第2127話「時の芯を打て」
熱は一瞬にして周囲のアルコールを気化させた。体積は急激に膨張し、圧力を全包囲へと投射する。『共鏡』の効果を終了させたエイミーは間髪入れずに完全防御体勢へと移行し、両腕をクロスした。
「『不屈の勇姿』『守護騎士の矜持』――『|我こそが難攻不落の砦なり《ザ・ガーディアン》』ッ!」
タンク系テクニックの中でも特に使用条件と発動能力に癖のある技。自身の動きを一切不能とし、真正面以外の全ての方向からのあらゆる攻撃に対して一撃死という制約を置く。その見返りとして、彼女は真正面からのあらゆる攻撃に対して無敵を誇る。
防御系テクニック全般を大幅に強化する『不屈の勇姿』に、パーティメンバー全員へと防御対象を広げる『守護騎士の矜持』も重ね、刹那の行動とは思えないほどに盤石の体勢だ。ここにもエイミーの優れた時間感覚が生きている。
「く、ぅっ――!」
そんな彼女の後ろに避難した俺たちは、身を寄せ合いながら祈る。
爆風が地中の岩盤を押し除け、猛威を振るっていた。破格の防御力となったはずのエイミーも苦しげに呻くほどだ。
『エイミーは大丈夫なんですか!?』
「信じるしかない。下手に動くと爆風に巻き込まれるぞ」
飛び出しそうになるエミシを抱える。
至近距離で特大の爆弾が炸裂したようなものだ。彼女は両腕をクロスして、前のめりになってその猛火に晒されている。タイプ-ゴーレムが大柄と言えど、その背後に三人と一匹を背負うのは凄まじい重圧だろう。だが、エイミーは歯を食いしばってプレッシャーに耐えている。
俺にはできない芸当だ。
いくらテントが防御陣地としても扱えるとはいえ、コンマ1秒以下の瞬間に行動を起こすことはできない。エイミーのように、時の流れを針先で貫くようなことはできないのだ。
『地中にあるビールを生弓の矢で爆発させて……。やはり危険すぎました』
弦を引いたことに責任を感じているウェイドの肩を叩く。発案はあくまで俺だ。リスクを承知で協力してくれたウェイドやエイミーに感謝こそすれ、責めるはずがない。
「間に合うか」
エイミーが完全無敵の状態を維持できるのは30秒足らず。爆発がそれまでに収まらなければ、俺たち諸共ここで行動不能になる。ただでさえ、凄まじい爆風が閉鎖された地下空間で暴れ回っているのだ。エイミーの庇護がなければ……。
理想はウェイドにもう一度生弓を放ってもらって、周囲の爆発のエネルギーを吸収してもらうことだ。しかし、ここが都市内ならばいざ知らず、まともな設備も整っていないこの場ではさっき使ったばかりの弓は連続では使用できない。
やはり、植物を投げるべきか。たしかに今ある手持ちの種瓶ならなんとかできるかもしれない。しかし原始原生生物をこのようなイレギュラーに使用するのは躊躇われる。
どうにかして、このエネルギーの奔流を逃さなければ。
「レッジ、ちょっとだけ覚悟しておいて」
エイミーが振り向くことなく言った。
突然のことに驚く俺の目の前で、彼女は拳を握る。異様な雰囲気だ。深い集中状態にあることが分かる。彼女が何をしようとしているのか、そこまでは理解が及ばない。
「『|我こそが難攻不落の砦なり《ザ・ガーディアン》』の効果時間は28.6秒。テクニック使用直後の硬直は同じく28.6秒――じゃない」
一切の行動が許されない強力なデメリットが課されるテクニックだが、エイミーはその仕様を十分に把握していた。その上で、これを使うことを決めた。
エイミーには勝算があるようだった。
「実際のところ、硬直じゃ若干早く解ける。私の装備と〈耐性〉スキルの補正が少しだけ効いているから。28.55秒時点で動けるようになる」
その差は、わずかに0.05秒。
「120FPSだとしたら、6フレームもあるのよ。余裕でしょ」
彼女は泰然としていた。
その体内で正確に時が刻まれていく。カウントダウンはすでに始まっている。一息にも満たない間隙を、遠い過去から虎視眈々と狙い続ける。
今、この瞬間にエイミーの体感する時間の流れは緩慢になっているはずだ。彼女の深い集中状態を検知したVR危機が自動的にその時間分解能に合わせてフレームを差し込んでいく。
拳が握りしめられる。
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28
28.1
28.2
28.3
28.4
28.5
28.51
28.52
28.53
28.54
――。
「『――ショット』」
激流へ投じられる一手。エイミーが繰り出した最短最速の打撃。
それは正しく、暴れ怒り狂う爆発の、芯を捉えた。
Tips
◇『パルプショット』
〈体術〉スキルレベル70のテクニック。素早く繰り出した一瞬の打撃で敵を打つ。
"神さえ欺く紙一重。薄紙一枚に満たぬ距離を、駆け抜ける"
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