第2020話「ミート見参」
「うぇぷ……」
スイーツショップの扉が開き、青白い顔をした中年男性がゆっくりと出てくる。口元を抑えて背を曲げる彼の側に付き添う赤髪の少女は、心配よりも呆れの勝る表情をしていた。
「だから食べ過ぎだって言ったじゃないですか。ホールケーキ三つは流石に限度を超えてます」
「そんな……。元の機体なら余裕だったのに……」
「今は一般調査開拓員の機体なんですからね。ウェイドさんみたいに血管まで強化してるわけないじゃないですか」
レティと共に甘味処を巡っていたウェイドは、話に花を咲かせ、その勢いのままいつものようにバクバクと暴食に勤しんでいた。異変が起こったのは五軒目に入り、特大ホールケーキの三つ目にスプーンを向けた時である。
突然、手が動かなくなったのだ。
まだ食べ足りないと気持ちが攻め立てても、スプーンを握る手が彫像のように動かなくなった。その直後、食道を迫り上がる強烈な感触に堪らずギブアップを宣言し、悔し涙を流しながら退店した。
「レティも同じくらい食べているじゃないですか。どうして、私だけ!」
「レティは普段から食べてますからねえ。その機体、というかレッジさんは普段から少食な方ですし」
「うぎぎぎぎっ!」
調査開拓員の機体は、全て同じ規格で統一されている。だが、日常的な動作の繰り返しでフィードバックと最適化が重ねられ、徐々に個体としての省力化が行われる。
レティの八尺瓊勾玉は大量の食料をエネルギーに還元できるが、レッジのそれも同じというわけではないのだった。
明らかになった性能の差に、ウェイドは歯を軋ませる。だが、機体はもはや限界だった。一口でも食べれば、腹が弾け飛ぶのは火を見るより明らかである。
「ちょっと歩きましょうか。そうしたらお腹も苦しくなくなりますよ」
「うう……。なんて不便な身体なんですか、一般調査開拓員は。元の身体に戻ったら、思う存分食べてやります」
泣く泣く町の通りを歩くウェイド。その背中には哀愁すら漂っている。既に常人の数十倍という糖分を摂取しているにもかかわらず、彼女の欲望はまったく癒えていなかった。
「ちゃんと食べた分だけ運動しないと、また血管が詰まりますよ?」
「ひぃん」
ウェイドは現実味のある脅しに屈した。
「ところでレティ、レッジは普段どんなことをして過ごしてるんです?」
腹ごなしも兼ねた散歩の途中、ウェイドが興味本位で尋ねる。彼女はレッジを監視する管理者ではあるものの、その行動をつぶさに観察し続けているわけではない。何か危険な行動が検知されない限りは関与もしない。
普段の彼の行動については、知らないことも多かった。
「普段……。カミルと農園で土いじりしたり、ネヴァと悪巧みしたり、ですかね。一人でどこかに行っていることも多いですし、レティたちも知らないことの方が多いと思いますよ」
尋ねられたレティも、曖昧な回答である。
そもそもレッジは常人とは異なり、一日の大半をこの惑星イザナミで過ごしている。大学の講義や清麗院家の令嬢としての社交など、なんだかんだリアルでの予定も詰まっているレティが知らないことも多い。
「土いじりと悪巧み、ですか。聞いている分には可愛らしいですね」
「実態はレティも責任取りませんよ」
「あなた、一応サブリーダーでしょうに」
しれっと回避するレティに、ウェイドはジト目を送る。
「でも、レッジさんが普段何をしてるのかって本当に謎なんですよね。ヴァーリテイン15秒討伐チャレンジとかしてるかと思えば、アルドベスト30日スパーリングとかやってますし」
「ヴァーリテインが1日で5,000体も倒されて〈奇竜の霧森〉の環境負荷が凄まじいことになったとか、めちゃくちゃに強い歴戦のアルドベストが暴れて手がつけられなくなったとか、ワダツミやサカオから聞いたことがあるような……」
掘ればいくらでも余罪が出てきそうだ、と睨むウェイド。私は何も関与していないと両手を挙げるレティ。
『パパぁああああああああああああっ!!!!!』
「ほわーーーーーーっ!?」
その時、上空から屋根瓦を揺るがすような大声量が響き、何かが落ちてくる。
ウェイドの至近距離に墜落し、強い衝撃と共に石畳が弾け飛んだ。悲鳴をあげる彼女の胸に勢いよく、赤いキノコが飛び込んでくる。
『パパ!』
「おぎゅっ!? あ、あなたは――ミート!? どうしてここに!」
バキボキ、と機械人形のフレームが妙な音を立てるほどの力でウェイドの胸にしがみつく少女。頭に大きなキノコのカサを被った彼女は、〈ウェイド〉近郊にある保護施設に収容されているはずの変異マシラ、ミートであった。
彼女はレッジの機体にしがみついたまま、ずいと顔を寄せる。細い眉の間隔をぎゅっと寄せて、まじまじと覗き込んだ。
『……パパ、じゃない? 匂いはパパだけど、変な感じ!』
「ちょっと、こちらの質問に答えなさい。どうしてここにあなたが……」
『パパじゃないならどうでもいい! おなか空いたのにパパが来ないんだもん!』
「はい? ちょっと、どういう――」
訝るウェイドからぱっと離れたミートは、そのまま街中を走り抜けていく。
「お、ミートちゃんが脱走してる」
「そろそろ避難した方がいいかもな」
「とりあえずスクショだけしとくかー」
足元を駆け抜けるキノコ娘を見ても、〈ウェイド〉の住民たちの反応は穏やかなものだ。その割に行動は迅速で、次々と店のシャッターが閉まり始める。
「ちょっと、なんでミートがこんなところにいるんですか!」
「まあ脱走したってことでしょうね。とりあえず、追いかけましょう!」
憤慨するウェイドの肩を叩き、レティが走り出す。
その直後、〈マシラ保護隔離施設〉のある方角から爆発音があがり、黒い煙が上り始めた。
「何事ーーーーっ!?」
管理者として情報収集することのできないウェイドが、悲鳴をあげる。
Tips
◇オートキャリブレーション
調査開拓用機械人形に標準搭載された機能。ブルーブラッドの循環や人工筋繊維量、内蔵ナノマシン液などが、個人の行動記録を元に最適な配置を模索するもの。これにより調査開拓院個人のより効率的な活動が可能となる。
機体変更時にはオートキャリブレーションが一時的に初期化されるため、動きに違和感を抱く場合がある。
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