤熱した腐龍イザナミが首をもたげ、大きく開いた口から灼熱の炎を吐き出した。
「いよいよドラゴンっぽくなってきましたね!」
「あれでみんな、回収に手こずってる。さっさと終わらせないと、私たちも消し炭」
「ふぅおうっ!?」
頬を掠めるだけで予備機体の耐熱フレームが悲鳴を上げる。あまりにも高温すぎる火球は、周囲の光すら歪ませ、禍々しい。
当たればどうなるかなど、もちろん火を見るよりも明らかだ。
「どうやって回収するんですか!?」
火球は次々と放たれる。
追尾能力こそないものの、龍の照準は正確無比で、一箇所に止まっていれば間違いなく射止められるだろう。機体を回収するには、現在予備機体にインストールされているレティの意識を移さなければならない。さらに言えば、機体は高熱に晒されて損傷しているはずだった。それを修理しなければ、復活したとてまともに動くこともできない。
「最優先は、機体を持ち帰ること。そのために、この棺桶がある」
コフィンが背負う、大きな棺桶。しかしレティは首を捻る。
「その中には、工具とパーツが入っているんじゃ……」
予備機体の調整を施す際に、中を見ることができた。そこにはみっちりと、機体の交換パーツなどが入っていたはずだ。レティの機体をそこに納めて運び出すことなどできそうもない。
しかし、そんな疑念を向けられてなお、コフィンは平然としている。
「問題ない。とりあえず、3秒だけ稼いで」
彼女の要求は、たったそれだけだった。
Tips
◇フックショット
圧縮ガスによって射出された鉤爪付きワイヤーで機体を牽引する機構。操作難度は非常に高いが、使いこなせれば縦横無尽にフィールドを移動することができるようになる。
"宝を目指して飛び回れ!"――曲がり爪のトレジャーハンター
Now Loading...




