第2021話「空腹少女たち」
さて、休憩という名のアマツマラとの商談も終わり、再び〈シスターズ〉での業務が始まる。万が一にもウェイドの中身が俺であると悟られてはいけない。気合いを入れて、店頭に
「あ、レッ――じゃなくてウェイド! 待ってたよ!」
『申し訳ないが、用事を思い出した』
「あーーーっ! お客さんを無視するなんて酷いんじゃない!?」
待ち構えていたのは青いショートカットのタイプ-フェアリー。普段とは違ってラフな格好をしているが、指に雪の結晶を模した指輪を嵌めている。
くるりと踵を返そうとした瞬間、店内に響き渡るような声で追及される。そのまま騒ぎ立てられて注目を集めるわけにもいわず、俺はげんなりとしつつラクトの方へ向き直った。
『なんでラクトがいるんだ』
「出禁になった覚えはないからね。レッジがちゃんと接客できてるか確かめにきてあげたんだよ」
むしろ感謝してほしいくらい、と胸を張るラクト。彼女も普段は〈シスターズ〉には縁のない生活を送っているはずだ。十中八九、俺のことをからかうためにわざわざ高額なチケットを買ったのだろう。
「ふ、ふふっ。それじゃあせっかくだしおもてなししてもらおうかなっ。まずはこの……"ラブラブ♡T-3監修特製オムライス(呪文つき♡)"でも……」
『うぐぅ。そ、それは今、ちょうど品切れ中で』
「嘘は良くないなぁ。さっきスサノオが注文取ってたよ?」
口からでまかせで逃げようとするも、即座に退路を断たれる。後衛として普段から戦況を良く見ているだけあって、店内のこともしっかり把握しているのか。その頭の回転の速さを、もっと有意義なことに使ってほしい。
「さあ、注文したよ。サービスしてもらおっか!」
ニヨニヨと悪い笑みを浮かべて迫るラクトから逃げることができない。厨房では注文を受けた料理NPCが、簡単なオムライスをさっさと仕上げている。それが届けば、もう……。
『うぐ……』
『パパーーーーーーーーーッ!!』
もはやここまでかと覚悟を決めた、その時。
「うわーーーーーっ!?」
突然、〈シスターズ〉の壁に穴が開く。客たちが騒然とするなか、瓦礫を吹き飛ばして巨大なキノコがこちらへ駆けてくる。
『ミート!?』
『パパ、おなかすいた! ごはんたべたい!』
現れたのは頭に大きなキノコを載せた変異マシラの少女、ミートだった。お腹をぽんぽんと叩き、拳を突き上げて空腹を訴えている。
なぜ彼女がここに。というか、なぜ俺のことが分かった。などと疑問はいろいろ浮かぶが、
『しかたない。ミート、これを食べろ!』
「ああああっ!? ちょ、それ、わたしのオムライス!」
『わーい! いただきます! ごちそうさま!』
「あああああああっ!」
これは緊急事態であると判断し、ミートの空腹を紛らわせるため偶然手元にあったオムライスを提供する。これも管理者に許された強制徴収権限の正当な行使である。
ラクトが悲鳴をあげてミートに縋り付くが、腹ペコ少女はあっという間にそれなりにボリュームのあるオムライスを丸呑みにする。
『こらこら、ちゃんと噛まないと喉に詰まるぞ』
『大丈夫! ミート、食べるの得意だから!』
「何言ってんねん! わたしのオムライス返せやーーーっ!」
『すまんな、ラクト。これも必要な犠牲というやつなんだ』
当然ながら、ミートがオムライス一人前程度で満足するはずもない。だが話ができる程度には落ち着いてくれた。
清掃NPCたちが出動して瓦礫の撤去を進め、無事なテーブルに調査開拓員たちが移るなか、突然やってきた理由を尋ねる。
『だって、ミートたちお腹空いたんだもん。パパは全然こないし!』
椅子代わりの瓦礫に腰掛けたミートは、怒ってますと言わんばかりに眉を寄せる。
変異マシラたちは強大な力を持つ存在だが、それと同時に無尽蔵の食欲も有する。それを放置すれば、〈マシラ保護隔離施設〉に居てくれているマシラたちもあっという間に堪忍袋の緒が切れる。
当然ウェイドもその辺りの対策は抜かりなく、ミートたちの食欲を満たすためにオペレーション"アラガミ"という人為的に猛獣侵攻を発生させて変異マシラたちにご馳走する作戦も実施している。
だが、それでもミートたちは満足できていなかったらしい。
「うぅ、わたしのオムライス……」
しょんぼりと肩を落とすラクト。オムライスくらい、カミルに頼めばいくらでも作ってくれるだろうし、あとで発注しておいてやろう。
『そういえば、最近はいろいろ忙しくて会いにいけてなかったな』
『そうだよ! ミート、待ってたのに!』
イザナギ関連のあれやこれやに忙殺される前は、暇を見つけてミートたちに会いに行っていた。その時、差し入れも持っていっていたのだが、思い返せば随分と時間が空いていた。
どうやらミートは、寂しかったらしい。
『ごめんな、ミート。ちょっと忙しかったんだ』
『知らないもん! お腹いっぱい食べるまで、許さないからね!』
ぷんぷんとご立腹の様子。これは許しを得るまで時間がかかりそうだ。
というか、ミートがここにいるということは、立派な収容違反だよな。なんでアラートが鳴らないんだ?
〈マシラ保護隔離施設〉はウェイドの管轄下にある施設だったはずだ。そこでこんなインシデントが発生すれば、本来はウェイドの元に警報が届くはずなのだが……。
『……こいつ』
そう思って各種設定を確認すると、驚愕の事実が発覚する。
ウェイドは〈マシラ保護隔離施設〉を上級NPCに管理を委託し、そのまま報告義務を全て放棄させていた。おかげで何か問題があっても、管理人となった上級NPCが独自に対応することになっていたらしい。
たしかにミートたちは頻繁に問題を起こす。だからいちいち対応する暇はないだろう。とはいえ、これは怠慢なのでは。
通りで俺が施設に入る時もやけにすんなりといけたはずだ。
『パパー、お腹すいた!』
「レッジ、もう一回オムライス注文するよ!」
腹を空かせた少女たちが、訴えてくる。しかし〈シスターズ〉の厨房は半壊して、オムライスどころではない。
『しかたない。管理者権限でご馳走してやろう』
このままミートを放置するわけにもいかない。
俺は彼女たちを引き連れて、〈シスターズ〉から飛び出した。
Tips
◇"ラブラブ♡T-3監修特製オムライス(呪文つき♡)"
〈シスターズ〉で販売される特別なオムライス。T-3の指導を受けた管理者たちが、愛を込める呪文をその場で唱えてくれる。
"愛は、溢れるほど良いのです"――指揮官T-3
"ケチャップの味しかしねえけど、愛があるからOKです"――ある調査開拓員
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