第2143話「必要な犠牲」
ビールの湧き出す泉にエクレアを投げ込んだら、そこから出てきた腐れネズミにダメージが入った。ここから推察されるのは、泉とネズミが何かしらの繋がりを持っていること。泉に影響を与えれば、ネズミにも波及する。そして、どうやら菓子類が有効だということ。
『なんということを……! あなたには人の心というものがないのですか!』
「あいにく調査開拓員はアンドロイドだからな。というわけで、すまないが使わせてもらうぞ」
『ノォオオオオオ!』
ウェイドから強請っ――提供を受けたエクレア、シュークリーム、チョコレートケーキ、タルト、アップルパイ、パフェ、アイスクリーム、フィナンシェ、クッキー、クリームパン、カヌレ、かりんとう、マリトッツォ、ガム、バームクーヘン、その他もろもろの菓子類。それを次々と泉に投げ入れていく。
「エイミー、ちゃんと抑えててくれよ!」
「言われなくても!」
当然、ネズミは俺に怒りを向けて、菓子投入を阻止しようとする。それを抑え込むことができるのは、エイミーただ一人だ。彼女は複数の障壁を次々と展開させ、ネズミの動きを完封している。
「まさしく袋のネズミってやつだな」
『言ってる場合ですか!』
血の涙を流しそうなウェイドが絶叫する。食べ物を粗末にするなと言われてしまうが、今ばかりは堪えてほしい。
しかし、理屈が分からない。
なぜ甘いものを投げ込むとネズミにダメージが入るのだろう。砂糖に殺菌作用などは特にないはずだが……。
とりあえず今は効果があるからやっている。しかし、この機序をなんとか説明できるようにしたい。
『ふぐぅう……私のスペシャルなスイーツ達が……。訳もわからないやつに食べられていきます……』
「食べられる?」
泉のほとりで項垂れるウェイドの言葉に引っかかる。
「なあ、ウェイド。このお菓子は食べられてるのか?」
『そりゃそうでしょう。泉の底の深さを考えて、この量がそのまま堆積するならもう入らないはずです。この中で分解消化されていると考えるべきです。シクシク』
泣きながらも理路整然とした解説だ。たしかに泉はかなり小さく、琥珀色のビールを通しても底は見える。人形焼を紙袋から一つ取り出して投げ込むと、それは浮き上がることなく底へと向かいながら、ボロボロと崩れていく。
そして、泉の底にたどり着く寸前にぐにゃりと歪んで消えていった。
「もしかして、あそこが"縁"の繋がりか?」
さらに何度か人形焼を落とすも、同じような軌跡を残して消えていく。
手を突っ込んでみても触れないし、何か感触があるわけではない。だがパンケーキやハニートーストを投げ込んでも、全てそこに消えていく。
あそこから、どこかに繋がっているらしい。
『砂糖を直接ネズミに投げても効果があるわけではない以上、それそのものが有効手段になっているわけではないのでしょう』
いつの間にか隣に来ていたエミシが分析を披露する。
彼女の予想と、俺の考え、その一致するところ。この現象には二つの段階がある。
「砂糖が直接効くわけじゃない。砂糖は分解され、取り込まれ、それによってネズミに効いている。砂糖をエネルギー源にしてるのか」
砂糖や菓子は、言うまでもなくハイカロリー食だ。それを咀嚼することで得られる熱量は凄まじい。泉の底に消えたお菓子はカロリー、熱量へと変換されているのではないか。
「すまん、ウェイド。これも使わせてくれ」
『ん? ああ、別にいいですよ』
ウェイドが持っていたゼロカロリーのゼリーを手に取る。驚くほど淡白な声で了承がもらえた。……この管理者、カロリーで価値を測ってるわけじゃないよな?
とにかく、実験もかねてゼリーを落とす。それもまたシュワシュワと形を失い吸収されたが……。
「エイミー!」
「反応ないわね。ダメージも入ってないわ!」
やはり、ダメージが発生していない。
つまり必要なのはカロリーなのだ。
「じゃ、ウェイド。このへんも投げ込むぞ」
『うぎゃああああっ! だめです! やめなさい! やめてください! このっ、離せっ、反逆者として逮捕されたいんですか! ふぎぎぎいい!』
ゼリーの時と対応が違いすぎる。
両腕どころか両足まで使ってしがみついてくるウェイドを振り解きながら、バタースコッチを投げ込む。
その瞬間、一気にダメージが入った。
ネズミはかなり弱り、ほとど虫の息だ。
「よし、このまま押し通すぞ!」
『ま、待ちなさい! もう在庫がありません。完売です!』
「嘘つけ!」
『嘘じゃないです!』
あともう少しで倒せるだろうに、ウェイドが両手を広げて主張する。その場でピョンピョンと飛び跳ねて、ポケットにも入ってないことを示す。
『往生際が悪いですよ、ウェイド。もう99%くらい追い詰めているんですから、砂糖のひとかけらくらい出してください!』
『ほ、本当にないんですって! ほら、ほら!』
ワンピースをヒラヒラさせて証明しようとするウェイド。必死の表情に、俺とエミシもだんだんと真実味を感じ始める。
「本当にないのか?」
『はいっ! 天地神明に誓って!』
「……それが逆に怪しいんだが。本当に無さそうだな」
あともう少し。ネズミは息も絶え絶えだ。角砂糖の一欠片でもあれば、いけるだろうに……。俺の持っていた食料も、当然全て投げ込んでいる。
万事休すか。いや、まだ何か。
「エミシ」
『っ! 何も持ってません!』
彼女は分かりやすいくらい露骨に肩を跳ね上げる。
あともうひと押しなのだ。別にお菓子を投げ込まなければいけないわけでもない。必要なのは、あとわずかなカロリー。
『管理者権限に基づく相互情報監査により、管理者エミシ、あなたの所持品を検めます』
『なぁっ!? ま、待ってください! 私は何も――うわーーーっ!? そ、そんなところに手を突っ込まないで、うひゃっ、うひゃひゃっ!』
『ええい、大人しくしなさい! 自分だけ逃れられると思っていたんですか!』
管理者同士の熾烈な争いが繰り広げられ、追いかけるものと追われるものが揉みくちゃになる。目の据わったウェイドは容赦なく、エミシは無慈悲に蹂躙される。
『だ、だめです! それは……私の、柿ピー!』
『へへへ、いいもの持ってるじゃないですか。これを隠そうだなんて、そうは問屋がおろしませんよ!』
ウェイドの手に、小瓶に入った柿の種とピーナッツ。エミシが涙目で縋り付くが、彼女にはもはやあらゆる言葉が届かない。
『これも領域拡張プロトコルのためです。そこで大人しく見ていなさい』
『う、うわあ、あ……ひぃいいいっ!』
ぽちゃん、ぽちゃんとわざと一粒ずつ、見せしめのように柿ピーを泉に落としていく。エミシの悲鳴が地下洞窟に響きわたり、ネズミの悶絶と重なり合う。
『これで、止めですよぉ!』
『うわーーーーーーっ!』
最後の一粒が、落とされる。
泉のなかで崩れ、溶け、消えていく。そして、
[対抗理術基盤パッケージエネルギー充填完了]
[完全発動閾値に達しました]
[対抗理術"発熱"を実行します]
Tips
◇柿の種&ピーナッツ
伝統あるおつまみの定番。塩味と辛味の絶妙なマリアージュと軽快な食感が癖になり、いつまでも手が止まらない。
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