第2101話「無敵軍団」
それはあまりに惨く、残虐で、人道に悖る光景だった。
「い、嫌だっ! それだけは、やめ……やめてくれえええっ!」
「ひぃいいいっ! 来ないで! 来るな! 来るなぁああっ!」
「それだけは、俺の大切な――う、あ、ぁああああっ!」
歴戦の調査開拓員たちが悲鳴を上げ、咽び泣き、逃げ惑う。戦線は崩壊した。統率の取れなくなった調査開拓団は無力さを噛み締めるしかない。
ネズミたちの嘲笑う声が響くなか、彼らはぬかるみに足を絡め取られながら必死に這いずることしかできないのだ。
「私、あははっ、私、こんな……こんなのになっちゃった……」
「俺がいったい、何をしたっていうんだ」
呆然と立ち尽くすもの、瞳孔を開いて天を仰ぐもの。絶望というものは、人の数だけ存在することをまざまざと見せつけられる。
『聖域』を展開する支援機術師たちは、助けてくれと壁を叩く同胞を見捨てなければならなかった。彼らが背後に守る仲間たちのためにも。拳が壊れるほどに訴え続ける友人を、涙を流しながら拒絶するのだ。
「ひどい……。こんな、こんなことが許されていいはずが……」
惨状を見てウェイドが言葉を絞り出す。燃え上がる怨嗟の声、絶望の悲鳴に耳を塞ぎたくなりながら、管理者としての矜持でそれを留まり、見つめ続けている。せめてそれが、病魔に飲まれていった者たちへの追悼となると信じて。
男だろうが、女だろうが、機体の区別すらなく、悲劇は平等に訪れる。逃げ惑うタイプ-ライカンスロープの少女に、黒い影が追いついた。
「ひぃ、や、やああああっ!」
齧歯獣の薄汚れた黄色い歯が、少女の肩に食い込む。咄嗟に払い除けた少女だが、肩の傷口は瞬く間に膿み、爛れ、ブルーブラッドがボコボコと溢れる。LP回復アンプル、応急修理用マルチマテリアル、包帯。在らん限りの手段を用いて治療を試みる少女に、無情にも感染は侵蝕する。
顔面蒼白となって頭を抱えるウサ耳の少女。彼女が握りしめた指の隙間に、青い束が挟まった。
「あ、ああ……ああ、あああああっ!」
震える目でそれを見て、少女は慟哭する。
毒沼に座り込み、喉を震わせてつんざくような絶叫を放つ。
「髪が、私のキューティクルが――ッ!」
ナノマシンの形状に酷似するよう変異した胞子。それは感染力をそのままに、特殊な症状を引き起こすようになった。調査開拓員の頭部を保護し、冷却機能も補強する衝撃干渉ナノマシン繊維と積極的に結合し、そして短時間で崩壊する。その過程でナノマシンの形状固定も崩壊させ、再生成も阻害する。
まるで狙い澄ましたかのように、的確に調査開拓員にダメージを与える、異常な変化だ。
変異した胞子は瞬く間に広がり、今回の大規模作戦に参加していた歴戦の攻略組たちを阿鼻叫喚の地獄へと陥れた。
風に舞い散る色とりどりの繊維。つるりと滑らかなスキンが露出し、人々が頭を抱え蹲っている。
「調査開拓員を強制的にハゲさせてしまうなんて!」
ウェイドが怒りのこもった声で叫ぶ。
眼下の調査開拓員たちは次々と頭髪を風に吹き飛ばされ、手でわずかに残った束を掴んで押さえつけていた。
『そんなに厄介なもんかねぇ?』
レティたちも涙目で後方に下がるなか、俺は思わず首を傾げてしまう。
確かに感染したら問答無用で髪の毛が吹き飛ぶが、逆に言えばそれだけだ。スキンを張らないスケルトン機体の調査開拓員たちにとっては実質ノーダメだし、スキンを張っている奴のなかでも何人かは気にすることなくネズミと戦っている者がいる。
「厄介に決まってます! これは尊厳の問題ですよ!」
異議の声は後ろから。『聖域』の内側に避難したレティは、目の前で同じタイプ-ライカンスロープの少女が無慈悲に髪を飛ばす様を見て震えていた。
「レッジあなた、もしこの『聖域』から一歩でも外に出たら許しませんよ」
