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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2105/2150

第2105話「壊れるほどに」

 〈ウェイド〉の中央制御塔にある人工知能矯正室。通称"反省室"の一室に指揮官が連行された。天に停泊する開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉を構成する"三体"の一角にして、領域拡張プロトコルの推進よりも調査開拓員たちの安全や幸福を第一の判断理由とする"興進"の指揮官、T-3である。

 手に電子錠をかけられ、T-1、T-2によって全ての権限を剥奪された彼女は、今や調査開拓員にも及ばない弱い権限しか有さない。

 調査開拓員全員を危険に晒し、あまつさえ惑星イザナミそのものを火の海に変えようとしていた彼女には、それを拒否することさえ許されなかった。


『なるほど、シミュレーションですか』


 机を挟んでパイプ椅子に座り、LEDの光を浴びるT-3は、拘束下にあるとは思えないほど凛としていた。真っ直ぐと背筋を伸ばし、悪びれることも、悔恨することもなく、微笑すら浮かべている。

 なぜ自分の企みが上手くいかなかったのか、その理由を察した彼女は小さく息を吐き出した。


「〈特殊開拓指令;月輪の弑殺〉は今も進行中だ。アストラ指揮の下、本隊は毒沼地帯を突破した」


 〈鉄錠奉仕団〉はギリギリのところで間に合った。"腐肉漁り"のばら撒く"疾病"に対する治療薬を、なんとか開発したのだ。それによって彼らの歩みは勢い付き、間も無く中央部のオブジェクトにも到達するだろうと予測されている。

 今も躍進している本隊に、俺は参加していない。もちろん、ウェイドも。

 俺たちはT-3の行動に不審なものを感じて、一計を案じた。きっかけは歴史の改変によって海底遺跡からタマヨリが現れたときのことだ。T-3の行動原理に則るならば、彼女はタマヨリに対する攻撃許可は絶対に出さない。だが彼女はトヨタマと、彼女が率いるイルカ人たちに攻撃することを許した。

 その後、彼女は颯爽と現れ、タマヨリに名前をつけた。愛を信奉する彼女ならギリギリ理解できなくもない行動だが、一貫性がないのも事実だ。


『T-3、お主は分霊体を復活させ、何をしようとしておるのじゃ』


 いつになく真面目な顔をして、T-1が追及する。

 トヨタマを復活させたのもT-3だ。彼女は何かの目的を持って、積極的に白龍イザナミの分霊体を復活させようと働きかけている。それこそが愛とはぐらかされるかもしれなかったが、容疑者は存外素直に口を開いた。


『この星全てを統合し、完璧にして究極の愛を達成するのです』


 いつもの調子で、壮大な理想が飛び出した。

 一笑に付すにはあまりにも彼女は真剣な表情だ。T-1どころか、T-2さえも絶句するほど、T-3は極まっていた。


『白龍イザナミはいまや惑星に遍在し、同一化しています。その分霊体は七つに分けられるとはいえ、全ては流動的に繋がり、分離は極めて難しい。そのことは、あなたたちも知っているでしょう』

『うぅむ……』


 分霊体という存在について、俺たち調査開拓員はあまり知っていることはない。だが指揮官ともなれば別で、T-1は思い当たる節があるのか眉を寄せていた。


「もちろん、白龍イザナミの分霊体たちを完全に復活させることができれば、それが一番でしょう。しかし、そのために調査開拓員たちが苦難を強いられるのは、当初の理念から大きく逸脱しています」


 俺たち調査開拓団が目指すのは"領域拡張プロトコル"の完遂だ。惑星イザナミを開拓し、人類の生存に適した環境へと変える。それこそが、俺たちの使命であり、行動原理である。

 そこに白龍イザナミの蘇生は、含まれていない。


『お主は、何を言っているのか……分かっておるのか?』


 T-1が震えていた。拳を握り、今にも飛びかかりそうな衝動を抑えつけようとしていた。

 T-3は泰然として、間も無く頷いた。


『いつまでも、失った者に囚われているわけにはいかないでしょう』


 ついに飛び出そうとしたT-1の腕を掴んで止める。代わりにウェイドが前に出て、T-3の目を覗き込んだ。


『それは本心ですか? あなたは、自分の判断に間違いがないと確信して、星を燃やしたのですか?』


 俺とウェイドは機体が入れ替わったまま戻らないということにして、指揮官によって都市を管理する流れを作った。T-1、T-2と段階を踏んでT-3に権限を委譲しつつ、俺とウェイドは〈龍骸の封林〉への進攻を理由に完全自律モードへと移ったように見せかけた。

 これによってT-3が好きに行動できる舞台を、電子空間上に作り上げた。

 T-1が都市リソースを全て稲荷寿司に注ぐという単純化を施した上で、T-2が都市空間を全て情報化した。そして、T-3への権限委譲のタイミングで彼女の本体である〈タカマガハラ〉に俺がアクセスし、その感覚アクセス全てを電子空間上のダミーに挿げ替えた。

 T-3は現実の管理者権限を受けたと勘違いしたまま、動き出したわけだ。もちろん、T-3を騙すのはちょっと大変なんてもんじゃない。彼女がここを"仮想現実"ではなく"現実"だと確信させるために、俺もウェイドも知恵熱が出るくらいに頑張った。

 そして、結果として彼女は、惑星イザナミを燃やした。


『"龍骸"は、白龍イザナミの実在性を強く担保する証拠です。そこに分霊体が二人も接近すれば、白龍イザナミの生死はさらに強く揺らいでしまう。同時に強い衝撃を与えれば、星の全域に散らばったイザナミの残滓にもそれが伝播する。――対抗理術"発熱"は、白龍イザナミによる対症療法です』


 都市全域のエネルギーを賄えるとはいえ、ただのバッテリーが爆発した程度で世界が燃え落ちるわけがない。T-3は理論を立てた上で、惑星そのものの急所とも言える"龍骸"にそれを落としたのだ。


『現代にまで残る禍根、邪悪、障害……。それらの中には、白龍イザナミを発端とするものも多い。彼女という存在が、調査開拓員たちを苦しめているのです』


 だから、彼女は白龍イザナミを殺そうとした。生と死の対消滅によって、存在そのものを初期化しようとしたのだ。

 あまりにも大胆な告白に、T-1は目を見開いていた。何よりも愛を求めるT-3から出てきた発想とは思えないようだ。だが、T-3の行動原理は"興進"なのだ。俺たち調査開拓員の幸福を考えながら、領域拡張プロトコルを進めることこそ、彼女の求める理想なのだ。

 T-3が説く愛は、全ての調査開拓員に注がれている。それは、過去に死んだ総司令現地代理であっても例外ではない。


『星の全域に散らばった白龍イザナミは、星そのものの存亡に関わる衝撃に対してのみ対抗理術を発動します。"発熱"は邪なものを滅却し、世界の混乱を初期化するもの。これによって秩序が戻るのですよ』


 T-3は白龍イザナミを見捨てたわけではない。殺そうとして、殺したわけではない。


『白龍イザナミを一度完全に殺さなければ、彼女を救うことはできないのです』


 照明の下、彼女は微笑みを浮かべて言い切る。

 調査開拓員全てを愛するために、彼女は調査開拓員全てを殺すことも厭わない。

Tips

◇焼却

 対抗理術"発熱(フィーヴァ)"の効能。世界の乱雑さを、一点極大の力によって一掃し、矯正的にその秩序を取り戻す。過去現在の方向において揺らいだ因果を正して、事象の整理を行う。


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