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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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第2131話「奇跡の腐敗」

 ウェイドのエクレアをビールの泉に落としたら、腐れネズミが悶え苦しんでダメージを受けていた。まとめるとそんなところなのだが、これがどういう機序でなりたっているのかよく分からない。


『うぅうううっ! うぎぃいいっ!』

「どうどう。これも今後の調査開拓活動、ひいては領域拡張プロトコルの実行のために必要な犠牲だったんだ。堪えてくれ」


 それと、エクレアを失って怒り悲しむ猛獣と化したウェイドを抑えるのも大変だ。管理者に戦闘能力がなくて本当によかった。


「やっぱりロットンラットはこの泉を起点として出現してたってことでいいのかしら」


 断末魔と共に倒れたロットンラットは絶命した途端に原型を失うほどに溶けてしまった。元々腐敗していたものが活力を失えば、当然の帰結だろう。しかしデータは得られた。

 エイミーは黄金色の水を湛える小さな泉を見下ろした。

 ロットンラットはここから現れた。そして、ここにエクレアを沈めると死んだ。


『そこに湧出しているびあの原料は、この農場で作られていた小麦で間違いないでしょう』


 確証のある断言をしてみせたのはエミシである。ロットンラットが出現する直前に味見をしていた彼女は、その風味や香りから、原材料の品種の特定までしていたようだ。

 そもそも彼女が研究所の地下で醸していたビールも、原材料はここを含めた大規模小麦農場から持ってきたものだ。エミシは農作物について深い知識を持っている。そんな彼女が太鼓判を押すのなら、信頼してもいいはずだ。


「エミシ、ビール樽にエクレアを落としたらどうなる?」

『不純物ですので全部ダメになりますねえ』

『何が不純物ですか!』


 率直な答えに、ウェイドが噛み付く。言葉の綾だとエミシは主張するが、狂犬と化した管理者は冷静さを欠いていた。


「ロットンラットもとい"疾病"は縁を辿って、腐敗や発酵の元へとやってくる。ここにあったビールの泉は、まさしく天然の発酵樽だったわけだ」


 とはいえ発酵の縁というのは、辿るにはかなり頼りない。見上げても天井に光が届かないほどに広く深い地下空間。ここを全て満たすほどのビール。それがなければ、ロットンラットは現れなかった。

 あの泉にエクレア――砂糖が落とされたことで発酵との縁が完全に切れてしまったのだろう。


「エミシ、ここで収穫した麦は全部余すことなく出荷されるわけじゃないのか」

『はい。品質検査が行われて、一定以下のものは弾かれますね』


 基準に満たなかったものは一箇所に集められ、肥料に加工される。その過程でも発酵は行われる。

 ここは惑星ひとつぶんが丸々小麦畑だ。輸出されるものも多いが、不適合品の量も膨大なものになる。それを一箇所にあつめ、肥料にする。その過程で麦汁が流れ出し、大地に染み込み、地下水のように蓄積していった。

 結果として、地下洞窟のような空間を満たすビールが醸造されることとなった。


「……そんなことってあるの?」

「実際そうなってるんだから仕方ない」


 納得行かなそうな顔をしているエイミーの気持ちも分かる。だが宇宙のどこかには、そんな奇跡もあっていいだろう。


「つまり、他の場所ではあんまり考えなくていい問題だったってこと?」

「そうだな。こんなバカみたいな量のビールを醸造してないかぎり、縁を辿られることはない」


 爆発でかなり押し広げられているとはいえ、この地下空間の元々の広さも相当なものだ。ここを満たそうと思えば、数十トンでは効かないほどの体積になる。そのような、バカみたいな量のビールを作る奴はいないだろう。


『……あの、レッジさん。私、ちょっと急用を思い出しまして』

「うん?」


 ひとまず安心できた。ほっと胸を撫で下ろしていると、エミシがおずおずと手を挙げる。このタイミングで急用とは、一体なんだろう。ここから都市に戻るには、まず地表に出て船に戻って、それなりの距離を進まなければならない。


「遠隔で対処できないのか?」


 宇宙空間とはいえ、すでに通信監視衛星群ツクヨミによる通信網は整備されている。エミシならここからでも都市業務をこなすことはできるはずだ。しかし彼女はだんだんと顔色を悪くさせながら首を振る。


『いえ、その。ちょっと力仕事といいますか、そのぉ……』


 何やらはっきりとしない言い方である。


『どうせ、都市の地下部分に秘密のビール工場でも作っているんでしょう』

『なぁっ!? な、なぜそれを!?』


 そこに突然、ウェイドが差し込む。鋭い指摘は図星だったようで、エミシは分かりやすく狼狽えていた。

 しかしウェイドは呆れた顔で、なぜバレていないと思っていたのか、と首を振る。


『そもそも随分前から収量予測と実績に乖離が見られました。決算報告はうまく偽装していたようですが、実測値データを見れば何処かに横流ししているのはすぐ分かりますよ』

『そ、そんな……』


 腰に手を当て、エミシを見下ろすウェイド。彼女は若き管理者が酒に溺れていたことなどお見通しだったらしい。管理者が提出するレポートに違和感を抱き、自ら精査したところ、齟齬が見つかったのだ。


『秘密施設を建設するなら、建設用の土木NPCの稼働実績まで全てマスクするべきでしたね。道路補修と橋梁建設の件数と予算が釣り合っていませんよ』

『う、ぐぁ』


 このタイミングで、赤裸々にされる粉飾決算の数々。エミシは愕然として膝から崩れ落ちる。


『それに、空間複製はあまり重複させすぎると時空間構造に歪みが生じます。ほどほどにしておいた方がいいですよ』

『あ、わ、……わぁ……』


 もはや何も言えなくなるエミシに、ウェイドはさらに止めを刺す。結局、エミシの画策していたことは、全て見透かされていた。

 流石は先輩管理者と言ったところか。


「流石だな、ウェイド。まるで実体験かのような具体性だぞ」

『……』


 つい手を叩いて賞賛すると、彼女はクールに鼻を鳴らした。

Tips

◇相互情報監査

 管理者による越権、濫用行為を抑止するためのシステム。権限的同位の管理者は他管理者の提出する報告書のみならず、その資料となった一次記録に申告なしにアクセスすることが可能であることを保証される。


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