第2016話「カフェとスイーツ」
『……本当にこれを着るのか』
『あぅ。〈シスターズ〉の制服だから。みんな着てる、よ?』
『そりゃあそうかもしれんが……』
『ウェイドも、着てた』
『なら、仕方ない……のか……?』
〈シスターズ〉のバックヤード。NPCたちが忙しそうに出入りしているなかで、俺はスサノオから簡単なレクチャーを受けていた。俺も何度か訪店したことがあるとはいえ、店員として出るのは当然ながら初めての経験だ。
そんなオリエンテーションのなかでスサノオから渡されたのは、モノクロのカラーリングのふりふりとした衣装。いわゆるメイド服というやつである。ご丁寧にヘッドドレスまで。
普段はシンプルなワンピース姿が多い管理者たちも、〈シスターズ〉での活動中はこのメイド服に着替えるのが原則だという。一応、他の衣装もないのかと尋ねてみたところ、期間限定フェアなどで着るためのチャイナドレスや着物、カウガール衣装などが出てきた。コスプレ大会でもしているのだろうか。
『スサノオは似合ってるからいいよなぁ』
『あぅ。えへへ』
メイドロイドをやっていたこともあり、スサノオのメイド服姿はよく似合っている。本人も着慣れているようで、その場でくるりと回ってみせてくれた。
気は進まないが、今の俺はウェイドである。彼女に会うため高額のチケットを買ってくれたファンの皆様を裏切るわけにはいかない。
『よし、やるか!』
『あぅ。レッジも管理者魂が板についてきた』
『知らん魂だなぁ』
やると決めれば着替えは一瞬だ。装備欄からメイド服を選択すると、一瞬で着替えられる。
『というか、このメイド服妙に優秀な性能してるな。下手な金属鎧より硬いんじゃないか?』
装備ステータスを見たところ、ただの店内用制服とは思えないほどに防御力も各種耐性値も手厚い。これだけで前線でもある程度活躍できそうなレベルだ。
『あぅ。〈ビキニアーマー愛好会〉の人たちが作ってくれたの。デザインはネヴァ、だよ』
『なるほどなぁ。信頼と実績はあるわけか』
一気に不安も膨れ上がるが、まあ妙なことにはならないだろう。
とりあえず着替えが完了したのでスサノオに見せてみると、彼女は拍手と共に頷いた。
『あぅ。よく似合ってる。かわいい、よ』
『そりゃどうも』
中身はおっさんだが、外見は文字通り人形のように可愛らしい少女だ。せめて背筋を伸ばして、しゃっきりした方がいいだろうな。
『それじゃ、シフト終了まで、よろしくね』
何かあったらサポートは任せろ、とスサノオは胸を叩く。管理者としてもウェイドより歴の長い彼女には、強く頼ることになるだろう。
開店時刻を迎え、扉が開く。案内役の店員NPCに促されながら、次々と調査開拓員たちが入ってきた。
『あぅ。お帰りなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん。〈シスターズ〉でゆっくりしていってね!』
「うほーーーーっ! スゥちゃん今日もギャンかわでマジ尊みの極み! お顔が輝いてて太陽光発電できそう!!」
「まったくこれだから新参者は……。スゥちゃん、まずはいつもの――『みゃこみゃこ♡管理者のおまじない付きブラックコーヒー⭐︎⭐︎⭐︎』を一杯」
感激して大きな声を叫ぶ女性調査開拓員に、隣で肩をすくめながら真顔で注文をする男性調査開拓員。次々と席についた客たちが手を上げて、スサノオも忙しそうに走り回る。
『ウェイドちゃーーーんっ! 今日も差し入れもってきたよ♡ ほら、〈ナキサワメ〉の行列ができるパフェ丼屋さんの『グレートシャークケルベロス丼』だよ♡』
『なんだって?』
呼ばれて向かったテーブルには、ウェイドのぬいぐるみやウェイドの髪色と同じウィッグ、ウェイドの顔がプリントされたTシャツなどで装備した女性調査開拓員がいた。彼女はぶんぶんと手を振り、テーブルの上になにやら巨大なサメの頭を載せる。
三つの頭がでんと鎮座し、異様な圧力を放つ。近づいてよく見てみれば、それがクリームやフルーツで彩られた巨大なパフェでできていることが分かる。
〈シスターズ〉は調査開拓員と管理者の交流を目的とした場所。それ故に客が注文するだけでなく、差し入れも許されている。
とはいえ、見るだけで胸焼けしそうな巨大なパフェだ。ウェイドがこれを望んだということか……?
『あ、あー。これはご丁寧に、ありがとうございます』
『いいのいいの! ウェイドちゃん、これ食べてみたいって言ってたもんね♡』
三つのサメの頭は、スイーツに見えないほど生々しく禍々しい。むしろ血の味がしそうなくらいなのだが、本当にこれが人気なのか。スイーツ界隈はよくわからない。
とにかく、受け取るだけ受け取って、注文でも取ろう――。
「……あれ? 食べないの?」
『えっ』
インベントリにしまおうとした矢先、女性が怪訝な顔をする。
しまった。たしかにウェイドならこれを後回しにするはずがない。接客も何もかも頭から吹き飛んで、登山客を見つけた山ビルのように飛びつくはずだ。
しかし、食べれば胸焼けは必至。というか、一瞬で虫歯になりそうな……。
『ちょ、ちょっと今はお腹――』
いや、この言い訳も無理筋だろう。
ウェイドは2000年も飽きることなくスイーツを食べ続けてきた。
「もしかして、一人じゃ食べられない?」
『えっ?』
「しょうがないなぁーーーーっ! じゃ、私が食べさせてあげよっか!」
迷っているうちに、女性客は何やら勝手に納得して、巨大なスプーンを手にする。そのままサメの目をシャベルのように掘り起こし、ニヤニヤと笑いながらこちらへ。
「ふへっ、ふへへっ。お姉さんがあーんしてあげるからねぇええ♡」
『あ、えっと、その……』
流石にこれは、不味すぎる。
ウェイドの中身が甘いものをそこまで受け付けないおっさんであるという事実。それ以上に、彼女の思い出を穢してしまう恐れが。
『す、すまんっ! 後でちゃんと食べるから。――それは君が食べてくれ!』
「むぐうっ!?」
切羽詰まった勢いで、彼女の手を取る。そのままスプーンを押し返し、妙に生々しいゼリー製の目玉を口に突っ込む。逆に食べさせられた女性客は驚きの表情を浮かべた直後、顔を真っ赤にする。
「うぇ、ウェイドちゃんからあーん……? むしろこれは、キス? ふぁああ〜〜〜〜♡」
よく分からないが、怒ってるわけではないらしい。
ぽかんと口を開けて放心している隙をついて、デカい三つ首サメのスイーツをインベントリにしまう。一気に20kgくらい重量が増えたんだが、どんなスイーツだよ。
「ウェイドちゃん、こっちも注文いいかな?」
『おう。――じゃなくて、はーい!』
休む間もなく次の手があがる。メニュー表から直接注文もできるのだが、注文時に管理者と多少会話ができるのも重要なのだろう。
俺は満面の笑みで天を仰いでいる女性をその場に残して、次のテーブルへと向かった。
Tips
◇グレートシャークケルベロス丼
シード03-ワダツミにあるスイーツ丼専門店〈アサイ〉の名物スイーツ。品種改良された甘米の上に巨大なサメの頭部を模したスイーツケーキを三つ載せ、迫力も満点のスイーツ丼。一日50個限定販売で、予約抽選必須の大人気商品。
フライングシャーク丼やインフェルノシャークデビル丼など、ラインナップも充実している。
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