第2013話「目覚めて」
蔦玉の攻撃は唐突に止まった。
今まさにレティとトーカが、決死の覚悟の反撃を敢行しようとしたその時のことだった。目前まで迫っていた蔦が、凍りついたように停止した。
「とま、った……?」
状況を理解しきれぬまま、ハンマーを握りしめるレティの目の前で。レイピアを掲げたアイのの目の前で。調合台を抱えて逃げ出そうとしていたヨモギの目の前で、蔦が白く変色し、ボロボロと崩れ始めた。
「これは、砂糖化したわけではないようですね」
崩れ落ち、風に舞い上がる細かな砂塵を指で掬い取り、トーカがその正体を見極める。砂糖ならば細かな結晶が見えるはずだが、それよりもはるかに滑らかだ。恐る恐る舌にふれさせて、甘みが訪れないことを確認する。
ザリザリとした苦味のある、灰のようだった。
「終わった、ってこと?」
はえ、はえ、と肩で息をしていたシフォンが疲労困憊のまま周囲を見渡す。他の調査開拓員たちも突然の展開に理解が追いついていないようだった。
しかし敵の攻撃は実際に止まり、四方八方に伸びていた蔦や根は白い灰となって崩れていく。蔦玉が急速に力を失っているのは火を見るより明らかだ。
「レッジさんは大丈夫なんですか!?」
はっと気が付いたレティが飛び跳ね、森の中心へと駆ける。
巨大な蔦玉の、ぱっくりと裂けた傷の奥に彼は倒れている。傍には眠ったままのウェイドと、灰色の衣を纏ったコンパス。コンパスはレッジとウェイドをつなぐケーブルを手にとって、真剣な表情をしていた。
「コンパスさん!」
「レティさん。大丈夫です、バイタルは途絶えてません」
支援能力に特化した〈鉄錠奉仕団〉のリーダーは、小型のモニターを足元に置いていた。それはレッジの機体と接続され、その活動を数値として表示している。レティは詳しい読み取り方を知らなかったが、一定の周期で波線が動き、活動が継続していることは理解できた。
しかし、そんな言葉とは裏腹にコンパスの表情は浮かないものだ。
「コンパスさん?」
レティも彼女の不穏な空気を感じ取り怪訝な顔になる。
レッジとウェイド。横たわる二人は、いまだに目を開けない。
「レッジさんは無事なんです、よね? ウェイドも」
「バイタルは、安定しています」
コンパスにはそう繰り返すしかなかった。
トーカたち〈白鹿庵〉の仲間が駆けつける。敵の脅威は完全に消え去り、荒れ果てた森の、激戦の跡だけがそこに残る。
「レッジさん!」
レティが叫ぶ。
少女を救い出すために、深い眠りに落ちた彼の名前を。
「目を覚ましてください。そうじゃないと、終われませんよ!」
戦いは終焉を迎えた。
だが、肝心の二人が戻ってこないのならば意味がない。
レティの声に合わせて、ラクトたちも呼びかける。
「レッジ、起きてよ。レッジ!」
「くっ、私には首を切ることしかできない……っ!」
「ミイラ取りがミイラになってどうするのよ、まったく」
駆けつけた調査開拓員たちも呼びかける。
そうすることで彼を引き寄せると、心から信じているようだった。
無数の声が幾重にも重なり、合唱となる。
「レッジ!」
「レッジさん!」
「おっさん、俺だ!」
「うおおえええーーーっ!」
懸命に何かできることはないかと処置を試していたコンパスの手が止まる。
レティがはっとした。
「……ん、んぅ」
その時、レッジの瞼が揺れた。
「レッジさん!」
レティが駆ける。
レッジはゆっくりと背を起こし、周囲を見渡す。集まった無数の調査開拓員たちに驚きの表情を浮かべ、口元を緩める。
「はっはー。まるで大統領の命日みたいじゃないか。どうしたんだい勢揃いしちまってよぅ」
涙を浮かべながら駆け寄るレティが、
「どおおりゃあああああっ!」
インベントリから銀色のハンマーと取り出し、勢いよくレッジに叩きつけた。
「ほわーーーーーっ!? な、何をするんです、だ! 俺です。レッジですだ!」
「レッジさんがそんなつまらないジョークをかますはずがないでしょう! このタイミングでレッジさんの名を騙るなど言語道断! 今すぐ頭を潰しなさい!」
「ひぎゃーーーっ!? おわ、ちょっ、つめた、首ぃぃいっ!?」
レティの攻撃が間一髪外れたかと思いきや、氷の矢と鋭い大太刀が迫る。
起き上がったレッジは真っ青な顔をして飛び退き、ギリギリで回避する。だが、状況は悪かった。周囲にはレッジの復活を祈って集まった調査開拓員たち。彼らの大半は状況が掴めず唖然としていたが、レッジと近い者ほど怒りの表情を浮かべていた。
「お、俺だよ俺! レッジだよ!」
「うがーーーーっ!」
「ひぃんっ!?」
助けを求めてアイの元へと駆け寄ったレッジに、ローズゴールドの少女が絶叫を繰り出す。鼓膜が破れそうな大声量に、レッジは仰天して地面を転がる。慌てて逃げようと地面に手をついたその直後、彼の鼻先に黒い太刀が差し向けられた。
『あぅ……。変なこと、しないで。――ウェイド』
異変を察知して駆けつけた管理者たちがその場に勢揃いしていた。
バラバラと大きな音を立てて、T-1たち指揮官を乗せた管理者専用機が降り立つ。猛烈なダウンウォッシュが黒髪を荒ぶらせるなか、管理者姉妹の長女――シード01-スサノオ管理者のスサノオは"黒刀・生太刀"をレッジに突きつける。
レッジは顔を青くして、後ずさろうとして動きを止める。周囲からワダツミ、アマツマラ、サカオ、キヨウ、T-1……集まった管理者、指揮官たちに睨まれていた。
「あ、その、えっとぉ……」
『あぅ。レッジも、どさくさに紛れて逃げようと、しないでね』
『ぎくっ』
レッジ(?)をじっと見つめたまま、スサノオは蔦玉の残骸から這い出そうとしていたウェイドにも声をかける。名指しされた少女はびくりと肩を揺らし、へなへなと腰を落とした。
「はえ……?」
唯一状況を掴めていないシフォンが、遅ればせながら理解する。
彼女は尻尾を膨らませ、耳を揺らしながらレッジとウェイドを交互に見て、
「も、もしかして二人が」
目をまんまるにして、叫ぶ。
「入れ替わってるぅううううっ!?」
Tips
◇バイタルモニタ
〈手当〉スキルレベル30以上で使用可能な機器。対象となる調査開拓員と接続することで、バイタルを測定、表示することができる。
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