第2136話「活路をひらけ」
産声を上げたのは屍だった。
龍骸――己の死を証明する棺から逆算的に生み出された"死"の概念は、時を巻き戻すかのように成長する。腐臭を撒き散らし、血と体液を垂れ流しながら、骨に筋肉が絡みつき、曇った灰色の鱗が覆う。
「聖儀流、一の技、『神雷』!」
天を睨むように長い首を伸ばした龍に、稲妻が落ちた。
迅速な判断で動き出した調査開拓団の最高戦力、〈大鷲の騎士団〉のアストラが容赦なく先制攻撃を繰り出したのだ。天球に爆ぜる激音と共に白光が調査開拓員たちの視界を焼く。
遅れて、彼らは猛烈な突風の直撃を受けた。
「うわーあああーーああーーっ!?」
「団長の本気の一撃だ! バフ全積みのワンターンキル!」
「いくらなんでも容赦なさすぎだろ!」
バリケードに掴まって突風に耐えながら、口々に叫ぶ調査開拓員たち。
自身の〈戦闘技能〉スキルをはじめとした様々な自己バフを重ね、合わせてリザ率いる大鷲の騎士団支援機術師部隊による強力なバフを重ね、アストラの剣は最大限に重く鋭く固くなっている。
それが直撃し、あまつさえ深々と突き刺さったのなら。大抵の原生生物は、一撃で決着がつく。
「っ!」
問題をひとつあげるとするなら、相手が並大抵の凡百ではないという点だった。
真正面に対して上から振り下ろすシンプルな太刀筋に、龍は避けようと身じろぎすることすらなかった。アストラの剣は明確に龍の額を割り、勢いをつけて喉、首へと切り進んだ。
だが、首の半ばまで達した途端、銀の刃はぴたりと止まる。アストラが手間暇とコストを惜しみなく投入して作り上げた聖剣が、龍と拮抗していた。
「アーサー!」
主人の呼び声に応じて、白い翼の鷹が接近する。アストラは迷いのない動きで聖剣の装備を解除し、インベントリに収納。手ぶらになった瞬間、真横を肉薄するアーサーの足を掴んで脱した。
その、3秒後。
腐龍の喉をせり上がるなにかが、大きく開かれた顎の奥から解き放たれる。
「うわーーーーっ!」
「ぐわーーーーっ!」
「ぎょぺっ!?」
長い首を複雑に曲げながら、全方位に向けて黒い泥のような光線をばら撒く。大地がえぐれ、バリケードが突破され、少なくない数の調査開拓員たちが吹き飛ぶ。
本職の盾兵たちでさえ、抵抗ではなく遁走を選んでいた。
そしてなにより、それはただの熱線ではなかった。
「お、俺の腕が!」
「きゃーっ! 胸が錆びてる! 私の、胸が!」
「ひぃいっ!」
黒い泥に触れた調査開拓員たちは、その部分が朽ちていく。赤茶色の錆が浮き、頑強を誇るフレームがボロボロと崩れ、腐敗したブルーブラッドが流れだす。
まるでその部分だけが老いたかのように、風化していく。
「局所的ながら強力な腐敗……。掠るだけでも大幅に弱体化させられる、厄介な能力だな」
アーサーの足に掴まり空を飛びながら状況を整理するアストラ。彼は眉間を寄せていた。
「"腐龍"イザナミ。――その名前に違わぬ能力ということか」
龍の生誕とほぼ同時に、全体にアナウンスされた指揮官T-1の言葉。そこで明かされた敵の名前を、口の中で反芻する。
龍は長く黒線を吐き出し、最後に息切れしたように口を閉じる。かなり体力を消耗するのか、動きはどこかぐったりとしている。だが、それを見て反転攻勢というわけにもいかない。
バリケードは壊滅状態で、戦闘職は混乱状態だ。非戦闘職が安全に避難することさえ難しい。今は誰もが塹壕の中に身を隠し、戦々恐々としている。
「ごめんな、アーサー。もう少しだけ踏ん張ってくれ」
白神獣の仔であるアーサーは、鎧を着込んだアストラを持ち上げて悠々と飛翔できるほどの力は持たない。せいぜいが翼を広げて風を掴み、ゆるやかな滑空で時間を稼ぐ程度である。
だが、これもアストラにとっては重要な時間だ。この僅かな瞬間をうまく使わなければ、勝利の糸口も掴めない。
アストラは鳥の視点から戦場を見渡す。そこに何か、希望がないかと探す。
「はーっ! びっくりしました! 突然なんなんですか、まったく!」
「間一髪だったね、レティ。少しでも遅れてたら直撃してたよ」
そんな青年の視線が、一点に定まる。
塹壕からひょっこりと顔を出しているのは、長い赤髪の少女。ぴょこんと長いウサギの耳を立てて、周囲を探っている。その傍には、青髪のタイプ-フェアリーの姿も。
彼女たちは、無差別腐敗ブレスを避け切ったようだった。
「ふふふ。Lettyだったら避けられなかったかもねぇ」
「何が言いたいんですか、シフォン」
「はえぇ」
さらにその背後から顔を覗かせ、失言で睨まれている狐娘も。
彼女たちも、戦場に来ていたらしい。
「……これなら、なんとかなるかもな」
アストラはふっと笑みを浮かべ、再びインベントリから聖剣を取り出す。
「行くぞ、アーサー。活路を開こう」
彼は攻略組。
立ちはだかる難関へ、第一歩を踏み出す英雄だ。
Tips
◇攫取の爪装
鉤爪を持つ原生生物に装着する装備。物体を把持しやすくなるように工夫が凝らされている。
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