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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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第2135話「第三段階の発動」

『ほれ、キリキリ働かぬか。成果次第では権限の復帰も早まると言ったが、期待に見合わぬなら延長もあり得るのじゃぞ』

『ふふふっ、人使いが荒いですねえ。でも、私はしっかりと感じておりますよ、T-1の隠しきれぬ愛を!』

『ええい! 黙って仕事をするのじゃ!』


 エミシが秘密裏に建造していたビール工場の制圧は難航していた。管理者によって設置された無数の迎撃設備がスタンドアロン状態となり、外部からのアクセスをシャットアウトしているのが原因だ。おかげで警備NPCの消耗も無視できないほどになり、T-1の苛立ちも募る。

 彼女は反逆行為の咎により謹慎中だったT-3の尻を叩き、施設制御圏の制圧を求める。T-1が陣頭指揮を執り、T-2が電子戦に応じながら、施設そのものにも手を伸ばすには数が足りない。T-1は苦渋の決断で、T-3に限定的な指揮官権限の一部付与を行っていた。


『……とはいえ、この工場の奥からは、愛以外のものも感じます。T-1も覚悟をしておいた方が良いかと』

『ぬぅ、やはりか』


 わざわざ彼女たち指揮官が出張って来たのは、暇を持て余しているからではない。むしろ、指揮の中心はレゥコにあるとはいえ、特殊開拓指令の真っ只中である今現在、少しでもそちらに注力したいのが本音だ。

 それでもこうして現地に足を運んで拠点制圧を急いでいるのは、一重にこの施設が孕む危険性を見てのことだ。


『推測。最新部の貯蔵庫では、すでに敵性存在の概念漏出が始まっている可能性が高い』


 鉄壁を誇るセキュリティに攻撃を試みながら、T-2がシミュレーションの結果を口にする。耳にしたT-1の表情に、驚きはない。


『空間複製も使って、図面以上の広さにビールが貯蔵されていると見て良いじゃろう。となれば、時空間構造的には同一座標地点に無数のビールが重なって存在していることになるのう』


 各都市の重要施設でも利用されている空間複製。人の出入りが多い施設で混雑を解消する目的でお馴染みの便利な技術だが、その利用にはひとつ注意点がある。複製された空間はさまざまな意味で同一のものであり、座標は全て重なり合って存在しているのだ。

 エミシの秘密ビール工場は内部を空間複製技術によって見かけの数百倍に拡張している。それもまた、制圧が遅々として進まない原因のひとつだ。だが、内部から拡張された空間は、全てひとつの座標で表されることが、より大きな問題として立ちはだかる。

 "疾病"が縁を辿るには、かなり強く濃厚なものが必要となる。それこそ、惑星レベルのものだ。それが、座標が重なり合うことで実現されてしまう。


『重複……。つまり、一地点に大量のビールが同時に存在していることになり、概念強度が無限大に拡大することにより、次元の穴とも言える綻びが生まれる』

『ビールのせいで妙なことになっとのう』


 やれやれ、と肩をすくめるT-1。


『……ん。そうこう言っておったら』

『異常を検知』


 三人の指揮官は一斉に動きを止める。

 エミシのビール工場への対処を一時中断し、彼方へ思いを向ける。


『産まれましたね。――哀れにも病に冒され死んでしまった、可能性の龍が』


 憐憫の表情でT-3が言う。

 その直後、彼女たちの元に無数のアラートが殺到した。通信監視衛星群ツクヨミからもリアルタイムのデータが次々と送られ、明瞭な俯瞰映像が到着する。

 もうもうと黒煙を巻き上げる爆心地で、ゆっくりと頭を持ち上げる細長いシルエット。崩れ落ちながら再生し、腐敗しながら癒える、悲壮の龍。


『やれやれ、始まってしもうたか』


 T-1は口を結び、遠くホウライの地に待機しているレゥコの申請を許諾する。


『これより、第十回〈特殊開拓指令;月輪の弑殺〉第三段階へと移行するのじゃ』


 生存と死亡の狭間で曖昧な存在となっている白龍イザナミの概念を保持するため、死因を断ち切る。その第一手として、龍骸の一つに総力が向けられる。


『標的は、"腐龍"イザナミ。全ての調査開拓員により、かの死因を排除するのじゃ』

Tips

◇腐龍イザナミ

 太古、病魔に冒され斃れた龍。その骸。死してなお怨嗟は募り、周囲に悪病を振り撒く。膿み爛れる肉体全てに深刻な呪が宿り、生命の有無に関わらず全てを苦悶に誘う。


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