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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2080/2101

第2080話「手洗いうがい」

「『エリアクリーニング』ッ!」


 箒が地面に叩きつけられ、土埃が舞い上がる。卓越した家事技術によって広範囲が一気に清められ、腐った鼠たちが逃げ惑う。だが、油断すればすぐに清潔も破られ、押し戻される。

 フィールドは本来、さほど綺麗な場所ではない。

 そんな事実を突きつけられるような、終わりのない戦いだ。


「くっ、キリがありません。このままでは我々も病気になってしまいます」


 マスクをして完全防備のコンパスも余裕はない。相手はあらゆるものを病気にさせるという未知の能力を持つ存在だ。単純な感染対策がどれほど有効かはまだ分からない。

 せめてレティたちが目を覚ませば、まだ戦う術がある。

 しかし彼女たちはいまだ気を失ったままだ。

 一度撤退するべきか。そんな思いが脳裏をよぎる。だが撤退したところで、逃げる先がない。シードも投下されていない〈龍骸の封林〉では、仮の拠点となっているテント村でも似たような状況に陥るだけだろう。


『薬があれば……』


 八方塞がりの状況で思わずこぼす。

 "疾病"に対処するための薬があれば、この危機も乗り越えられる。おそらく〈調剤〉スキルを用いることで作ることもできるはずだ。対処法のない状態異常といった理不尽が用意されるとは考えにくい。

 しかし、創薬に手間と時間がかかるのは今も昔も変わらない。

 さっき"疾病"に直面したばかりの〈鉄錠奉仕団〉の薬師たちが、この混乱の中で新薬を開発させるのは至難の業だろう。


「せめて鼠の群れを毒沼まで押し返さなければ。このままではまとめてやられてしまいます」


 戦闘能力を持たないコンパスたちも俺も、危機的な状況だ。クリーニングは追いついていない。未来は悪い方向に転がり出している。


「――ん? おおっ! 野生のウェイドちゃんじゃん!」


 せめてカミルを助けるためにはどうするべきか。そう考え始めたその時だった。不意に聞き覚えのない声がする。驚いて振り返ると、そこには巨大なバズーカのようなカメラを担いだ調査開拓員が喜色満面の笑みを浮かべて立っていた。

 見覚えのない顔だ。おそらく、俺の知らないプレイヤーだろう。

 ウェイドの姿をしている俺を見て、あちらも驚いている。


『あー、こほん。――そこの調査開拓員! ここは危険です。はやく逃げてください!』


 一応外見は管理者である。あとでウェイドに怒られないよう、最低限の警告はしなければならない。

 しかし、こんなまだシードも投下されていないような危険地帯にやってきている調査開拓員が、そんな勧告を素直に聞くはずもない。


「うぇーーい! ウェイドちゃん、ピースピース! これ、最新型のカメラ。めっちゃデケェっしょ!」

『……全然聞いてないな』


 見せびらかすように巨大な撮影機材を掲げ、こちらに示す。その緊張感のない声は、当然のようにネズミたちを刺激する。茂みがガサガサと揺れて、彼らの元へと腐臭が走る。


『せめて口を覆いなさい! 感染しても知りませんよ!』


 ロールプレイは柄じゃないが、俺たちが巻き込んでMPKのようになってしまっても目覚めが悪い。最後の警告を放つ。

 だが、彼らはウェイウェイとはしゃいでいる。


「ガチでヤベーから。これ使ったらウェイドちゃんも超美麗に写ると思うぜぇ」

「うわ、リョータ。あれヤベー! なんか腐ったネズミ来てんだけど!」

「ウケる。何あれ、キモw」


 まるで緊張感のない調査開拓員たちに、ガベッジイーターの鋭い前歯が。


「さっきウェイドちゃん、感染がどうとか言ってたよな」

「なんかそういう感じ?」

「じゃ、ちょっとアレ試すかw」


 勝利を確信して茂みから飛び出したガベッジイーター。それを正眼に捉えるように、巨大な鋼鉄のカメラが構えられる。砲口のような威圧感を発するレンズがキラリと光り、カメラに搭載された大型のバッテリーが大量のエネルギーを供給し始める。


「"全部みえる君試作4号"、ハイパーウルトラヴァイオレット照射モード!」

「イェア!」


 瞬間、放たれる可視領域を逸脱した光。閃光が一直線に放たれ、熱波が周囲に広がる。


『ヂュ――』


 飛びかかった腐肉漁りが、その光に塗りつぶされる。

 まばゆい光線は俺たちの目も焼き、視界を白く染め上げる。


「ヒャッハーーーー! 汚物はなんとやらだぜええ!」

「感染って言ったらよォ、細菌かウィルスが蔓延してるってことだよなァ! そんなら、紫外線なんて浴びりゃ、ひとたまりもねぇってことだよなァ!」


 金切り声を上げるカメラ。放たれる紫外線。

 それは暴力的な出力で、森の中を駆け巡る。まるで火炎放射器を扱うかのように、彼らは光を振り回す。

 腐肉漁りが"疾病"を撒き散らすのは、カビに似た細かな粒子による。あの巨大なカメラから放たれる強烈な紫外線が、それを焼き尽くしていた。


『な、なんて常識のない所業なんだ……』


 暴れ回る調査開拓員たち。彼らのおかげで助かったのは事実だが、あまりにもパワフルな一手だ。唖然として立ち尽くし、思わず素直な感想が漏れる。


「褒め言葉として受け取っとくぜ、ウェイドちゃん!」

「まあおっさんならもっとヤバいことしてると思うけどな!」

「はははは!」


 高らかに笑いながら、彼らは消毒を進めていく。

 その威力は凄まじく、あっという間にネズミの群れを追い返していった。

Tips

◇全部みえる君4号

 プロビデンスの目を参考に試作された、無補正撮影装置。演算補助装置を本体に内蔵するという大胆な方法で画像処理速度を10%向上させた。その代償として重量も50%向上したが、腕力を鍛えるというクレバーなメソッドでデメリットをカバーしている。


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