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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2108/2149

第2108話「不測の事態」

 管理者エミシの朝は早い。

 そもそも24時間昼夜を問わず管理者業務を行なっている彼女たちに、睡眠という概念すらないのだが。それを加味してもここ最近の彼女は目がまわるような忙しさに圧倒されていた。


『ひょえー!』


 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に広がる小宇宙。その中心にある巨大な都市、地上前衛拠点シード01EX-スサノオは、エミシの未明で朝を迎える。


「お、今日もエミシちゃんが臨界点に達したな」

「そろそろ俺らも仕事行くべ」


 中央制御塔の方から聞こえる絶叫に慌てる者はほとんどおらず、めいめいに仕事道具を持って動き出す。〈エミシ〉を拠点にする調査開拓員のほとんどは、惑星農場での播種、育成、収穫といった農作業を担う農家たちである。

 多少裕福な者は自家用の小型宇宙船に乗り、まだ駆け出しで懐事情の寂しい者は乗り合いの大型宇宙船へと急ぐ。彼ら宇宙農家を乗せた船が次々と星の海に解き放たれる様子は幻想的であった。


『あんのク……馬鹿ウェイド! 急に砂糖5,000トンを即日配送って、頭まで糖分に侵されてるんですか!』


 管理者の下には、毎日定刻になると各都市からの注文が届く。その多くは事前に規定されていたものであり、管理者としても配達任務の公開などを行うだけでいい。しかし、通常納品の事務作業を終えた後には、各管理者たちからの個別発注が待っている。

 例えばアマツマラからは最新の砂糖品種のまとまった量の注文が入っている。とはいえ彼女自身も精密機器などを輸出する生産者側であるからか、その苦労は重々承知なのだろう。エミシへはかなり余裕を持ったスケジュールで発注をかけているため、急ぐことはあまりない。

 問題は普段から輸入ばかりで、何かを生産し輸出することがほとんどない都市の管理者である。


『稲荷寿司の食材を全部100万トン単位で要求してきたT-1ほどではないにせよ、絶対にこんな量はいらないでしょう』


 注文者の私利私欲が透けて見える内容にぎりりと奥歯を噛み締めるエミシ。だが、注文依頼にはもっともらしい理由も添えられていて、これを一方的に断るというわけにもいかない。

 大規模な小麦の惑星農場が壊滅してしまった現状、エミシも損害の補填と農場の再建のためいくらでも金は欲しい。

 エミシは苦虫を2ダースほど噛み潰したような顔で、ぶっ込まれた速達依頼にどう対応するかのシミュレーションを始めた。


『というか〈ウェイド〉には植物園があるでしょう。そこで勝手に作ればいいじゃないですか』


 あまりにも難解な依頼に正気を失ったエミシは、検証を続けながら怨嗟をばら撒く。稲荷寿司、情報爆弾、そしてT-3の逮捕。次々と妙な事件が発生したあとでの、〈ウェイド〉からの砂糖注文である。

 疲労困憊のエミシとしては、もうこれくらい勝手にそっちでやってくれと言いたくなる。当然ながら厳重な管理下に置かれた植物園で、砂糖を生み出す新たな植物の研究をしている暇などないのは承知しているのだが。


『ウェイドに自制心がインストールされたという話は嘘だったんですかねぇ?』


 いつからかウェイドが砂糖で暴走しなくなったという話も聞くのだが、エミシに寄せられる注文からはそんな素振りはいっさい見られない。世の中には不思議なことが多すぎる。


『はぁ。また新しく惑星を開墾した方がいいですかね』


 今や〈エミシ〉は他の都市の胃袋を支える農作物の一大生産地だ。それによって巨額の稼ぎを積み上げているとはいえ、裏を返せば止まることが許されないプレッシャーに晒され続けているということでもある。

 検疫のコストも爆増し、輸送のための大型宇宙船の建造にも莫大な費用が呑まれている。収支を差し引きすれば、案外純利益と呼ばれる額はさほど大きなものでもないのだ。

 幸いなことに〈エウルブギュギュアの献花台〉の小宇宙にはまだまだ未開拓の岩石型惑星が多く存在している。適当な大きさのものを見繕って調査開拓団員に向けて開墾任務を出していれば、2、3日もすればある程度の土壌が出来上がっている。

 エミシはすでに70以上存在するサトウキビ畑に思いを馳せながら、次の畑を拓き始めた。

 もはや星に重力発生装置を埋め込んで大気層を生成し、土壌を改良し、スプリンクラーを張り巡らせ、宇宙船発着場と倉庫を建設するという一連の流れも慣れたものだ。調査開拓員たちの積極的な協力もあいまって小さめの惑星ならすぐに畑にしてしまえるのだから恐ろしい。


『うがーーー、うぎぎ、ぐぐががぐぅ』


 極度のストレスから意味のない言葉を漏らしながら、開墾のスケジュールを組み上げていく。このあたりの作業も習熟して、今では200個以上存在する全ての惑星農場の管理もほぼオートメーション化されていた。


『とりあえず、これでなんとかなるでしょう。後は不測の事態さえ起こらなければ……』


 即日配達を希望するウェイドに罵詈雑言を2,000枚のオブラートで包み隠したメッセージを返したエミシは、深いため息を吐き出す。管理者同士なら専用回線で通話した方が話も早いのだが、それで正気を保てる自信がなかった。

 ともあれ、これでひとまずは安心である。天変地異でも起こらない限り、今のところの注文には対応できるだろう。そう思ってコーヒーを取りに立ち上がった、その時だった。

 小宇宙と塔の五階部分を接続させるポータルの、侵入通知アラートが発動する。

 何事かと慌てて確認したエミシの眼前に表示されたログは簡潔なものだった。


[調査開拓員レッジが、来訪されました]

Tips

◇惑星農場用大型散水機

 惑星農場での作物への補水に使用される大型のスプリンクラー。散水機と銘打ちながら、高さ15メートル、有効射程3kmを誇る建築物である。分間で250トン以上の水を撒くことが可能で、安定した水源と強靭な水道も必要とする。


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