第2146話「前後の熱源」
「来ました! 名前が変わってますね」
「何になろうとやることは変わりません。叩き潰すだけですっ!」
アイが戦旗を広げて味方を鼓舞する。彼女の凛とし姿が見る者に勇気を与え、走らせる。
〈七人の賢者〉が構築した背の高い黒壁は、次々と迫り来る原生生物を退けた。しかし、その効力も永続するわけではない。徐々に壁の向こうの圧力が、押し勝つようになってきた。
壁を乗り越え、内側へと辿り着いたものを見て、アイが眉を寄せる。鮮やかなオレンジ色にゆらめく、炎を纏った大猿のような外見だ。太い手足で地面を掴み、力強い動きで疾走している。ゴウゴウと炎が唸り、そこだけに煌々と灯りがともっている。
"煌炎猩々"という名前だけが看破され、それ以外の情報は何も得られない。
「『赤兎の烙印』ッ!」
『ギャヒィ!』
先陣を切るレティの、強烈な一撃。燃えていようが、炎を纏おうが関係ない。ハンマーは煌炎猩々に直撃し、ウサギのマークを焼き付けた。
「『刺し貫く氷結の短槍』ッ! はえやーっ!」
そこに間髪入れずシフォンの追撃。
彼女は氷の槍を手の中で組み上げて、瞬時に突き出した。煌炎猩々の胸に深々と突き刺さり、レティの押し付けたスタンプマークにも命中する。
三メートルに迫る巨大な火炎猿は、海老反りになって絶叫をあげた。
だがレティもシフォンもそれに油断することなく、次々と攻撃を重ねていく。ここで手を緩めれば、後々自分の首が締まるのだ。
「『パワーチャージ』ッ! 『インパクトスマッシュ』ッ!」
力を溜めて溜めて、解き放ったレティの一撃。煌炎猩々の胸に大穴を穿つ。
元は姿を模倣する異能を有した"贋物の虚影"だが、臨機応変に返信できるわけではない。変化した後は、その姿での弱点を有している。
怪獣のような大猿でも、胸に穴を開けられれば力なくひれ伏すほかなかった。
「よし、思ったよりは強くないですね!」
「はええ。でも数が多くなってきてるよ!」
腐龍イザナミの燃え上がる炎を見て、それを模倣した。そこからレティが想像していたほどには、手こずらなかった。さしもの異能者であっても、総司令現地代理の対抗理術を完璧に模倣することは難しいようだ。
しかし問題なのは個々の強さだけではない。煌炎猩々は次々と壁を乗り越え、迫ってくる。それをレティたち調査開拓員は必死に迎撃していく。
「ああっ、すみません取り逃しました!」
「『音響く必中の氷矢』ッ!」
レティはもとより、対単体を想定した戦闘を得意とするスキルビルドだ。煌炎猩々一頭を開いて取っている隙に、別の個体が脇をすり抜けてしまう。
だが、レティのハンマーから逃れた者に与えられるのは、首筋を貫く冷たい刃である。
「まったくもう。人使いがあらいねぇ」
びん、と弓をつまびくのはラクト。いまだにブラックボックスの影響で多大なデバフが刻みつけられているが、戦えないわけではない。ごく小規模な、あまり使い所のなかったアーツを選んで、レティたちが撃ち漏らしたものの処理を担当していた。
「ありがとうございます、助かりました!」
「いいよいいよ。こっちは気にせず好きにやっちゃってー」
ラクトという心強いバックアップを受けて、レティの動きはさらに加速する。それは、ハンマーの形状も理由のひとつだ。
「でりゃりゃりゃーーーいっ! いつでも二連撃を叩き込みたい放題! 素晴らしいですねぇ!」
彼女は一瞬に二度の打撃音を響かせる。ほぼ同時に肉を叩き。骨を折る。
ツインヘッドのハンマー、"双頭の灼兎棍"はぐるぐると回転するように振り回され、ダダン、ダダンと連続え敵を打ち砕いていた。
レティのような特大武器を扱う者の弱点のひとつ、小回りの効かない取り扱いの悪さ。それをか彼女は動きのレベルから見直し、克服せんとしていた。
「どっちがより強くなれるか。成長力の勝負ですね!」
レティが新たなハンマーを習熟し、敵に再生の暇を与えないのか。はたまた、煌炎猩々が連撃を耐えぬくのか。
降ってわいた力くらべに興奮しながら、レティはより一層熾烈に攻撃を繰り出し始めた。その時、
[対抗理術"発熱"高熱源ウェーブ発動]
背後から迫る灼熱の突風が、レティと煌炎猩々とを諸共薙ぎ払った。
Tips
◇義勇軍の行進曲
自ら戦地へと臨む誇り高き騎士たちの奏でる勇猛な楽曲。聞く者に勇気を与え、力を漲らせる。
攻撃力、防御力、各属性耐性、上昇。ノックバック、怯み無効。
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