第2125話「溢れる酒」
スコップが開いたわずかな穴から噴き出した黄金の水は瞬く間に壁を突き壊し、トンネル内に流れ込む。
「『水弾く泡の障壁』!」
流石の反応速度と判断力で咄嗟にアーツを繰り出したエイミーに守られていなければ、俺たちは土中で溺死という奇妙な結末を迎えていたことだろう。
シュワシュワと発泡する液体は、明らかに鼻の奥を突くようなアルコールの匂いをはなっている。なぜ、という疑問は一旦置くとして、明らかにこれはビールだった。
『畑の地下にびあが埋まってたなんて! ええい、レッジさん、離してください! 私は管理者としてこれを究明する義務があるのです!』
「落ち着け、エミシ。ウェイドたちもいるんだぞ」
全てをかなぐり捨ててビールの奔流へ飛び込もうとしたエミシを必死に抑える。こんなところで正常な判断力を失うほどに取り乱しては、これまでの対策が水の泡だ。
そうでなくとも、彼女を放っておくわけにはいかない。
『ふぎぎぎっ! こんなにたくさんのびあが目の前にあると言うのに……!』
じたばたと暴れるエミシを抱えたまま、ビールが吹き出す壁の穴へと目を向ける。エミシを自由にさせるわけにはいかないが、なぜ地下からビールが湧き出しているのか、不可解に思うのは同じだ。
「エイミー、前進は」
「流石に無理よ。勢いが強すぎるわ!」
エイミーでさえ踏みとどまるのがやっとの水圧。いったい、どれほどのビールが壁の向こうにあるのか。確かめたいが……。
「うぉっと、もう酔いが回ってきたか」
ぐらりと視界が揺れて、慌てて踏み締める。
機械人形とはいえ、大量のアルコールを摂取すると酩酊する。〈体術〉スキルを極めた格闘家の中には酔拳と呼ばれるような酔えば酔うほど強くなる流派の使い手もいるらしいが、あいにく俺もエイミーもそんな特殊な技術は有していない。
そうでなくとも、これほど大量のアルコールをトンネルという閉鎖空間の中で文字通り浴びてしまえば、たとえ飲んでいなくても酔いが回ってしまうのだ。
「私も結構限界よ。酔いが酷くなると、アーツが維持できなくなるわ」
アーツの発動には高い集中力が求められる。エイミーは必死に泡のような障壁を維持してくれているが、それがいつまで持つかは分からない。
『レッジ、レッジ! 私が全部飲み干してみせましょう! これは私利私欲ではなく、緊急事態に際しての不可抗力的なアレですよ!』
「――仕方ないか」
状況が悪い。
俺は諦めて、エミシを抱えていた手を緩める。
『ひょわっはーーーっ! びあ、さいこーうぎゃべっ!?』
勢いよく弾丸のごとく飛び出したエミシ。
彼女はエイミーの障壁を抜けた直後、目の前に積み上げられた硬い土壁に激突して悲鳴をあげた。
『ぬわ、な、なんですかこの壁は!?』
「とりあえずは穴を塞ぐ。焦って事をし損じるわけにはいかないからな」
『そんなーーーっ!?』
これまでトンネルを掘り進める過程で手に入れていた大量の圧縮土。掘り出し、圧力を加えて固めた土のブロックは、それなりに頑丈で重量もある。穴を遮るように積み重ねていけば、応急処置ではあるが水を堰き止めることもできる。
エミシは愕然として膝から崩れ落ちているが、これが最適解だろう。
「ウェイド、大丈夫か」
『全身ずぶ濡れですが、なんとか』
なんとか穴を塞ぎ、ビールの漏出もないことを確認して、周囲の安否を確かめる。ウェイドは頭からつま先までビールを浴びてアルコールの匂いを放っていたが、目立った怪我はない。白月もプルプルと身を震わせると、すぐに綺麗な白銀の毛並みに戻った。
『ああ、おお……この奥にびあが、びあが……』
エイミーのLPもギリギリのところで耐えてくれた。急いでアンプルを投げて、安全圏まで回復させる。俺は彼女のおかげで、ほとんど損害はない。
『ああう、うぇえ……』
ただ1人、エミシだけが未練がましく圧縮土の壁に手をついて項垂れている。
「どんだけビールが飲みたいんだ……」
もしかして、彼女はもう手遅れなのかもしれない。
頼れる管理者だったはずの彼女に一抹の不安を覚えながら、これからどうするべきか考える。アルコールがどの程度のところまで広がっているのかさえ不明瞭なのだ。多少道を変えたところでまたこの鉄砲酒にぶち当たる可能性は高い。
それならば、やはり覚悟を決めて突っ込むべきだろう。
「ウェイド、ちょっといいか?」
俺は意を決して、濡れそぼった少女のもとへと向き直った。
Tips
◇『水弾く泡の障壁』
防御機術。液体を弾く特殊な泡状の障壁を周囲に展開し、水属性攻撃を防ぐ。鋼鉄を貫くような高圧水流にも耐える一方、小石の投擲でも容易く破壊される。運用の難しいアーツのひとつ。
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