第2134話「腐れたる産声」
そこは異様な空気に包まれていた。
「フレーッ! フレーッ! がんばれっ! フレッフレッ! まけるな! フレッフレッ! たたかえ!」
「うぉおおおっ! 頑張れ! 頑張れ! やればできるっ! お前ならできるっ!」
龍骸をぐるりと取り囲む筋骨隆々の男たち。鈍色のフレームが顕になったタイプ-ゴーレムのスケルトンたちが両手に玉房を持ち、高く足を掲げて力強いステップを踏んでいる。周囲には篝火が焚かれ、ごうごうと炎がゆらめくなか、彼らは野太い声で喉を震わせていた。
「隊長! これって誰を応援してるんですか!」
「考えるな! 感じろ! 俺たちゴーレムの力強さで、鼓舞するのだっ!」
「な、なんという気迫……! 自分、気が緩んでいたみたいです。うおおおおおっ!」
彼らは応援する。熱く燃え、煮えたぎる血潮を、渦巻く衝動と共に叩き込む。龍骸を応援すればよいのか。しかしあれは既に死んで物言わぬ骸である。そんな疑問を挟む余裕など、あるはずがないのだ。
彼らは汗の滲まぬ額に炎のゆらめきを写し、声を張り上げる。
その声援、熱量、熱き漢たちのポンポンに、龍骸が揺れていた。
「なんで効果があるのか分からないのが一番怖いなぁ」
「とりあえずお祈りだよ。祈祷力も大事ってことだ」
〈ゴーレム教団〉の応援歌が響き渡るなか、〈イザナミ考古学会〉の研究員たちは等間隔で供物を並べていた。占術師たちによって縁起を認められた木製の三宝を置き、そこに焼きたてのエクレアを山のように積んでいく。これがどのような理屈で効果を発揮するのかは解明されていないが、実際に意味があるのだ。
龍骸はゴーレムたちの声援を受けて脈動し、表面の硬化が解けている。そこを狩衣姿の呪術師たちと、ツナギを着た採掘師たちがチームを組んで取り掛かり、破壊していく。ツルハシと呪符によってこじ開けられた傷からは、黒く粘ついた膿のようなものが勢いよく流れ出す。
膿を被ると、もれなく"疾病"に罹患する。〈鉄錠奉仕団〉が作り配布している治療薬も効果を発揮できないほど、強力な"疾病"だ。それへの対策として〈大鷲の騎士団〉が公開したのが、エクレアであった。
エクレアが龍骸の周囲に並べられると、周囲の傷から流れだす膿が格段に少なくなる。それどころか"疾病"にも罹りにくくなるのだ。
「エクレア足りないよ! もっとちょうだい!」
「野外キッチンで作りまくってるんだ。これでも全力だよ!」
ゴーレム応援団の後方では、非戦闘職の調査開拓員たちによる支援も行われている。〈ダマスカス組合〉の輸送機が空中から投下するコンテナには大量の砂糖、小麦粉、生クリームといった材料が入っており、それを現地の〈三つ星シェフ連盟〉のパティシエたちが加工していく。
作られたエクレアはアリエス率いる〈三術連合〉の占星術師たちによって祝福され、聖なるエクレアとして前線に届けられるのだ。
「浄化も重要だが、やっぱり甘さだな。ネオピュアホワイト程度じゃまだ足りない!」
エクレアは既に、常人が摂取すれば一口で卒倒するほどの糖分が含まれている。だが、より糖度が高いほどに膿を抑える効果が高いことも発見され、今も新たな改良が続けられていた。
「流れ出した膿はメイドさんに任せろ! そっちの方が早く片付く。戦える奴は後ろを守れ!」
更に調査開拓員たちは声を張り上げる。
『行きますよ、皆さん!』
『おーーっ!』
