第2119話「自由落下」
俺たち機械人形が宇宙空間の無酸素環境に耐えられるのは2分間。その間に大気圏内へと到達しなければならない。自由落下だけではあまりにも遠すぎる。間に合わない。
だから、加速する。
「『リコイルショットパンチ』ッ!」
エイミーはくるりと身を翻すと、飛び出したばかりに宇宙船の壁面を蹴る。強力な姿勢制御装置を搭載しているクチナシ17番艦(宇宙船のすがた)はすさまじい衝撃にも微動だにせず、むしろ打ち返すほどだ。
『なんでパンチで蹴り技だしてるんですかぁあああああっ!」
エイミーの小脇に抱えられたエミシの悲鳴も、大気の存在しない宇宙空間では聞こえない。しかし、何を言っているのかはその表情を見るだけでよく分かった。
『リコイルショットパンチ』は打撃を繰り出した衝撃を巧みに操り、任意の方向へと自分をノックバックさせる小技的なテクニックだ。エイミーはそれをうまく使い、ロケットスタートを決めた。
ぐんと勢いを加速させて、俺たちは一気に星へ近づく。
『ほわーーーーっ!? あつっ、あっつっ!? あちぢっ!?』
地表へと落ちていくにつれ、身体の表面が熱を帯びる。今や、俺たちはひとつの隕石だ。光の尾を弾きながら、真っ直ぐに落ちていく。眼前にはヒュンヒュンと目にも止まらぬ速さで縦横無尽に動き回る封印衛星の群れが見える。あれのどれかひとつに掠るだけでも、俺たち四人は諸共爆発四散する。
『いやーーーーっ!? うわーーーーっ!? ぎぃやーーーーーっ!?』
エミシがこの世の終わりのような絶叫を挙げている。すぐ目の前に明確な死が迫ってきているのだ。
『落ち着きなさい、エミシ』
そんな彼女を宥めるのは、同じくエイミーに掴まれて運命を共にするウェイド。彼女は冷静沈着な表情に微笑すら浮かべていた。
この期に及んで取り乱すことなく平静を保ち続けるウェイドに、エミシは信じられないと目を見開く。
『あんまり騒ぐと、計算が狂います』
『計算……?』
短距離通信を用いて二人は言葉を交わす。
俺たちを引き連れて、エイミーは落ちていく。
「ふん、ふふーん♪」
正確無比なリズムを口ずさみながら。
――ぐぉん
宇宙空間。俺たちの鼻先を掠めるように、彼方から飛来した黒鉄の衛星が去来する。エミシが悲鳴をあげるが、エイミーはまったく泰然としたままだ。
――ぐぉお
立て続けに、また別の方向からも。
だが、俺たちには当たらない。
まるで向こうが俺たちの存在を認識し、避けているかのような錯覚を抱く。だがそうではないことを俺とウェイドは承知していた。
『エイミーは素晴らしいセンスの持ち主です。正確にリズムを取り、月から地表の針穴に向けてダーツを放つことができる精密性を発揮できるのです』
『ほあ?』
『彼女は落ちる前、衛星の周期を見ていました。どのタイミングで、どの衛星がどの位置にやってくるのか。どこに穴ができるのか』
さすがはウェイドというべきか。彼女はエイミーの持ち味をよく理解している。彼女は伊達や酔狂で〈白鹿庵〉のメインタンクを張っているわけではない。しかも扱うのは光のような特大盾ではなく、両腕に備えた籠手型の特殊な盾だ。それなりのサイズがあるとはいえ、本来の盾としてはあまりにも心細い。
エイミー、彼女は防御を面ではなく点で取る。
敵の攻撃を瞬間的に見極め、的確なタイミングで刹那のジャストガードを決める。乱戦のなかでも冷静沈着にコマンドを入力し、刹那の必殺技を決めていく。一度だけでなく、何度も、何度も。
「ま、これくらいはできないとね。――『灼熱遮る黒晶の盾』」
身に帯びる熱が、スキンの耐熱性能を超えてくる。その閾値に達する直前で、エイミーは俺たち全員を包み込む大きな盾を繰り出した。〈防御機術〉による断熱障壁が、俺たちを大気圏へと安全に導く。
『そんな……まさか……』
無事に衛星の活動高度を突破して、エミシは愕然とする。
俺たちは超高速で飛び回る鉄の塊を奇跡的に潜り抜けた。エイミーの完璧なタイミングによって。
「おっと、安心するのはまだ早いぞ」
『そ、そうでした! 今度は後ろからも!』
だが苦難は終わらない。むしろここからが本番だ。
封印衛星を追い抜いたということは、地表に向かって放たれる熱線が俺たちの方向に向けられているということ。掠めるだけで大火傷どころか消し炭が確定する凶悪な熱線が、雨のように降り注ぐ。
「ね、エミシちゃん」
『はひ?』
「管理者機体の耐熱温度、信頼してるわよ」
なぜ、エイミーは両手に盾を装備していないのか。
なぜ、エイミーは両手でふたりの管理者を掴んでいるのか。
『や、やめ――ほぎゃーーーーーーーっ!?』
俺たちに向かって注がれる熱線。
エイミーは腕を突き出し、エミシを前へ。地上を煉獄へと変える凶悪の熱射が管理者機体に衝突し、花火のように火花を散らした。
Tips
◇『リコイルショットパンチ』
〈体術〉スキルレベル40のテクニック。強い打撃を打ち込むと同時に、その反動を受け止め、後方へと跳躍する。一撃離脱の機動戦闘の要となる基本的なテクニックである。
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