第2118話「ハイダイブ」
眼下に見えるは封印された惑星農場。無数の封印衛星が縦横無尽に飛び回り、絶えず熱線で地表を焼いている。そんな煉獄に無策で飛び込めば、俺など数分も耐えられずに消し炭になる。
そこで、俺はこの関門を突破できる人物に声をかけた。
「よろしく頼む、エイミー」
「仕方ないわねぇ」
呼びかけに応じて馳せ参じてくれたのは、俺たち〈白鹿庵〉のタンクことエイミー先生である。彼女ならばエミシがばら撒いた障害も突破してくれrはず。
現場をその目で確認したエイミーは、しばらく考えたのちに頷いた。
「でも、たぶんシフォンを投げ込んだ方が早いわよ?」
この包囲網をとっぱできるのはエイミーだけじゃない。同じく白鹿庵の仲間である狐娘ことシフォンもまた、飛翔する鉄塊の隙間を潜り抜け、絶え間ない熱線を退けながら地表を目指すことはできるだろう。
しかし、今回は明確な理由があってエイミーに声をかけた。
「一人で降りるだけなら、シフォンに飛んでもらった方がいいだろうな」
シフォンの最大の武器は、生まれ持った危険察知能力の高さと瞬発力だ。それによって彼女は、どんな乱戦でも的確にパリィを繰り出し、ほとんどの場合は無傷で生き残る。
本人はそんな自信はないようだが、これまでもその力を発揮して数多くの窮地を弾き返してきた。
「しかし今回は、俺も一緒だ」
シフォンを採用できない理由を一言で表す。聡明なエイミーはそれだけで十分だったらしい。
「なるほど。彼女がパリィできるのはあくまで、自分に向かう攻撃だけだものね」
得心が言った様子で頷く。
シフォンはあらゆる攻撃をパリィで弾き返すが、その前提として自分に被弾するものという一文が付け添えられる。彼女は自分が痛い思いをしたくないからこそ無我夢中で払っているのであって、たとえ隣でレティがぺしゃんこにされていようが動じることはない。裏を返せば、仲間だろうが、なんだろうが助けるつもりはないし、助けられるとも思っていない。
シフォンと共に降下しても、俺は蜂の巣になっていることだろう。
そこでエイミーである。
「エイミーはこういうのが得意だろう?」
無数に飛び回る封印衛星。あれらを撃墜することは難しい。数も夥しいほどにあり、宇宙環境かつ高熱環境でも動作するようかなり堅牢に作られている。たとえ破壊を得意とするエイミーであっても一筋縄ではいかない。
「何やってもいいの?」
「地表にたどり着けるなら」
『ロットンラットの解明は私としても危急の課題ですからね! バックアップは惜しみませんよ!』
「それは心強いわねえ」
ぎゅっと拳を握るエミシ。エイミーは目を細める。
「衛星は暴走してるわけじゃない」
無数の衛星も考えなしに飛び回っているわけではない。適当な軌道にのって飛び続けているだけだとすれば、即座に僚機と正面衝突する。そんな事故を起こさないように、〈クサナギ〉の計算量をかなり費やして、軌道計算を行っている。わずかにでもズレがあれば、すぐに連鎖的な事故が発生する恐れがでてくるため、常に微調整を行いながら惑星上空を飛んでいるのだ。
つまり、封印衛星同士は接触しないようになっている。
「隙間があるってことね」
エイミーは俄然興味が湧いてきたらしい。笑みを浮かべて、高速で飛翔している無数の衛星をじっと見つめる。
彼女が得意としているのはジャストガードではない。より根本的なリズム感覚、時間を測る力が突出して高いのだ。人間が通常ならば60FPSと120FPSにさほどの違いを認めないのとは裏腹に、彼女は144FPSにも反応する。
0.007秒以下の刹那を任意に選び取ることができる。
「ふんふん、ふんふん……」
黄金の畑を覆い隠して飛翔する衛星群を見つめながら、鼻歌のようにリズムを口ずさむ。楽しげにテンポを取りながら、じっと空を見下ろす。どの衛星が何秒で惑星を一周するのか、その周期は、他の衛星と重なるタイミングは。
「なるほどね。だいたい分かったわ」
しばらくリズムを刻んでいたエイミーが、鷹揚に頷く。
「13秒後に出発よ。ウェイドとエミシも準備して」
『は?』
『へぁっ!?』
言うが早いか、エイミーは近くにいたエミシとウェイドの腕を掴む。ぽかんと口を開けている二人ににこりと笑って、俺の方を見た。
「なんでもいいから、私とレッジで背中合わせで固定しましょう。そうしないと、バランスが取れないわ」
「了解。普通にロープでいいか?」
「ワイヤーがいいわね」
『ちょっ、レッジ!? どうして冷静なんですか!? ま、待ってください。私はまだ死にたく――」
緊急脱出用の開閉ボタンを、保護ガラスもろとも拳で叩き壊したエイミーは、続けてハッチを足で蹴破る。
『ぴゅゃ゛っ!?』
エミシが奇妙な悲鳴をあげるが、酸素が一瞬にして宇宙へ流れ出て真空となる。俺たちは機械とはいえ、宇宙空間での活動は想定されていない。持って2分弱、といったところか。
――行きましょっか!
エイミーが背中をくっ付けてくる。手頃なワイヤーでお互いの身体を結び、さらに彼女の両手にはエミシとウェイドが。
彼女の広くて力強い背中に担がれて、俺は意外なほどの安心感を抱いていた。彼女ならばきっと、この難所も潜り抜けてくれるだろう。
四者一体となった俺たちは、封印された惑星目指して飛び降りる。
Tips
◇緊急用ハンマー
非常扉や警報装置のトリガーを保護する特殊防護ガラスを破壊するために使用されるハンマー。〈杖術〉スキルがなくとも使用可能で、対応する特殊防護ガラスのみに有効に作用する。
"正直、鍵と錠でいいけど。ロマンだよな"――設備屋クロコ
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