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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2114/2152

第2114話「奥深い醸造」

『う、うぅ……んぐっんぐっ、ぷあっ!』

「泣くか飲むかどっちかにしたらどうだ?」

『んぐっんぐっんぐっ!』


 ひとしきり俺を追いかけた後、力が抜けたエミシはその場に蹲ってシクシクと泣き始めた。泣きながら近くにあったビール瓶を掴み、ポンと軽やかに王冠を弾き飛ばすと、一気に中身を飲み干す。顔がほんのりと朱を帯びるなか、彼女はあっという間に二本、三本と立て続けに空き瓶を量産していった。


「まあ、なんだ。別に管理者が自分の建物の中で何やってようが自由だと思うぞ」


 管理者が常に公正明大で滅私奉公を是としているかといえば、そうではない。ウェイドなんかが特に顕著だが、サカオやキヨウだって自身の趣味嗜好を都市開発の指針として含んでいるものだ。

 エミシがビールを作っていたところで、驚きこそすれ咎めることなどできるはずもない。


『うぇ、うぇええっ!』

「どうどう。落ち着けって。ちょっと飲み過ぎじゃ――分かったわかった」


 飲んでは泣いて、泣いては飲む。すっかり酒が手放せなくなってしまったようで、ビール瓶を抱き枕のように抱きしめている。流石に飲みすぎだろうと瓶に手を伸ばすと、キッと鋭く睨まれる。


「しかしどうしてまたビールなんか飲み始めたんだ?」


 結局酒を取り上げることもできず、少しでも落ち着かせるため話しかける。別に管理者が酒を飲んではいけないという規則があるわけではないが、他の管理者はなんだかんだであまりアルコールの類を楽しんでいるイメージがない。


『ひっく。……教えてもらったんですよ、通りすがりの調査開拓員に』


 ビール瓶を握りしめたまま、エミシは言う。

 それは無茶な発注と惑星農場での大規模なトラブル、そして流通網の混乱という三重苦で、管理者としても多忙を極めていた期間の直後のことだった。疲労が隠しきれず、ぼんやりとしていたエミシの前に、とある調査開拓員が現れたという。

 その調査開拓員は汚れひとつない漆黒のスーツを纏い、理知的な光をメガネn奥に宿していた。腰には二丁の拳銃を吊り下げ、その佇まいもこなれている。

 そもそも単身で〈エミシ〉まで来ている以上、それなりの実力はあるに違いない。


『むむ、どうやらお疲れのようですねえ。そう言う時は、こう、プシュっとやって、プハーーっ! とするのが一番ですよ。1日の終わりに飲む炭酸は喉ごしも最高で疲れなんて吹き飛びますから』


 そう言いながら、自分も懐から円筒形の容器を取り出すと、銀色のプルタブを起こして一気に煽る。ゴクゴクと音を鳴らして飲み干して、ぎゅっと目を閉じて堪能したのち、


『ふひゃぁっ!』


 と短く幸せを吐き出した。

 その姿が、エミシの脳裏に強く焼きついた。


『それからは日々、彼女が飲んでいた飲み物について研究をしていました。ラベルにはどこのものとも分からない、怪しげな図柄しか描かれていなかったので、全て手探りです。ヒントとなるのは、開けるとプシュッと炭酸が抜け出すこと、飲むと幸せな気持ちになり、疲れが吹き飛ぶということ。それで色々と調べたところ……』

「ビールかぁ」


 その伝道師が飲んでいたのは、本当にビールだったのか? 今となっては真相は闇の中。エミシも今から改めて精査するつもりはないだろう。とにかく彼女は、ビールという幸せの飲み物に出会ってしまったのだから。


『ビールは素晴らしいですよ、手間をかければかけるだけ、味で応えてくれます。麦芽、ホップ、水、酵母。原材料はシンプルなのに、そこには無限の可能性が満ちています。予想外のことで驚かせてくれますが、困らせることはないですし』


 なぜか俺の方を見るエミシ。

 俺もサプライズをしてやった方がいいのだろうか。


『それからです。私は探究の旅に出ました。麦の品種から見つめ直し、製造法、ホップの種類、配合、水……。あらゆるパラメータを解析して、実験し、より理想のビールを求めるのです。ああ、なんて素晴らしいっ!』


 泣いていたかと思えば、恍惚として祈るように指を絡める。アルコールが入っているせいか、感情の緩急がすさまじい。


『とにかく今はビールさえあればいいんです。どれだけ傍若無人な注文が入ったとしても、どこの惑星で爆発が起きたとしても、これを飲めば全てがどうでも良くなるのですから』

「それって管理者的にはよくないのでは?」

『いいんですよ!』

「あっはい」


 勢いで意見を正当化しようとするところ、いったい誰に似たんだか。

 エミシは赤ら顔で空き瓶をこちらに突きつけ、グリグリと腹を押す。目が据わっていて、妙な気迫だ。


『本当はずっと秘密にしておくつもりでした……。まあたまに出来がいい時はビール好きな調査開拓員にちょっとお裾分けしたりもしましたが。とにかく、この醸造所を見られたからには、タダで帰すわけにはいきません』

「おっと。急に話が戻ってきたな」


 ビール作りのロマンを語っていたはずのエミシが、再び割れた瓶を構える。思わず身構える俺に、エミシはじりじりとにじり寄ってきた。


『おとなしく記憶を抹消すれば無傷で済ませてあげますよ! びぁーーーっ!』

「なんだその鳴き声!? ちょ、マジで殺す気か!? ま、まて、取引しよう!」


 勢いよく飛びかかってくる白銀の少女を慌てて避ける。ビールタンクを傷つけないよう軽やかなステップで切り返してくるエミシに、慌てて叫ぶ。


『問答無よ――』

「古代のビール、飲みたくないか?」

『ッ!』


 ビール瓶の動きが止まる。

 そういえば管理者に殴られたところで痛くも痒くもないはずだが、すでに言葉は放ってしまった。エミシはじっとこちらを見つめ、次の言葉を待っている。

 俺は酒臭い息を吐き出す少女の耳元で、そっと囁いた。

Tips

◇醸造

 微生物の動きを統率し、さまざまな食品を作る手法。〈調理〉スキルによって使用でき、重要な食材の生産にも必要不可欠。


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