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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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第2126話「眩暈の光矢」

 いくらエミシがアル中手前とはいえ、流石に地中から溢れ出す全てのビールを飲み干せるわけではない。そもそも本当にビールなのかも定かではないし、健康被害がないとも限らない。なぜこんなところにビールが埋蔵されているのかさえ分かっていないのだから、飲んでいいわけがない。

 ということをじっくり丁寧に説得したが、本人はなんとか理論と理屈をこねくり回して一滴くらい飲めないかと画策していた。ダメである。

 さりとてこの地下ビールをどうにかしなければ進展もない。できるならば、綺麗さっぱり除去したい。何かしらの種瓶でも投げ込んでみるかと思ったが、ウェイドがそれを許すはずもない。

 ならば、どうするか。飲むこともできず、消すこともできない大量のビールにどう対処するべきか。


「頼んだぞ、ウェイド」

『やれるだけのことは、やってみましょう』


 圧縮土で堰き止めた壁に向けて、弓を構えるウェイド。矢のない弦を掴んで、ギリギリと引き絞る。

 管理者専用兵装"銀流・生弓"が光を宿す。

 これはもう一つの管理者専用兵装"銀刀・生太刀"とは異なり、都市の潤沢なエネルギー供給を必ずしも必要としない。周囲のエネルギーを凝集し、そのものを矢に変えて解き放つ。

 だからこそこのような星の地下でも展開できるが、実際に矢を放つにはエネルギーが必要なことには変わりない。問題は、そのエネルギーをどこから供給するかだ。


「シビアなタイミングだ。エイミー、いけるか」

「……ん、大丈夫よ」


 目を閉じて神経を研ぎ澄ませていたエイミーが頷く。

 俺はエミシと白月を側に置いて、二人が動き出すのを待った。プランを組み上げたのは俺だが、実際に行うのは彼女たち二人だ。互いの呼吸を合わせて、ぴったりと重ねなければ、俺たちは全員ここで死ぬことになるだろう。


『うぅ、死ぬ前に一杯やりたい……』

「何を言ってるんだ。二人を信じろ」


 おろおろするエミシの頭を撫で、気が立った様子の白月も落ち着ける。


「いきましょうか」

『はい。――管理者専用兵装"銀流・生弓"、起動します』


 管理者専用兵装は、起動させるだけでも凄まじいエネルギーを消費する。省力化アドオンである〈クシナダ〉を搭載したとて、この状況では1秒未満の刹那にかけるしかない。

 だが、それだけの時間があれば、彼女にとっては十分だ。


「開くわよ。――鏡威流、四の面、『共鏡』ッ!」


 エイミーの目の前に、大きな鏡が現れる。


『託します』


 その真ん中目掛けて、ウェイドが弦を弾く。

 周囲の温度がわずかに下がり、その熱を集めた矢が放たれる。針よりも細く、頼りない一矢だ。生弓はただそれだけを生み出して、稼働限界を迎えて沈黙する。

 ウェイドはぐったりとしながら転がるようにこちらへ避難してきた。

 鏡に当たった矢は跳ね返り、ウェイドがいた場所――二枚目の鏡へと向かう。


「――っ!」


 矢は二枚目の鏡に突き当たり、再び反転。正面の鏡へと向かう。その速度が、わずかに上がっていた。


「弾性係数1以上の鏡の反射だ。適切なタイミングで鏡を出し続ければ、理論上は無限に威力が増幅していく。エイミーじゃないと使いこなせないが、今この状況を打破できる可能性がある」


 エイミーが開祖である流派〈鏡威流〉の特色は、"反射"と"増幅"だ。的確に相手の動きに合わせ、精密に鏡を合わせることができれば、元の攻撃以上のカウンターを繰り出すことができる。

 四の面『共鏡』は、その基本を忠実に、より色濃くしたテクニックとも言える。

 向かい合って置かれた二枚の鏡の間を往復するなかで、ウェイドの矢は輝きを増していく。エネルギーを増大させ、威力を高めていくのだ。『共鏡』で繰り出す鏡は使い捨てであり、一度物体が触れれば消滅してしまう。だからエイミーは、反射した矢が戻ってくる前に、新たな鏡を生み出し続けなければならない。

 対して間隔も取れない地下トンネルの中で、徐々に速度を増していく矢を、お手玉のように反射し続ける。

 いかに彼女が精密な時間感覚を持っているとしても、深く集中しなければ成し遂げることはできない。


「まだ、まだ……」


 エミシと白月が彼女の集中を崩さないように気を付けながら応援する。

 光の矢は速度を増し、もはや一本の線となっている。エイミーは目を開いたまま瞬きもせず、それを凝視している。加速する矢に間に合うように、鏡を置き続ける。

 無限の鏡像のなかに閉じ込められた矢が、十分な力を宿すまで。

 カカカカカカ、と細かな破音が響く。


「……ッ!」


 その音が、突然消えた。

 音すら置き去りにするほどに、加速した。


「今だ!」


 俺が思わず叫ぶのと、彼女が正面の鏡を打ち消したのは同時だった。

 道を阻むものがなくなった熱矢は翔ぶ。圧縮土の壁をすり抜けるような鋭さで貫き、その奥へ。


「みんな、こっちに避難するんだ!」


 エイミーとウェイドを呼び戻す。

 "銀流・生弓"が生成した矢は物質的なものではない。エネルギーそのものだ。『共鏡』によって増幅、圧縮された莫大な熱量が、地下に蓄積されたビールの海に突き刺さればどうなるか。


『ほわ――』


 エミシの悲鳴が掻き消える。

 聴覚を麻痺させるほどの爆轟が、地下に炸裂した。

Tips

◇高エネルギー実体

 莫大な熱量を圧縮し、その形状を見かけ上固体として定着させたもの。実際に明確な輪郭があるものではないが、特定の手順に則ることで固体的に扱うことができる。


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