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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2122/2158

第2122話「最前線の研究室」

 第10回〈特殊開拓指令;月輪の弑殺〉は第二段階の真っ只中にある。

 〈龍骸の封林〉の中央部に鎮座する巨大な謎のオブジェクト"龍骸"に多くの学者が取り付いて、日々様々な研究を進めている。考察系バンドの最古の一派である〈イザナミ考古学会〉に所属するインディもその一人であった。


「よう、インディ! あいかわらず徹夜明けの雌鶏みてぇな顔だな。調子はどうだい?」

「誰かと思ったらジョーイじゃねえか。目の下にタールみてぇな隈があるのはお互い様だろ」


 "龍骸"近くに設営されたテントの扉が開き、インディの集中が途切れる。同じく〈イザナミ考古学会〉に所属する鑑定士のジョーイが差し入れにとゲキレツ・エレクトリックファイアをケースで担ぎ込んできた。

 オブジェクトの解析は遅々として進んでいない。T-1や、今回のイベントの指揮を担うレゥコからは様々な任務が出されているが、"龍骸"の全容解明まではまだまだ遠い道のりがあった。


「もう三日もここで寝泊まりしてるんだろ。たまには奥さんの作ったパイでも食っていいんじゃないかい?」

「よせよ。ジェフィーのパイは大きすぎて、顎が疲れる」


 HAHAHA! と突き抜けるような笑いが二重に広がる。

 〈イザナミ考古学会〉が〈ビキニアーマー愛好会〉、〈ダマスカス組合〉との共同で開発した実地研究用テントは十分な耐久性と遮音性能を有しており、高価な研究機材を収納できるだけの広いスペースを有する。居住性も細やかに考慮されており、人が数人寝泊まりするぶんには問題もない。

 しかし研究が行き詰まっているのも事実だ。

 オブジェクト"龍骸"の組成検査が行われても、結果として出るのはなんら変哲のない岩石であることを示すデータだけ。しかし、何故かX線をはじめとした透過撮影は思うように進まず、"龍骸"の内部は明らかになっていない。そもそも"龍骸"を破壊する試みも芳しくなく、わずかに表面が剥落する以上の成果はいまだどこの研究所からも上がっていなかった。

 要するに"龍骸"は観測上はただの岩のように振る舞いながら、実際には割ることもできず正体が不明のままそこにある。


「そういや聞いたかい、インディ」

「なんだ。文献班のピーターがコーヒー噴いてドワーフの司書に袋叩きにされた話ならもう200回は聞かされたよ」

「ありゃ不朽の傑作ってやつだ。おかげでピーターのやつ、いまだに禁書封印区域に入れねえってんだからな! だがちぃっと違うな」

「ならジョーイ。てめぇが天文班のクリスのケツばっか見てることが本人にバレたか」

「だからそれは違うって言ってんだろ! 俺は純粋な知的好奇心で天体観測会に参加してる真面目な男だって!」

「その割にゃあクリスがいない日の出席率は低いじゃないか。まーるい魅惑の星に引き寄せられちまってまあ!」

「おいおいインディ、友よ! お前まで勘違いしてくれるなよ!」


 エナジードリンクの刺激的な痺れが舌先を火照らせる。インディが肩をすくめてみせると、ジョーイは額を叩いて大げさにため息をついた。


「クリスにはまだ何も言うんじゃないぞ。俺には俺なりの必勝プランってのがある。そんなことより、騎士団案件。いや、情報の出元はミスターだ」

「……なるほど。聞こうか」


 ジョーイは近くの椅子を足で引き寄せ、どっかりと座る。タイプ-ゴーレムの重量に金属の悲鳴が上がるが、二人は熱の引いた顔で向かい合った。


「今回の件、三術が関連してる可能性がある」

「真っ先に検討された件だな。失望したぜ、ジョーイ」

「まあそう焦るな旦那。何事も順序ってのが大事だろ。花屋の娘に突然キスしたって鉛玉捩じ込まれるだけだが、通りがかりに挨拶してけば向こうからバラだって贈られる」


 三術、〈占術〉〈呪術〉〈霊術〉は特異なスキル群だ。調査開拓団が主軸としている技術体系の外にあり、現在にいたるまで未知の領域が多く残されている。第零期先行調査開拓団はこのスキル群の扱いにも精通していた可能性が高いことは、すでに周知の事実だ。

 今回のイベントの性質上、三術の観点からの検証も初手に実行されていた。

そもそも、インディ自身が〈イザナミ考古学会〉の呪術班長である。


「どうも烏帽子の被りすぎで脳みそまで鳥並になっちまったようだな、ジョーイ。てめぇの笏はティースプーンでもいいんじゃないのか?」

「おいおい、夫婦間の倦怠期をこんなところで発散させないでくれよ! これは協定に基づいて騎士団から引っ張ってきた確かな情報さ」


 ジョーイは狩衣の懐から巻物を取り出す。機密情報を運ぶために使われる"密使の巻物"の登場が、エナジードリンクで昂っていたインディの精神に氷を投げ込んだ。

 すっと神妙な顔で袴の下で組んでいた足を下ろす呪術班長を、呪術班連絡員のジョーイは満足そうに見ていた。


「そうさ、それでいい。俺が直々に持ってきてやった特ダネだ。耳かっぽじってよく聞きな。――"疾病"は縁を辿る。悪縁も良縁も関係ない。時間はともかく、地理的な障壁はないと考えていい。ミスターは今、塔のなかの宇宙で調べ物をしてるらしいが、そこで腐れネズミが出てきた理由を掴んだみたいだ」

「なるほど。あの一件か……。記述を見る限り、どうやら例のニンジャボーイが見つけたらしいな。流石の実力だ」


 密使の巻物に記された詳細な記述は、インディも舌を巻くほどのものだった。彼は口笛を吹き、確かな情報に歓喜する。


「とはいえ、これをどう調理すりゃあ食えるんだ?」

「そこがテメェの仕事だろインディ。ジェフィーにハグのひとつでもしてやりゃ、ころっと機嫌も直して仕事の相談にも乗ってくれるさ」

「若い子の尻しか見えてねぇヤングボーイに聞いたのが間違いだったよ」

「なんだとテメェ! だから、俺は知的好奇心でな――」

「分かってるさ、もちろんだとも! そう熱くなるなよ、クールにいこう。それに、クリスがジェフィーに言ってたそうだぜ」

「なんだよ。もったいぶるなって。おい、このエナドリ持ってきたのは俺だぞ? 分かってんのか?」

「ふぅ。――今度の天体観測会、例え自分の婆さんがぶっ倒れても行った方がいいぜ」


 ぱっと花が咲いたように表情が明るくなる同僚をその場に放って、インディはデスクに向き直る。巻物に書かれた情報と、これまでの研究で見つけた事実を組み合わせれば、何か糸口が見つかりそうだった。

 しかし、自分だけではまだ足りない。なにか、最後の一手が必要だ。


「ふひゃぁ。すみませーん、少しいいですか? ちょっと手持ちのエナドリが切れてしまいましてね。お宅からゲキレツの刺激的な香りがしてきたのですが。――2、3ケースほど頂けませんかぁ?」


 小躍りするジョーイと、考え込むインディ。二人が詰める研究用テントのインターホンが鳴り、若い女性の声が響いた。

Tips

◇古獣の骨笏

 深い土中から発見された古の獣の骨を削り作られた笏。怪しげな雰囲気を醸し、確かに強い存在感を放つ。

 〈呪術〉〈占術〉〈霊術〉スキルテクニックにプラス補正。


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