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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2116/2153

第2116話「芳醇な魅惑の盃」

  "疾病"は縁を辿ってやってくる。

 その事実をアストラたちにも共有すると、意外にもあまり大きな混乱もなく受け入れられた。〈龍骸の封林〉で出てくるようなエネミーの撒き散らす状態異常なら、そのような奇怪な能力を持っていてもおかしくはないというのが大勢の意見だった。


『一応、こちらでも三術師との連携をとって調査を進めます。星の配置や、何か霊的なエネルギーが関連している可能性もありますから』

「よろしく頼むよ」


 こういう時、最大手攻略系バンドは頼もしい。すぐに騎士団所属の占星術師や霊媒師が動き出し、"腐肉漁り"に対する実験を始めてくれる。

 遠くの最前線で頑張ってくれているトップ層の英雄たちに賛辞を送りつつ、俺もまた課せられた任務を遂行せねばならない。

 特別任務【芳醇な世界を醸すため】――管理者エミシから直々かつ内密に提示されたこの使命を。内容は、"疾病"によって醸造所や発酵食品などが侵されないように対策を講じること。そのために何ができるのか、調査すること。なかなかに難解な課題だが、取り組み甲斐はある。


『レッジ、何をニヤニヤしているんですか。また何か妙なことを企てていないでしょうね?』

「そんなまさか。エミシの研究所が立派で感心してただけだ」

『ふーん……? まあ、あの研究所はウチの植物園をかなり基盤としていますからね。完成度が高いのは当然のことでしょう』


 エミシが酒造りを秘密にしている以上、特別任務を受けたこともウェイドには伏せておかなければならない。しかし、こういう時に限って彼女は俺の側から離れようとしなかった。


「とりあえず事件現場……というか大麦の惑星農場に行くつもりなんだが……」

『いいですよ?』


 当然のように彼女も付いてこようとする。つい数分前まではそれでも良かったのだが、ちょっと事情が変わった。


『あー、ウェイド。実は新しい砂糖が完成したのですが、特別に先行して試食などはいかがです?』


 状況を察したエミシが的確にフォローを出してくれる。流石はウェイドを元にして生まれただけのことはある。彼女の性格を知り尽くした、見事な誘導だ。


『なんですと! ――こほん。いえ、今回は遠慮しておきましょう』

『なっ――!?』

「なんだって!?」


 すぐに飛びついてベロベロと舌舐めずりしながら顔を蕩けさせるかと誰もが思った直後、ウェイドは軽い咳払いで誘いを断る。思わず目を見開き耳を疑うエミシと、明日は槍でも降るのではと危惧する俺に、銀髪の管理者は眉を寄せる。


『なんですか、その反応は。まるで私が砂糖と聞けば簡単に飛びつく痩せ犬とでも思っているようですね』

「いや、流石にそこまでは思って……」


 ないとは言い切れないが。

 まさか、最近は力を弱めていた彼女のなかの理性ことシュガーが復活したのか。そう思ったものの、よくよく見てみればウェイドは冷静沈着だ。暴れる本能を強引に押さえつけられているような苦悶の表情を浮かべていない。

 ということはつまり、彼女は自らの精神で、砂糖の魅惑を退けたということか。


「大丈夫なのか? もしかして、腹がいたいとか」

『一度オーバーホールしてもらった方が良いのでは? もしくは〈クサナギ〉そのもののキャッシュのクリーンアップやフルメンテナンスもお勧めしますよ』

『ええい! あなた達も大概失礼ですね!』


 真面目な本心で慮ったというのに、ウェイドはぶんぶんと髪を振り乱す。


『そもそも今は特殊開拓指令の進行中にあるんですよ。我々は総力をあげて、目の前の課題に向かわねばならないのです。万事快調に事を成すまでは、節度を持って真面目に調査開拓活動に打ち込むのが本分でしょう!』

「言ってることは正しいんだがなぁ」


 本当に悪いものでも食べたのだろうか。健康に悪そうなものはさっき血管に打ち込んでいたが。


『……それに、禁断症状が長引くほど、次に摂取した時の快感は強くなるでしょう』

「あっはい」


 良かった。正気だった。いや、正気じゃないのだが。

 ニヤリと怪しい笑みを浮かべるウェイドにほっと胸を撫で下ろし、ともあれ彼女と共に動くことは決まってしまった。エミシはすでに心配が隠せない様子で、しきりに動き回っていた。


「ところでエミシ、惑星農場はカエデたちが対処したんだよな? その後はどうなってるんだ」


 腐り爛れる病獣、ロットンラットが出現した惑星農場には〈紅楓楼〉のカエデたちが対処にあたっていた。彼らはたしか、最終的に収穫間近の小麦畑を燃やして病獣を退けていたはずだ。

 その後、畑が再び耕されたという話は聞いていない。


『ああ、そうですね。あちらの農場は今も封印措置を実施していますよ』


 ちゃんと現場の保存をしています。とエミシはしたり顔で言う。

 やはり彼女は優秀な管理者だった。

Tips

◇パイルスウィート

 全身を太い杭で貫かれるような強烈な刺激を与える極甘の砂糖。高純度に精製された特級品は、かるく触れるだけでも燃え上がるほどの熱量を宿している。摂取だけでなく、保管にも特殊な手法を必要とする極上の砂糖。


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