第2023話「疑惑の呼び名」
最重要物品保管庫の重たい扉を開くと共に、標準搭載されている警報装置を無効化する。正当な手段を経ずに警報が鳴れば、たとえ管理者であろうと容赦なく鎮圧の対象になってしまう厄介な仕様らしいからな。
『これはこれは、管理者様。ようこそおいで下さいました』
出迎えたのは、スラリとした細身のシルエットに燕尾服を装った機械人形。上級NPCらしい流暢な口調と共に滑らかに頭を下げる。再び起き上がった彼の顔面には、八つに増設されたカメラアイが並んでいた。
『これが宝物庫の番人か……。ごほん、任務ご苦労。ちょっといくつかのアイテムを取りに来たぞ』
『IDを確認。認証完了。――どうぞ奥へ』
優雅な物腰のNPCだが、その戦闘能力は警備NPCのそれを凌駕する。一部のコアな調査開拓員たち――具体的には最重要物品保管庫に侵入しようとしているならず者たち――から、畏怖の念を込めて番人と称される特別なNPCの一人である。
こと最重要物品保管庫内部においては、管理者にさえ楯突くほどの強力な権限を有し、収蔵品の保管を最優先に行動する忠実な管理人だ。
『そちらの方は、同伴されるので?』
俺はすんなりと通れるが、他の二人はそうもいかない。
ミートとラクトは緊張の面持ちで身構える。
『ああ。俺――じゃなくて私が許可している、いますからね』
八つの目が独立に動き、俺たち三人をつぶさに見つめる。光学的な観測だけでなく、情報の真贋や状況の矛盾など、あらゆる方面からこちらに疑義がないかと調べているのだ。
番人の許可がなければ、たとえ俺が連れていたとしても二人の入室は叶わない。そうなった場合はミートたちに外で待っていてもらうか、あるいは――。
『承知いたしました。お二人もどうぞ、中へ』
最悪の状況を想定して身構えた直後、番人が警戒を解く。なんとか彼に怪しまれずにすんだ。
施設の警備システムはともかく、番人である彼だけはあらゆる通信からも独立した完全なイントラネット環境にある。おかげで俺がネット回線をゴニョゴニョしたとて、武力的な壁として立ちはだかってくる。そのせいで今までもなかなか入ることができなかったのだ。
とはいえ、今や大手を振って胸を張って堂々の入場である。
『ふふっ。ふははっ! いやあ、入ってみれば案外――』
『管理者様?』
『――いやぁ、久々に入るとちょっと懐かしいですねぇ!』
くそう、八つの目が入場後も追いかけてくる。
入れば終わりというわけではなく、彼が訝しんだら問答無用で放り出されるらしい。
ウェイドらしく、と心に刻んで行動する。砂糖狂いのイメージばかりが強くなる彼女だが、普段は管理者として凛然と指揮采配を行い、真面目に働いているはずだ。そんな彼女の姿を思い出し、模倣するように――。
『失礼。少し取り乱してしまいました。あなたは同伴者二人の監視を頼みましたよ』
『承知いたしました』
演技は苦手だが、人格のトレースならばやってやれないこともない。
ミートとラクトを引き連れ、最後尾に番人がくっついて来ることを確認しつつ、施設の奥へと向かう。何重にも置かれた扉を都度開きながら、最重要物品保管庫のなかでも特に重要かつ危険度の高いものが収められている最奥のエリアへと。
「ねえ、レ――ウェイド。結局何が目的なの?」
『調査開拓員レッジが無許可で製造したとあるアイテムです。あれを押収するためだけに特務機体を開発した程度には、危険な代物ですよ』
「何をやってるの……ほんとにさぁ」
俺も今、ウェイドが記録していた事件報告書を読んで呆れている。どおりで見覚えのない警備NPCが次々と送り込まれてきたわけだ。というか、そこまでして押収した割に破壊しないあたり、ウェイドも何かしら使い道はあると踏んでいたのだろう。
『それがあると、お腹いっぱい食べられるの?』
『ええ。なんでも好きなものを、いくらでも』
『うわーーーっ! すごいすごい!』
はしゃぐミートを宥めつつ、最後の扉を開く。
巨大なハンドルを回し、頑丈な閂を外し、ゆっくりと扉を開く。内部に満たされていた有毒ガスが除去され、白い冷気が隙間から流れ出す。
このアイテムひとつのために、この区画を設計し直したらしい。ウェイドもなかなか手の込んだことをする。
『――禁忌指定物品"虚の鏡"。元々は〈オモイカネ記録保管庫〉の古文書に記述されるのみであったものを、あろうことか調査開拓員レッジは復元してしまいました』
「そ、そんなことやってたの!?」
『本人曰く、"俺は何もしていない。説明書の通り組んだらできただけ"とのことですが』
実際、そうなのだから仕方ない。
まあ、これを完成させるために鍛え上げたアルドベストを倒したり、各地のボスエネミーのレアドロップアイテムを集めたりと、それなりの苦労もあったが。
"虚の鏡"は直視することも許されないアイテムだ。だから厳重に封印された保管庫の中央に設置された台座の上で、分厚い布をかけて安置されている。
いわゆる、真実を映し出す鏡というのが、古文書に書かれていたものだ。今、俺が愛用している偽史の黒槍"ジュイン"のレシピを探している時に、偶然見つけた。ブラックダークにそれとなく聞いたところ、まだ未詳文明が隆盛を誇っていた頃に開発された"寓話儀装"と呼ばれるものの一つだという。
『これを使えば、ミートが思い浮かべた食べ物がいくらでも――』
『管理者様』
"虚の鏡"を回収しようと、収容室に足を踏み入れた直後。肩を強く掴まれる。振り返れば、宝物庫の番人の八つの目が赤く光り、こちらを注視している。
『どうしました? 私がこれを持ち出すことに、何か問題でも?』
権限的に問題はない。各種の申請手続きもオールクリアしたはず。
内心で焦りつつも、平静を保って、自信のある表情を崩さない。ここで狼狽えたほうが、怪しまれる。
『たしかに、管理者様がこれを持ち出すことに何ら違反行為は存在しません。――しかし、ひとつだけ。私が個人的に看過できない点がありました』
思わず表情がわずかに固くなる。
何か、しくじったか。
『管理者様は――管理者ウェイドは、調査開拓員レッジとは呼びません。いつも"あの男"や"あの馬鹿"と、憎々しげに言い捨てています』
『……えぇ』
管理者ってのはいつでも律儀に正式名称で人を呼んでるじゃないか。
そんな言葉が喉元まで出かかる。だが、反論をしている暇はなかった。
『よって、あなたが本来の管理者ウェイドであるという確証が持てません。現時点をもちまして、即刻の退去をお願いいたします』
『……管理者権限を用いて拒否した場合は?』
『最重要物品保管庫管理人の権限により、強制退去を執行します』
燕尾服の背中が裂け、四対のサブアームが広がる。それぞれにナイフを持ち、臨戦態勢の千手観音と化した番人は、問答無用で襲いかかってきた。
Tips
◇禁忌指定物品"虚の鏡"
地上前衛拠点シード02-スサノオ、最重要物品保管庫に収蔵されるアイテム。非常に危険な能力を持つアイテムであり、使用することは認められない。
幻想を具現する"寓話儀装"のひとつ。覗き込んだ者の心を映し出し、現世に顕現させる。
概念解体済みであったが、ある調査開拓員の手によって復元された。
"鏡よ、鏡。世界で一番[判読不能]のは?"――ある古文書の掠れた文言
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