第2132話「強制執行」
『皆の者、手をあげるのじゃ! 強制執行権に基づき、現時刻よりこの施設はすべてT-1の管理下に置かれるのじゃ!』」
耐爆装甲扉が吹き飛び、轟音と共に声が響く。作業中のNPCたちが驚きの感情パラメータを記録しながらカメラアイを向けると、そこに黒髪和装の少女が堂々たる立ち姿で君臨していた。
こじ開けられた扉から薄暗い室内に蜘蛛型警備NPCたちが次々と雪崩れ込み、逃走を始めようとする上級NPCたちを捕縛していく。ただ上位権限者からの指令に拒否権を持たず働いていただけの下級NPCたちは、権限行使者が切り替わった段階で行動を終了させていた。
『うわぁああっ!? に、逃げろぉおおっ!』
『パターンC、最悪のシナリオだ!』
『とにかく、証拠の隠滅を――うわーーーっ!?』
シード01EX-スサノオ近傍の小型惑星。そこは未開発の原惑星に偽装されながら、地下に広大な秘密施設が構築されていた。ウェイドからの通報を受けたT-1はすぐさま出動し、今まさに稼働していた記録に存在しない工場の制圧を執行した。
隠されていた脱出口に飛び込んだNPCは先回りされて捕縛され、護衛用スタンガンを構えて反抗の意思を見せた者は警棒でタコ殴りにされている。施設の機密データを消去しようとした者は、逆にデータへのアクセス権限を奪われた。
『ふふふっ。愛は全てを包み込みます。私から逃げられるとは思わないように♡』
『警告。当施設の電子的包囲は既に完了している。情報抹消は無意味』
ことの重大さを鑑みて、施設の一斉摘発にはT-2、T-3の両名も参加している。指揮官総出での、最強の布陣であった。
瞬く間にエントランスは掃討され、なおも次々と地上へ降り立つ輸送機からは、潤沢に警備NPCが補給される。彼らは八本足をガシャガシャと動かして、地下に広がる迷宮のような施設へ浸透していく。
『まったく、エミシは優等生だと思っておったが見当違いだったようじゃのう』
嘆かわしいのう、とT-1は頭を振ってため息をつく。
調査開拓団のカロリーベースを支える一大農作物生産地として重要度を増していくエミシは、他の管理者たちとは違い献身の姿勢があった。だからこそT-1も彼女を信頼し、この広大な範囲の管理を任せていたのだ。
『彼女が道を踏み外してしまった責任は、私たちにもあります。よりいっそう、愛をもたねばなりません』
『同意。管理者エミシのアルコール摂取量が増えた原因は、T-1にも存在する』
『うぬぅ』
もちろん、エミシにも情状酌量の余地はある。
無法と化した大量の発注に応えるため、彼女はかなりの無茶をしていた。たとえ管理者といえどその激務がもたらすストレスは想像を絶するものがある。
『とはいえ、レッジの主張が正しいならば、この工場自体が危険なものになる可能性があるからのう。摘発せぬわけにはいかぬのじゃよ』
この場にはいないエミシに謝罪しながら、T-1は粛々と警備NPCを繰り出していく。尖兵が奥へ進むにつれて、地下工場の全貌も徐々に明らかになっていった。
『とにかくエミシは随分と用意周到じゃの。様々な記録上でもこの工場の存在は完全に消されておったのじゃ』
『悔恨。私でも発見することができなかった』
『ウェイドがわずかな不備を見つけなければ、完全に隠蔽されていたでしょうね』
この施設は公には存在しない。ここで働くNPCたちも、別の惑星農場での作業員として記録されていた。管理者たちによる相互監視と、指揮官による監査の目も欺くほど巧妙に隠されていた。
それを発見したウェイドには、情報処理を専門とするT-2すら舌を巻く。
『しかも、万が一の襲撃にも備えておるようじゃの』
T-1の元にはリアルタイムで損害が報告されている。地下工場の廊下は一定範囲ごとで隔壁によって遮断され、飛び込んだ警備NPCが様々な方法で破壊されている。まるで要塞のような防衛設備に、エミシの本気が窺えた。
護剣衆ほどの精鋭ではないものの、そもそも警備NPCとは荒事専門の戦闘職である。それが飴細工のように溶けていくのは、いっそ爽快ですらある。
また施設の構造自体も非常に複雑になっており、迷宮じみている。T-3による施設機能掌握は、しばらく時間を要するだろう。
『まったく、貴重なリソースを私利私欲のために浪費するとは。嘆かわしいことじゃのう』
『……』
『……』
積み上げられた、出荷間近のビール瓶を見上げて、T-1が嘆息する。T-2、T-3は何も言わず、職務に専念していた。
そして、
『あら。あらあら、これは、少し大変ですね』
施設の解析を進めていたT-3が声をあげる。
まだ完全解明に至っていない施設マップの、はるか下方。そこから異常な熱エネルギーが検知されていた。
Tips
◇強制執行
指揮官が有する権限のひとつ。管理者が所有する施設、資源、リソースのあらゆるものに対し、事前交渉、通達なしでの徴収、差し押さえ、廃棄を可能とする。
強制執行発動には、"三体"の完全一致が必要となる。
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