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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2104/2149

第2104話「燃え落ちる世界」

 天使と共に堕ちてきた爆弾は、地表スレスレで爆ぜた。青白い稲妻と爆炎。そして衝撃。激烈なエネルギーの暴走が地表を舐める。

 あまりにも唐突な出来事に、対応できた者はそう多くない。まさしく、これこそが青天の霹靂であった。

 その蹂躙は原生生物だけに留まらず、俺たち調査開拓団にまで及んだ。おそらくバッテリーでも爆発したのだろう。それは調査開拓団規則に抵触することなく、俺たちにダメージを与える。――当然、NPCにも。


『カミルーーーーーーッ!』


 灼熱の波が飲み込む直前、俺は彼女の姿を探した。

 鮮やかな赤髪を乱しながら振り返るメイド服姿の少女は、俺を見つめながら爆炎に包まれ、溶けた。

 直後、俺も、ウェイドも、レティたちも、全員が熱に呑まれる。機体が溶融し、衝撃や痛みを感じる暇もなく意識は暗転した。


━━━━━


「逃げて、カエデ君!」

「そっちこそ早くしろっ!」


 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、惑星農園。地表。かつて黄金に染まっていた肥沃の大地は黒く侵食され、もはや完全に染まり切るまで幾許もない。

 わずかに残った清浄な土地を死守するカエデたち〈紅楓楼〉の四人も、窮地に陥っていた。


『ゴポッ、ゴプポォ』


 黒いヘドロが山のように聳え、おおまかに四つ足の獣の形を取っている。瞬く間に急成長を果たした腐れネズミ、"腐り爛れる病獣(ロットンラット)"は流れの悪い排水溝のような不気味な声を上げながら、小さな四人を押し潰そうとしてくる。

 もはや打つ手なしと思い知ったカエデは、他の3人が退却する時間を稼ぐための殿を買って出た。しかし、それを仲間たちが許すはずもない。光は二十七枚目の黄金盾を構えてなおも立ち上がり、フゥも中華鍋を握りしめている。

 逃げ出そうとする者は誰一人としていない。右腕が黒く腐りはてたモミジでさえも。


「初動を誤ったな。クソ、厄介な奴だ」


 半ばで折れてしまった小太刀を構え、もう一振りを失った左足の代わりに地面に突き刺しながら、カエデは言葉を吐き捨てる。

 "腐り爛れる病獣(ロットンラット)"は絶体絶命の四人に勝利を確信したのか、嬲るような動きで徐々に迫る。ボコボコと体表が泡立ち、膿と爛れた肉がどろりと流れおちる、悍ましい巨躯が彼らに近づいていく。


「ッ!」


 覚悟を決めたカエデが刀を振り上げる。

 "腐り爛れる病獣(ロットンラット)"が爛れた腕を持ち上げる。

 その時だった。


――罹患。

――自己免疫反応、起動。

――対抗理術"発熱(フィーヴァ)"。


 星が、敵が、森羅万象が、灼熱に呑まれる。


━━━━━


『愛ですよ、愛。世界は愛に満たされ、愛によって廻るのです』


 灼熱の世界で、指揮官は謳う。

 愛こそが世界を救うのだと。因果律が歪み、種々の齟齬が顕在化する異常な事態を根治するものこそ、愛なのだと。

 燃え上がる世界。都市防壁すら溶解し、万物の輪郭が揺れている。

 始まりは小さな火種だ。

 それが天使によって誘われ、世界の患部へと当てられた。因果律という導火線に火がつけば、それは時を超えて燃え上がる。炎は全てを浄化し、邪悪を祓う。病魔を撃退し、傷口を塞ぐ。


『愛によって、この歪んだ歴史に終止符が打たれるのです。白龍イザナミの死因は焼死に収束し、再演算によって新たな正史が記されるのです』


 燃え上がる世界。

 指揮官の顔もどろりと溶けていく。彼女はそれでも満たされていて、幸せを感じていた。なぜなら世界はこんなにも、暖かい愛に包まれているのだから。


『何を馬鹿なことをしてるんだ、T-3』

『……あら?』


 自ら猛火に身を投じようとしたT-3に、通信が入る。

 今や星そのものが燃え上がり、他に意識のあるものはいないはずだった。しかし声は明瞭に、彼女の名前を呼ぶ。

 違和感に気がついた途端、T-3は立て続けに異常を検知する。燃え上がる世界が単調な繰り返しのなかにあることに気がついた。機体は高音を感じておらず、スキンどころか毛先も燃えていない。


『これは、いったい? 私は確かに、龍骸を破壊したはずなのですが』


 T-3はログを検証する。

 彼女は確かに〈龍骸の封林〉にある巨大オブジェクトに座標を定め、トヨタマとタマヨリを使って超臨界状態の都市無停電電源装置を投げ込んだ、はずだった。


 世界にノイズが走る。


『申し訳ないが、勝手に殺されるわけにもいかないからな』


 映像は単調に繰り返され、エフェクトは安っぽく滲む。


『T-2に頼んで、都市の精細な3Dマップを作ってもらっておいてよかったよ。T-3、いい夢は見れたか?』


 世界が溶けていく。

 燃え落ちるのではない。彼女の思い望んでいた光景が途切れ、見慣れた白い天井が現れた。


『ここは……』

「地上前衛拠点シード02-スサノオだよ」


 起き上がるT-3の前に、調査開拓員レッジが立っていた。管理者ウェイドと機体が入れ替わり、現在は〈龍骸の封林〉で活動しているはずの、彼が。


『まったく、とんでもないことをしおったな!』


 彼の背後から、T-1が、T-2が、現れる。

 稲荷寿司の大暴落によるショックで寝込んでいるはずの指揮官が。


『お主、まさか妾が本当にお稲荷さんを考えなしに作りまくっておったとでも?』


 T-1はT-3の表情を見て、憤然とする。

 いまだに困惑の残るT-3ははたと気がつく。部屋の中に、薄く霧が満ちていた。見つめようとすると焦点が合わなくなるような、つかみどころのない不確かな霧だ。それに集中するほどに意識が混乱する。


『通告。指揮官T-3、貴女には調査開拓団に対する重大な離叛の意思が確認された。よって、危険思想の暴走と認定し、拘束する』


 T-2が淡々と伝える言葉。

 T-3は手首にかけられた拘束具に、微笑みを浮かべた。

Tips

◇対抗理術"発熱(フィーヴァ)"

 白龍イザナミによる世界の守護。因果律の崩壊、捻転、壊疽を定義し、因果律そのものの基幹機能を流用することによって修正を試みる。


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― 新着の感想 ―
『お主、まさか妾が本当にお稲荷さんを考えなしに作りまくっておったとでも?』 →信用ってのは普段の行動の積み重ねなんだよT-1…
T-1の次はT-3か!
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