第2100話「崩壊する頂」
〈龍骸の封林〉の奥地に広がる毒沼地帯。相変わらず足元の悪い地形で歩みも鈍るなか、前方からは腐れネズミこと"腐肉漁り"が群れをなして押し寄せてくる。
「ぬははははっ! どんどんやってしまいなさい!」
「うぉりゃーーーーっ!」
しかし、こちらには力強い武器がある。
土壇場になって実用化に漕ぎ着けた"全部みえる君"の副産物として作られた紫外線照射装置である。巨大なバズーカのような見た目をした物々しい武器は量産配備され、ネズミの群れを蹂躙している。
なぜかウェイドが後方で偉そうに叫んでいるが、姿は俺なのだからやめてほしい。
「いやぁ、圧倒的ですねえ」
ネズミは直接叩き潰してもすぐに増える。殺菌、滅菌作用のあるテクニックでなければ、効果が発揮されない。そんなわけで暇になったレティは、すっかり観戦側だ。
大多数のネズミが紫外線によって消し飛び、運よく掻い潜ったものも掃除道具を持って待ち構えているメイドロイドたちによって徹底的に叩かれている。隙を生じぬ二段構えとはまさにこのこと。おかげで後方では一仕事終えた重装盾兵たちがティータイムに興じる余裕すらあった。
「数が多くて、足元がぬかるんでいるのだけが面倒ですね。とはいえ、踏破するのも時間の問題でしょう」
レティ同様、刀を鞘に収めて休戦モードのトーカである。〈歩行〉スキルレベルの高い彼女はこの湖沼でも難なく歩けるが、全ての調査開拓員がそういうわけでもない。さらに言えば物資を格納して随行している機獣たちの速度もボトルキャップになっている。
大規模な攻勢というのは、その華々しさとは裏腹に、案外のんびりとした歩みなのだ。
「レッジさん、少しいいですか?」
「はい?」
『俺か?』
不意に声をかけられ、ウェイドと一緒に振り返る。
こいつ、レッジと呼ばれることに慣れてきてないか?
「サンプルの検査をしていたんですが、少々不可解な点がありまして」
フラスコを片手にやってきたのは、〈鉄錠奉仕団〉のコンパスだった。彼女は不穏な顔をして声をひそめる。彼女たちも今回の作戦に帯同し、ヒーラーとして活動していた。そして、毒沼地帯に入ったことで、腐肉漁りの治療薬開発のための研究にも力を入れ始めた。
いまだに"疾病"に対する治療薬は開発できていない。今回の大規模攻勢は、その足掛かりを作ることも目的のひとつだった。
しかし、どうやら何か予想外の事態が起きたらしい。
『何がどうしたんだ。ウィルスに知性が宿ったとかか?』
「そうなるとかなり厄介ですが、また違う形で不可解ですよ」
差し出されたのは簡易的な調査レポート。技師長によって記された所見だ。
『ふぅむ……。なるほど?』
細かく難解な言い回しで厳密に書かれた、いかにも研究職らしい文章を読み解いたところ、どうやら前回採取した胞子のサンプルとの差異が見られたとのことだった。
『急激な構造変化と、能力の変異。……やっぱりウィルスに知性が宿ってないか?』
サンプルの胞子は、前回採取されたものと形が変わっていた。"疾病"を引き起こすことに違いはないものの、様々な薬品や抗生物質に対して耐性を持ちつつあるらしい。
技師長がさらにその源泉を調べたところ、構造レベルでの変異が見られた。それによって、胞子が特異な能力を獲得しているとも予想されている。
つまるところ、この短期間で胞子が進化したように見えるのだ。
『ありえない、とは言えないんだよな。"贋物の虚影"の次に出てくるネズミが、ただ病気を撒き散らすだけってこともないだろう』
生物無生物、有機物無機物を問わず、全てを腐敗させる"疾病"はたしかに厄介だ。しかし、紫外線照射や掃除によって予防できる程度のものとも言える。
『とりあえず、メイドロイドたちは後方に。念のため『聖域』を展開して守った方がいい』
「騎士団の方々にも伝えておきます。油断しないほうがよさそうですね」
別に俺になにか権限があるわけでもないのだが、コンパスは頷いて各所に連絡しはじめた。アストラたちの動きも迅速で、メイドロイドや傭兵といったNPCたちが後方へ下げられる。さらに騎士団の幹部である"銀翼の団"のひとり、リザによる『聖域』も展開され、完全保護状態だ。
「レッジさん、ひとまず対応しましたが、何かあったんですか?」
さらに団長直々にこちらへやってきて、詳しい話を聞きにくる。
コンパスが持ってきたレポートを見せると、彼も不可解な顔をして口を結んだ。
「これはつまり、"疾病"の感染能力が高まったということでいいですか」
「それだけならまだ対処の方法があるのですが……。この変異後の胞子の形状、何かに似ていませんか?」
コンパスに促され、胞子の顕微鏡写真を見つめる。無数の粒子が立体的に結合し、一つの胞子を作っている。細胞という単位ではなく、さらに低次元ながらも高度な結合の仕方だ。
これは、まるで、
「まるでナノマシンですね」
アストラは俺と同じ感想を抱いたようだった。
ナノマシン。より正確に言うならば、ナノマシンパウダー。ラクトたちが使用するアーツの触媒であり、天叢雲剣を構成する特殊な金属の組成でもある、万能素材。
ネズミが撒き散らす胞子の形が、ナノマシンに酷似していた。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
思わず立ち上がった、その時だった。
「うわああああああっ!?」
突然、前方から悲鳴があがる。場が騒然となり、〈鉄錠奉仕団〉のヒーラーが血相を変えて駆け出す。アストラも部下に指示を出し、事件の発生した場所へ注目が集まる。
大声をあげていたのは、若い男の調査開拓員。頭を抱えて、何やら取り乱している。
「違う! いやだ、待ってくれ! これは……こんなのひどすぎる!」
絶望した顔で震える彼に、周囲から視線が向けられる。彼は怯えて、視線から逃げるようにうずくまる。
そこに〈鉄錠奉仕団〉のヒーラーが到着し、様子を窺った。だがそんな救いの手にも青年は背中を向けて、喚き散らしている。
「落ち着いて! LPは減っていませんし、機体にも損傷は――」
ヒーラーの男が、なんとか青年を宥めようと彼の手を掴んだ。その拍子に、青年の頭が露出する。そこにあるべきものが、ない。
「――か、髪がッ!」
「うわあああああああっ!」
調査開拓員の頭部を保護するナノマシン繊維。軽量ながらも優秀な耐衝撃性能を有するため、スキンの装着とともに採用されることの多い付加パーツ。新たに変異した奉仕は、それを根本から崩壊させた。
滑らかなスキンがありのままに姿を見せつける頭部。青年の絶叫が、群衆の中に響き渡った。
Tips
◇衝撃緩衝ナノマシン繊維
調査開拓用機械人形の頭部を保護するために使用されるナノマシン繊維。軽量かつ高耐久のナノマシン繊維はスキンを装着した機体の排熱効率を補う機能もある。
Now Loading...




