第2130話「菓子ころりん」
「そーれ、次は刺突耐性の検証にいくか」
鉄鋼槍杉。ずいぶん前に作った種瓶だが、今でも十分通用する。原始原生生物ではないが、むしろフィールドに影響を及ぼすようなものではないからこそ使いやすい。
地面に投げた瓶が割れ、一瞬で太く真っ直ぐな杉の木が育つ。鋼のように固く、槍のように枝が鋭く尖った特異な植物が、逃げるロットンラットの柔らかい肉に食い込んだ。
情報収集戦闘を続けていくなかで、少しずつ相手のことが分かってくる。例えば、刺突属性はよく効くが、打撃属性はほとんど効かない。そもそも物理属性があまり通用しないのだが、刺突属性に火属性を付与すればより効果的にダメージを与えられる。複数の弱点属性を合わせて突くことができれば、相乗効果が狙える。
『はー、次から次へといろんな攻撃がされてますねえ』
俺とエイミーがロットンラットを取り囲んでいる間、暇を持て余したエミシが言う。彼女はウェイドと共にテントの下に収まり、一服しつつこちらの様子を眺めていた。
俺自身のメインウェポンは槍と解体ナイフだ。しかし、サブウェポンとして使っている罠というのが、こういう時に真価を発揮する。足止め妨害弱体化までなんでもござれの汎用性で、斬撃属性のトラバサミや打撃属性の岩石落としといった、槍だけではできない攻撃もできる。罠の数が嵩むことと、基本的に使い捨てであるというデメリットこそあるものの、情報収集に関してはかなり便利だ。
『ちょっとしたオモチャ箱ですよ、奴のインベントリは。ちゃんと整理しないから、アンプルなんかの必需品が入らないとか言ってるわけですが』
ただでさえ脚部にBB振りを特化させている俺は、かなりインベントリ容量が小さい。その上で罠やテント、種瓶といったアイテムを各種しまい込んでいるから、ウェイドの言う通り回復アンプルなど基本の物資を入れておく余裕がない。
普段はレティやエイミーといった所持重量に余裕のある仲間に助けてもらっているのである。
『はい、エミシ。おひとつどうぞ』
『はっ!? い、いいんですか!? ウェイドがスイーツを渡してくるなんて、いったいどういう風の吹き回し……』
『ここで私ひとりだけ食べていたら外聞が悪いでしょう。あっ、そんな大きなやつを、いや、いいんですよ? 自由に……あっ』
管理者連中はいよいよ退屈してきたようで、ウェイドがエクレアを取り出した。妹分のエミシにそれを分け与える微笑ましい光景が繰り広げられるかと思ったら、微妙に卑しい部分が見え隠れしている。
結局エミシは小ぶりな一つを手に取り、ウェイドにまじまじと見つめられ居心地悪そうにしながら食べていた。あれではせっかくの絶品エクレアもほとんど味がしないだろ。
ちなみに管理者たちも同行こそしているが、彼女たちに荷物を持ってもらうことはできない。彼女たちは彼女たちで、管理者専用兵装や緊急救難信号発信ホイッスルといった必需品を持ち運んでいるし、特定の調査開拓員に与するような行為はできないとかなんとか。その割に砂糖やらスイーツやら稲荷寿司やらを詰め込んでいる姿も見ているので、余裕がないわけではないのだろうが。
『ふふふっ、エミシ、頬にクリームが付いていますよ』
『ほあ。どこですか?』
『まったく仕方ないですねえ』
俺とエイミーがロットンラットと戦っている様子を見る素振りすらなくなってきた。この二人、何しにきたんだ。
ウェイドはエミシの頬に手を伸ばし、べったりと付いたカスタードとホイップとチョコの三種のクリームを拭おうとして――
『おわーーーーっ!? わ、私のエクレアがっ!?』
『ぶべっ!?』
その拍子に抱えていた箱の中からエクレアが転がり落ちる。ウェイドにあるまじき失態。彼女はエミシに手のひらを押し付けながら立ち上がり、慌ててエクレアを追いかける。
しかし滑らかにチョコレートでコーティングされたエクレアは、ころころとすり鉢状の斜面を転がり出した。
『いちっ、にっ、にてんいちっ、にてんにっ!』
「3秒ルールを曲解してないか?」
妙ちきりんなカウントをしながら猛ダッシュで追いかけるウェイドだが、管理者機体の短い足では追いつけない。すり鉢の底で戦っている俺とエイミー、そしてロットンラットの元へとエクレアが迫る。
『うぉおおおおっ! レッジ、そのエクレアを捕まえてくださいっ!』
世にも珍しい指示を受けるものの、俺とエイミーも忙しい。
というか、この辺りの地面はロットンラットのばら撒く"疾病"の胞子で汚染されている。残念ながら、そのエクレアはもう……。
『なんですかそのどうでも良さそうな顔は! これは〈ホテル・ヴァーヴァリナ〉のグランクラス・スペシャル・エクレアの季節限定トリコロールバージョンなんですよ! 一日50個限定で、購入するには管理者ですら開店の三時間前から並ばないといけない幻の品物! レッジ、たとえ表面が汚れても、せめてクリームだけは救済わねばなりませんっ! そんなネズミ野郎が穢してよいものではないのですよーーーーっ!』
早口で捲し立てるが、エクレアはもはや土に塗れて大変なことになっている。これでは中のクリームだけというのも難しい。というか、情報収集戦闘中に、そこまで手が回らない。
『うわーーーーーーっ!』
斜面を転がるように走るウェイドだったが、その疾走も虚しくエクレアはすり鉢の底へ。今もビールが沸き出す泉へポチャンと落ちる。
『お、おお……うぉおお……』
膝から崩れ落ち、言語の体を成していない嗚咽を漏らすウェイド。さすがに気の毒に思って、なんと声をかけようかと悩んだその時だった。
『ゥ、ギュゥ……ギ、ギャ……ァ、ァアアア――ッ!』
突如、ロットンラットが苦しみ始める。内蔵が捩れたかのように身を悶えさせ、何かから逃げるように七転八倒する。俺もエイミーも、まだ何もしていない。だというのに、巨獣はこれまでのどの攻撃よりも苦しげにしていた。
「まさか……」
俺の中でひとつの仮説が立つ。その検証のためには――
「すまん、ウェイド。また後で買ってやるから」
『は? ほあーーーーーっ!? ちょ、レッジ、この、悪魔! 何を――うわーーーーーっ!』
ウェイドの抱えている箱の中からエクレアを取り出す。ウェイドに止められる前に、それをビールの泉に投げ込んだ。
『ギャアアアアアッ!』
まるで傷口に熱した鉄を押し付けられたかのように、ネズミは地下空間を揺るがす絶叫をあげた。
Tips
◇〈ホテル・ヴァーヴァリナ〉
シード01EX-スサノオの商業区画に建つハイクラスホテル。本来、調査開拓用機械人形には不要な、癒しのひとときを追求する。手の行き届いたホスピタリティと、極上の料理、スイーツで、極上の安息を。
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