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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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第2128話「降臨せし祭壇」

 クリティカルダメージという概念がある。シフォンが得意とするパリィや、エイミーが多用するジャストガードと同じく、特定のタイミングに特定の位置で実行することで、より有利な効果を引き出すことができるシステムだ。

 実戦で多用しているのはミカゲで、彼はクリティカルダメージを倍増させるようなスキルビルド、バフ構成、装備で固めている。

 クリティカルダメージの発生条件は、特定のタイミングに特定の場所へ正確に攻撃を打ち込むこと。多くの場合は不意打ちという形が取られる。

 エイミーが放った俊速の一打は、まさしく不意打ちだった。


「……まさか、あの一撃で爆風を相殺できるとはな」


 がらんとした地下空間は、ライトの光も飲み込むほどに広い。きついアルコールと麦と焦げた匂いが充満する地下空間に足を踏み入れ、足元でパキパキと音を立てて砕けるガラス化した地面に目を落とす。

 エイミーはクリティカルヒットを放った。その対象となったのは、爆発そのもの。無生物どころか、実体すら曖昧なものに対して、彼女は的確に弱点を突いたのだ。


『もう訳がわかりません。爆発の弱点ってなんなんですか?』


 助けられたはずのエミシも理解が追いついていない。エイミーが放った『パルプショット』は、高レベル帯のテクニックというだけあってかなり強い。とはいえ、威力そのものが高いわけではなく、むしろ同レベルのテクニックと比較すればかなり低い。あれの真骨頂は速さにあるのだ。

 エイミーは『|我こそが難攻不落の砦なり《ザ・ガーディアン》』の効果継続時間と硬直時間の僅かな差異に機をみた。そして、その僅かな間隙に速攻の拳を捩じ込んだわけだ。

 威力は低いが、それを補うだけの精密な一撃が、爆発の"芯"を捉えた。人で言えば体幹や重心に値するような、その対象の根幹にあるもの。言葉で表すには難解なもの。

 彼女の拳がそれを貫き、揺るがせた。猛威を振るった爆風は、その一撃で吹き飛んだ。


『理論的には可能なんでしょうか……? いや、そもそも爆発の弱点とは……? ううむ、糖分が足りなくて考えが纏まりません』


 とにかく重要なのは、俺たちはビールに溺れることもなく、爆風に焼かれることもなく、助かったということだ。


「探索を続けよう。まずはビールが埋蔵されていた理由を知りたい」


 俺たちはそもそもロットンラットが現れた原因を探るためにやってきたのだ。こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。今この瞬間にも、アストラたちは〈龍骸の封林〉で戦っているのだ。


『すんすん……。レッジさん、あちらからびあの気配が!』

「よし、行ってみるか」


 ビールの気配? を感じ取ったエミシが歩き出す。

 爆発が去った後、果ての見えない巨大な空間がその場に残る。足元はしっかりとしていて周囲に原生生物の気配もないが、ランタンの光だけでは心許ない。エイミーたちにもそれぞれ明かりを持たせて、最低限の光量を確保しなければならなかった。


『すんすんすんっ!』


 エミシは迷いのない足取りで奥へと進む。管理者機体だからこそ感覚器官も優秀なのかと思ったが、ウェイドは何かを感じ取っている様子もない。エミシの酔客魂が反応しているのかもしれない。

 すり鉢状になった足元を、滑らないように気をつけながら進む。爆発の衝撃で広がったとはいえ、もともとかなりの大空間だったのだろう。ここを埋め尽くすほどのビールとは、考えるだけでも途方もない。


『レッジさん!』


 先行していたエミシがランタンを掲げて振り返る。

 彼女はすり鉢の底を指さしていた。

 光を差し向けてみれば、暗闇の中に波打つものが見える。


「あれは……」

『ビアの泉ですよ! なんと幻想的な!』


 爆発によって一掃された直後にも関わらず、滔々と地中から湧き上がる液体。琥珀色の輝きが、ランタンの光を受けてきらめていている。慎重にほとりへ近づいたエミシは、そっと指先を付ける。それを口に運び、目を丸くした。


『なんと芳醇な! これは素晴らしいびあですよ!』


 研究所の秘密の地下にあれだけの設備を整えているエミシが驚くほどの出来とは。ますますなぜこんなところにあるのか気になってくる。


『なるほど、だいたい見当が付きました』


 後ろから様子を見ていたウェイドが口を開く。この状況に理解が及んだらしい。その推理を聞こうと振り返る。


『これは、祭壇ですよ』

「祭壇?」

『神を祀り、降臨させるための舞台。本来ならば到底実現し得ないものが、偶然か因果か、ここに成立してしまったのです。豊穣の証であるビールが、この"盃"に流れこみ、条件を満たしてしまったのですよ』

「珍しくオカルティックだな。そんなことがあるのか?」


 ウェイドといえば常に冷静で合理的な管理者だ。そんな彼女が神や儀式やと言い出すとは。しかし彼女は真剣な眼差しで泉を見ている。


『目の前で起きていることを説明するには、それが妥当でしょう。そもそもこれは白龍イザナミを起点とした一連の現象ですから。我々の理解の埒外に前提があると考えるべきです』


 泉がふつふつと沸き出す。細かな泡が表面に浮かんでは消える。

 手を伸ばして飲もうとしていたエミシを抱え、急いで距離を取る。次の瞬間、水面が盛り上がり、下から黒い頭が現れた。


『疾病は縁を辿ってやってくる。あれもまた、神に近い存在のようですね』


 俺たちを目の前にして、巨大な腐れネズミが降臨の雄叫びをあげた。

Tips

◇びあ

 この世に存在する奇跡の具現。人々に幸福をもたらす天恵の琥珀。大地の活力を一滴に集めて光り輝く、飲む黄金。苦難は全て洗い流され、救いの時が訪れる。


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