黒いロングスカートに白いフリルエプロンのメイドロイドたちは箒やモップを携えて龍骸へと向かう。彼女たちの清掃能力で、流れ出した膿を綺麗に浄化するのだ。マスクを着け、完全防備のうえ〈大鷲の騎士団〉のリザたち支援機術師のバフも受けたメイドロイドたちは、目の前の汚れに勇猛果敢に立ち向かっていった。
脅威はまた、それだけではない。
後方には毒沼地帯が広がり、そこからも"疾病"の原因となる腐れネズミこと"腐肉漁り"が攻め立ててくる。それを抑えるのは、重装盾兵たち戦闘職の面々だ。戦場建築士によって構築された堅固なバリケードと共にネズミの侵攻を抑え、龍骸とそれに対処する仲間たちの背中を守っている。
「伝令! 伝令! 30秒後、〈プロメテウス工業〉による地殻穿孔爆撃ッ!」
〈テルコル商事〉の連絡員が、フィールドに声を響かせる。にわかに調査開拓員たちが騒然とし、メイドロイドたちが退避を始める。
数十秒後、彼方の空から重く響くプロペラの音と共に、巨大な影がやってきた。
『フォッフォッフォ! メリークリスマス!』
「季節感ズレてんだよジジイ!」
地上の声は巨大輸送機の六連特大型BBエンジンの悲鳴によってかき消された。
双翼をしならせ重たげに低空を飛ぶ輸送機は、龍骸に接近するにつれて徐々に高度をあげていく。
「総員退避! 対爆撃ショック姿勢!」
指揮官たちが叫ぶ。
そして、
『投下じゃいっ!』
巨獣の腹が開き、臓物がこぼれる。
黒く、大まかに円筒形を取る巨塊が重力にしたがって、龍骸の直上へと落ちていく。その途中で縦長に姿勢を整え、下方に鋭いスパイクを伸ばして。
「防御障壁、全開!」
防御機術師たちによる輪唱機術の発動。
分厚い障壁が龍骸をぐるりと取り囲む。すべては、その内側に衝撃を留めるために。
――サク
大勢が予想していたほどに大きな音はない。
一瞬、誰もが瞠目した、直後。
大地が揺れ、龍骸が隆起した。黒々とした花が、空を覆うほどに咲き誇った。
深く龍骸の中心にまで食い込んだ地殻穿孔弾が炸裂し、龍骸を効果的に破壊したのだ。熱と衝撃が内部をかき混ぜ、蹂躙した。亀裂から膿が溢れだし、次々と障壁が割れる。
必死の形相で機術師たちがアーツを維持する中、黒い巨鳥は悠然と去っていく。
「状況報告!」
「プロメテウスのジジイに対する怨嗟に溢れています!」
「そっちも計画の通りだ。耐えろ! それよりも、龍骸は!」
「この規模の爆発だ。当然ひとたまりもないでしょう!」
指揮官は衝撃に抗いながら、バリケードの向こうで業火に包まれた龍骸を見る。地殻そのものを貫き、破壊するほどの爆弾だ。それを受けたとなれば、大抵のものは破壊される。
だが彼は懸命にも油断をしなかった。――あれは並大抵のものではないと、理解していた。だからこそ彼の行動は迅速で、それが次の最善手へと繋がる。
「報告! 龍骸は未だ健在。――その内部から、龍が!」
直後、咆哮。
全ての音が猛火と共に吹き飛び、大地は一時煙幕に包まれる。痺れる耳がかろうじて捉えたのは、おどろおどろしい獣の声。
「承知した。俺が出よう」
誰もが恐れ慄くなか、煙幕を切り裂いて飛び出す黄金。
青いマントを翻し、輝く聖剣を構えた爽やかな青年が、白い鷹と共に飛翔する。
〈大鷲の騎士団〉団長アストラ。誰よりも早く動き出した彼が見たのは、破れた龍骸の中から長い首を持ち上げる、生まれたばかりの龍の姿だった。
Tips
◇〈テルコル商事〉
各地の行商人たちによって結成された大規模な商業バンド。共有倉庫の保有やシステム化された受発注・受発注ネットワークにより、急激に業績を伸ばしている。
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