第2142話「燃え上がる龍の翼」
[災厄事象〈腐敗〉の進行が確認されました]
[回帰的運命論による因果律自動安定化機構がただちに発動します]
[総司令現地代理白龍イザナミによる自己免疫反応が起動しました]
[対抗理術"発熱"のトリガーパッケージを解放]
[対抗理術"発熱"の発動シークエンスを実行]
[…2%]
「なんかこれ、ヤバい奴では!?」
腐龍イザナミのHPが半分を割ったその瞬間から、その全身が硬化してあらゆる攻撃が通らなくなった。同時にイザナミ自身も動きを止め、天を睨みつけたまま彫像のように固まった。
それを合図にしたかのように、戦場に無機質なアナウンスが鳴り響く。そこに現れた、唯一聞き覚えのある単語にレティが悲鳴をあげる。
[…13%]
「うわーーーっ!? なんか進行してますよ! これ、ヤバいやつですよね!?」
対抗理術"発熱"――その全容は明らかになっていないが、レティを含め、アストラたち調査開拓員は皆知っている。それが実行された結果、惑星イザナミそのものが火の海と化し、調査開拓団たちの営みを全て蝋細工のように溶かしてしまったことを。
「支援機術師、防御機術師は全力で火属性耐性増強! 他の者は避難誘導を進めろ! 全ての支部に緊急で通達。今すぐ最大限の防御態勢へと移行せよ!」
アストラが声を張り上げる。アイのマイクも借りて響き渡った指令で、銀鎧の騎士たちは迅速に動き出した。
[…20%]
「はえええっ!? めちゃくちゃ進むの早いよぉ!」
アナウンスは数秒ごとに流れ、数値は増えていく。
%表示で、100で完了しないわけもないだろう。その時、何が起きるのか誰にも分からない。
一瞬にして阿鼻叫喚の地獄となった戦場で、調査開拓員たちが踵を返して遁走を始める。誰も、炎に焼かれて死にたくはない。
「レティ、逃げようよぉおっ! も、もうダメだよぉ!」
「待ってください、シフォン。――レティはイザナミさんのことも信じています」
だが、そんななかでも立ち止まり前を向き続ける者はいた。
「にゃあ。まさかイベントレイドで負けイベなんて、考えにくいしねえ」
「同感だね。そんな展開ならワシもクレーム入れてあげるよ」
黒い長靴を履いたタイプ-ライカンスロープ、モデル-リンクスの青年。
炎髪をゆらめかせる少女。
「そもそも前回の発動はあくまで仮想現実上のもの。それに、状況にも差異がある」
そして、黄金の髪を靡かせる爽やかな青年。
「万が一の事態も想定しながら、でも楽しまないと損でしょう。――きっと、ここからが第二ラウンドだ」
彼は聖剣を握りしめ、龍を見守る。
[…40%]
進行するカウントアップ。
それに合わせて、龍の胸の中心からじわりと赤が滲み始めた。
灰色の体躯の奥から熱が、じわりと広がっていく。
[…50%]
龍に向かい、攻撃を続ける勇敢な者もいる。
だがやはり、硬化した龍の鱗を破る術はないようだった。妙によく響く金属音と共に、鋭利な業物が容易く弾き返されている。
[…72%]
「はええっ!? い、いきなり進みすぎじゃない!?」
「にゃあ。アプリのインストールなんかしてるとあるあるだねえ」
[…99%]
[…99%]
[…98%]
「はえっ!? な、なんかずっと完了しないかと思ったら、むしろ下がったんだけど!?」
「これもあるあるだねえ」
ゆっくりと、進む。
態勢を整え、覚悟を決めるだけの時間は十分に用意されていた。
「翼が、開いて……!」
今までずっと折りたたまれていた翼が、ゆっくりと開く。四本の脚に支えられた巨体の上で、蝙蝠のような皮膜を持つ勇壮な翼が天を覆っていく。
レティたちが見つめるなかで、その色は鮮やかな赤に染まっていく。煌々と光を放ち、熱を帯びて、固まっていた肉体を再び励起させる。
「あれが本来の"発熱"、なんでしょうか」
対抗理術という概念事態、ほとんど情報はない。
ただ有志の研究と考察により、それは白龍イザナミが持つ自己防衛システムであると仮定されている。自身が何らかの危機的状況に晒された際に発動する自衛策。総司令現地代理クラスともなると、自衛手段であろうとその威力は絶大だろう。
かつて自分たちが目撃したものは、その完成形に程遠いものだったのではないか。
そんな疑念が、神々しい炎の揺らぎを前にして湧き上がる。
その炎は、全てを焼却する。総司令現地代理白龍イザナミに害なすもの全てを。
[対抗理術基盤パッケージとの接続を完了]
[焼却を開始します]
その瞬間、龍は華やかに燃え上がった。
Tips
◇対抗理術
総司令現地代理にのみ実行権限が与えられた大規模深層干渉術式。因果律や運命論、その他の形而上学的概念存在に対しても有効な実行手段。世界そのものが破綻する危険が十分に想定される災厄事象の発生時、その対抗手段として発動される。
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