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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2085/2102

第2085話「祈りは届かない」

 蒼海を白銀の船が征く。

 波を切り裂く快速で、洋々とした大海原をまっすぐに突き進む。調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級十七番艦。その甲板には〈白鹿庵〉の面々が勢揃いしていた。


『というわけでいよいよイベントが始まることになった。しかし残念ながら、俺とウェイドは何もできない。みんな、よろしく頼む』


 甲板に集まったレティたちには事前に説明もしているが、改めて繰り返す。この船に同乗している俺とウェイドは戦力に数えられない。今回の特殊開拓指令の実質的なリーダーであるレゥコから課された条件として、ウェイドは完全自律モードでの活動を強いられていた。俺も管理者機体では戦闘行為は何もできない。おかげで、何もできない足手纏いが二人、というわけだ。


「別にいいよ。レッジもウェイドも、わたしが守ってあげるからね」


 ふふんと得意げに言うのはラクトである。普段は俺が彼女を小脇に抱えて走っているのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。管理者機体では、タイプ-フェアリーの彼女と同じ身長なのだ。


「まあ、正直火力としては足りてますしね。レティとLettyとトーカがいれば、近接は十分すぎるくらいですし。いざとなったらヨモギもいますし」

「そういえば、ヨモギはまだ船室にいるの?」


 あっけらかんと言い放つレティ。そこで名前の上がったヨモギの姿だけ、甲板にない。エイミーが周囲を見渡すが、彼女はクチナシの甲板の下にある作業室にいる。

 "腐肉漁り"が撒き散らす"疾病"の解毒薬を作っているのだ。

 まだ〈鉄錠奉仕団〉どころか、〈大鷲の騎士団〉や〈ダマスカス組合〉の製薬部といった攻略組でさえも"疾病"の対抗薬を作ることはできていない。ヨモギも薬師としての部分が刺激されるのか、ここのところずっと作業室にこもって研究に没頭していた。

 そんなヨモギも、元々は俺のビルドを元にしている。レティやトーカほどの破壊力はないものの、ステータス的には一端の戦闘職として恥ずかしくないくらいのものがある。


「ヨモギはともかく、そもそも人数も多くなったしねぇ。おじちゃんもそんなに気にすることないと思うよ」


 稲荷寿司を食べながら、シフォン。

 〈白鹿庵〉も10人と、そこそこの規模になっている。そこにウェイドやクチナシもいるのだから、甲板は少し手狭なくらいだ。

 たしかにこの面子で戦力面を不安に思う方が失礼かもしれない。


「そういうわけなので、私も皆さんの役には立てません。一応、できるだけ狙われないようにはしますよ」


 そんな彼女たちの負担になることを恐れて、ウェイドは独自の対策を取ってきた。というか、隣でモサモサと緑の茂みが揺れうごいた。


『……ウェイド、本当にその格好で行くのか?』

「当然です! あなたが倉庫の奥に眠らせていた装備でしょう。それをできる限り強化したのですから。これを着ていれば私の存在など無きに等しいと思っていただいて結構!」


 もっさもっさと動く緑の茂み。

 これはかなり初期に作った装備、"深森の隠者"シリーズだ。濃緑色のギリースーツのような装備で、特に森林系のフィールドで気配を消すことができる。まだ〈オノコロ島〉にしかフィールドが広がっていなかったような時代の装備なので当然性能はかなり低いのだが、それを見つけたウェイドがネヴァの元へと持ち込んだのだ。


『確かに〈龍骸の封林〉でも多少は通用するとは思うけどな……』


 モッサモサの緑男が自信満々に胸を張っている。かつての自分を客観的に見てみると、妙な焦燥感が湧き出してくる。ネヴァによる強化改造が施されているとはいえ、これで難を逃れることができるのかは疑問が残るところである。


『ほら、何をボサっとしてるんですか。あなたの分もあるんですよ』

「えええ……」


 更にゴソゴソと懐を探ったウェイドが、ミニサイズのモサモサをこちらに押し付けてくる。こっちは強化した装備ではないだろうし、ネヴァの奴め完全に遊んでやがるな。

 ニヤついた笑顔が透けて見えて、余計に着たくなくなる。


『……カミル、これ着て――』

『メイドがメイド服以外着るわけないでしょ。バカなの?』

『ぐぬぅ』


 甲板のモップがけをしていたカミルにギリースーツを見せるも、けんもほろろに断られる。なんという協調性の無さだろう。今回は彼女の協力も不可欠である以上、強要するわけにもいかない。


『しかたないか……』


 強化に強化を重ね、モサモサ度を遥かに高めた"深森の隠者"シリーズを着用していく。無駄に高い技術力の賜物か、完全武装しても案外動きづらくはない。


「なんか……ちょっと懐かしい感じがするわね」

「エイミーもその世代じゃないでしょ」


 遠巻きに俺とウェイドを見つめて、エイミーとラクトが何か言っている。言いたいことがあるなら直接言ってくれ。


「ま、装備の効果は現地で検証するとして。ウェイドが完全自律モードになっているということは、都市の方は誰か他の人に任せてるんですか?」


 俺の珍妙な格好をスルーして、レティが言う。

 ウェイドは〈龍骸の封林〉に上陸するにあたり、管理者業務を別の管理者に委任している。現在、地上前衛拠点シード02-スサノオは彼女の手から離れている。

 問いを受けたウェイドは、それまでの張り切りっぷりが嘘のように元気をなくす。といっても、緑のモサモサの動きが少し落ち着いたくらいしか分からないのだが……。


「そうですね。他の管理者たちも余裕があるわけではないので、数日ごとの輪番制を取っています。今の担当は……」


 彼女は〈ウェイド〉の方角に視線を向けて、そこに思いを馳せた。


「ひとまず稲荷寿司で倉庫がいっぱいになっていないことを祈るしかありませんね」

Tips

◇"深淵の緑の瞳(グリーンワイズ)"

 深い濃緑の中に潜む、隠者の装束。自身と自然との境界さえ曖昧となり、大地、星、風、全てと渾然一体となることで深淵を見つめる。

 シリーズを全て装備した時、〈森羅万象の慧眼〉が発動する。


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