いつになく厳しい声で、ウェイドが言う。管理者こそ、機体なんてほとんど気にする必要もないだろうに。
「なんて非道なことを……。シナリオAIに人の心はないんですか!」
『まあ、AIだしな』
拳を握って怒りを漏らすトーカに思わず突っ込むと、なぜかあちこちから鋭く睨まれる。正しいことを言っているはずなのに。
『案外煩わしくなくていいもんだぞ』
「そういえばレッジさん、リアルだとアレの極地みたいな感じでしたね」
『極地ってなんだ。極地って』
しかしこれは、随分と妙な変異をしたもんだ。おかげで致命的な腐敗はむしろ低減しているのが救いだろうか。逆に調査開拓員のほとんどを『聖域』の中に封じることができているのだから、ネズミ側の圧倒的な勝利というふうにも見えるが。
構わず突っ込んでネズミを殲滅すればいいと思うのだが、特に女性陣からの非難が凄まじい。またあとでいくらでも生やせるだろうに。こうもうまく足止めされると、いっそ敵に天晴れと言いたくなる。
『実際このまま立ち往生するわけにもいかないだろ。『聖域』も無限に維持できるわけじゃない』
「ぐ、それはそうですが……」
『聖域』はかなりコストの重たいアーツだ。いくら〈大鷲の騎士団〉の歴戦の支援機術師であろうと、維持できるのは30分が限界だろう。このアーツがリザの専売特許であったころに比べれば十倍以上も延長できているとはいえ、無制限ではない。
ウェイド以下調査開拓員たちは歯噛みして、しかし動き出せない。このままでは後がないことは、火を見るよりも明らかだ。
「ひとつ、タイプ-ゴーレムを愛せよ!」
絶望の空気が漂う中、突然暗雲を打ち払うような大声が響き渡る。
ガジャン、ガジャン、と無数の足音がひとつに重なり、大地を踏み締め近づいてくる。
「ふたつ、機体美を愛せよ!」
朗々として、堂々と。
鈍色の機兵たちがずらり並んでやってくる。彼らは爛々と目を輝かせ、悠々と腕を振り、轟々と声を揃え叫ぶ。旗手が掲げる大戦旗には、荒々しい骸骨のエンブレム。輝く大柄な機体を惜しげもなく晒す彼らは、威風堂々と立ち現れる。
「みっつ! ――そして愛を広めよ!」
野太い声。鳴り響く金属音。
雄々しい福音と共に現れたのは、銀色のデッサン人形のような軍隊だ。
「あれは、まさか……」
「――〈ゴーレム教団〉のアレクセイたちか!」
古参バンド〈ゴーレム教団〉。それはタイプ-ゴーレムをこよなく愛し、その素晴らしさを伝え広めるべく活動する求道者たち。彼らには鉄の掟が存在する。ひとつはタイプ-ゴーレムを愛すること。ひとつはありのままを愛すること。そして、愛を広めること。
ついでに機体表面積の30%以上を被覆する装備の装着を禁じるという鉄の掟も存在するため、彼らは一様に剥き出しの鋼の肉体をあらわにし、唯一真紅のスリングショット水着に酷似したアーマーのみを装っていた。
そんな漢らしい英雄たちは己が信念を誇示しながら、戦線に加わっていく。先頭に立つのは〈ゴーレム教団〉の第一戦闘隊隊長、アレクセイだった。
『久々に見たが、元気にやってるみたいだな』
「〈ビキニアーマー愛好会〉との友好関係も続いてるみたいですねえ」
ことこの状況下では、彼らほど頼もしい存在はいない。
アレクセイたちは飛びかかってくるネズミたちを千切っては投げ、咆哮を上げて威圧する。失うものなど何もない彼らは、臆することなく蹂躙を始めるのだった。
Tips
◇鋼髑髏の戦旗
鋼鉄のドクロが描かれた荒々しい戦旗。見る者の闘争心を煽り、縛めを解き放つ原初の活力を湧出させる。
〈鋼の闘争心〉
スケルトン状態の調査開拓員のステータスを大幅に上昇させる。
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