第2109話「信頼の不信感」
『がるるるるっ!』
「なんで出会い頭から警戒されてるんだ、俺は」
野暮用があって〈エミシ〉を訪れたところ、ゲートを抜けて都市の宇宙港に降り立った途端に熱烈な歓迎を受けた。ヘルメットをかぶってライオットシールドを構えたエミシが、怯える猛獣のように唸り声をあげている。
どうして俺は町に降り立っただけで、こんなひどいことをされないといけないのだろうか。
「安心してくれ。俺はまだ何もやってない」
『何かやる人の発言じゃないですか! おかえりはあちらです!』
無害アピールも虚しくエミシは余計に防御を固める。悲しいなあ、まったく。
『ふぁあ。やっぱり砂糖を直接キメた後のシュガーバスは効きますねぇ。っと、レッジ? 何をぼーっと突っ立ってるんですか』
『うわーーーーーっ! で、出たーーーーっ!』
どうやってエミシを落ち着かせようかと思案していた矢先、船のタラップをぽてぽてと降りてくる足音が。振り返ればウェイドがふんにゃりとした表情で立っていた。
俺が都市管理業務の効率化を図って余裕が出たのをいいことに、最近また砂糖に傾倒するようになったウェイドである。今も船の中で砂糖を直接血管に流し込んで血糖値を上げながら砂糖を溶かした風呂で体を温める血糖値スパイクフルコースを楽しんでいたはずだ。
管理者機体の頑強さがなければ即死するような凄まじい蛮行だが、彼女は管理者なので問題はない。
しかしそんなウェイドを見たエミシは、まるで幽霊でも見たかのように絶叫し、シールドの後ろから禍々しい大口径の拳銃を繰り出した。
『何をばかな事やってるんですか。まさか貴方まで、私がレッジに管理者権限を押し付けてバカンスを楽しんでいたと思っているんですか?』
『実際似たようなことやってませんでしたか!? ていうか、そもそもウェイドとレッジさんが揃う時点で、ロクなことが起こらないんですよ!』
私は詳しいんだ、と力説するエミシ。いったい、何が彼女をそこまで切羽詰まらせるのか。
「まあそういうなよエミシ。俺たちはちょっとした用事があって寄っただけなんだ」
『なんですか、用事って。もう星は破壊させませんよ』
「それはレティに行ってくれ。俺にそんな力はない」
天地神明に誓って嘘は言っていないのに、エミシの疑念の視線は消えるどころかどんどん強くなってくる。
『とりあえず、その用事とやらを聞きましょうか。話はその後です』
「都市への入場許可すらもらえないのかよ……」
普通ならゲートを潜った時点で〈エミシ〉に入る許可が自動的に与えられるものなのだが、いまだに俺にはその通知がこない。このままエミシを無視して走り出しても、宇宙港の検問で警備NPCに止められてしまう。
「……レッジ、大丈夫?」
「おお、ミカゲ。ちょっと待っててくれよ」
出鼻を挫かれてやいのやいのとしていたら、奥からミカゲが現れる。いつもの黒い忍装束に身を包み、相変わらずのローテンションを保ったニンジャボーイである。
今日は珍しくレティたちとは予定が合わず、トーカは武者修行と称して〈龍骸の封林〉で"贋物の虚影"と遊んでいる。そんなわけで、俺とウェイドとミカゲという珍しい3人組でのお出かけだ。
『……ミカゲさん? もしかして、本当に何か御用があったんですか?』
「最初からそう言ってるじゃないか……」
ミカゲが出てきた途端、エミシの警戒心がぐっと下がった。彼と俺と、いったい何が違うというのか。
「この前、小麦の惑星農場で"疾病"が発生しただろ。その原因を改めて調査したいと思ってな」
『ロットンラットの件ですか。しかし、あれは検疫の不足だったという結論を出しましたが?』
〈紅楓楼〉のカエデたちが遭遇した"疾病"をばら撒く化け物、ロットンラット。それが〈龍骸の封林〉から遠く離れた〈エミシ〉の惑星農場で出現したというも、普通に考えれば奇怪な話だ。エミシ自身が検疫漏れによって"疾病"の原因である胞子が入り込んでしまったという結論を出したが、そこにも無理がある仮説が多い。
例えば、なぜ〈エミシ〉やそれに近い他の惑星農場では出現しなかったのか、など。偶然と片付けてもいいし、エミシは実際、被害のなかった他の惑星農場でも徹底的な消毒を施している。とはいえ、不可解な気持ちは消えない。
そこでこういった不可解な事象といえば、ということでミカゲ先生に出てきてもらった。ニンジャで呪術師な彼ならば、きっと俺には見えない何かを見つけてくれるはずだ。
『なるほど、そういったことでしたら、入場許可もやぶさかではありません』
「それでも結局渋々なのか。俺、別にエミシに酷いことしたつもりはないぞ?」
『自分の胸に手を当てて、もう一度誓ってみてくださいよ』
「俺はエミシに酷いことをしたつもりはない」
『自覚がないのが余計に性質が悪いですね』
「救いがなさすぎるだろ」
どっちに転がっても、俺が困る。
『はっ、日頃の行いというやつですね。これを機に心を入れ替えてみては?』
『あなたもですよ、ウェイド。とりあえず砂糖の注文はキャンセルさせてもらいました』
『はーーーーっ!? わ、私のシュガーハピネス計画が!?』
なんだその頭まで砂糖が詰まってそうな計画は。これだからウェイドが管理者権限を失うというカバーストーリーが現実味を帯びてT-3にもすっかり信じ込まれてしまうのだ。
「……似たモノ同士ってやつだね」
音もなく降り立ったミカゲは、何か小さく呟いて歩き出す。
俺とウェイドは警戒と盾をどかさないエミシに見張られながら、彼の後を追いかけた。
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