第2011話「信頼する仲間」
甲高い破裂音と共に、木々が弾ける。レティは銀色の片手用ハンマーを縦に持ち、身構える。
――パパパパ
「『リベンジスイング』ッ!」
森の木々が爆ぜる。障害物をものともせずに迫ってきたのは、超高速の蔦だった。十分に勢いのついた鞭は、その先端部が音速を超える。暴走状態となった蔦玉が繰り出す攻撃も、衝撃波を発生させていた。
レティはそれに対してハンマーで迎撃を繰り出す。パリィよりもわずかに猶予の長い、反撃技。それを音速相手に発動させ、周囲に爆風を広げる。
「止めましたよ、トーカ!」
「いい働きです、褒めてあげましょう。――『残月』ッ!」
目にも止まらぬ速さで蹂躙を続けていた蔦が、反撃を受けてたたらを踏むように動きを鈍らせる。その一瞬の間隙に、斬撃が差し込まれた。輝く太刀筋は儚い明け方の月のよう。しかしその切れ味は凄まじく、蔦を滑らかに一刀両断する。
目を覆い隠し、ツノの感覚に全神経を集中させたトーカは、剣技の勢いを地面に刻みながら急停止した。
「なんで上から目線なんですか! 目隠ししてるくせに!」
「悔しいならレティも仕留めればいいじゃないですか。首ではありませんが、なかなかに切りごたえはありますよ」
「打撃耐性が高くてあんまりダメージの通りがよくないって、分かってて言ってますよね!?」
蔦玉から延びる蔦は強靭でしなやかだ。トーカの刀のような斬撃属性の攻撃は比較的よく通るが、レティの得意とする打撃はいまひとつ通りにくい。そのうえ、レティはメインウェポンを文字通り解かされている。サブウェポンの片手用ハンマーでは、力不足が否めない。
「はええええっ!」
ぐぎぎ、とレティが歯を噛み締めたその時、木々の向こうから悲鳴があがる。耳を揺らして振り返ったレティの視線の先で、白い毛玉がぽこんと跳ねていた。
「死ぬ! 今度こそ死ぬ! 音速超えるなんてはえん聞いてないよ! はええっ!」
そんな泣き言を叫びながらも、ほとんど無意識にパリィを繰り出して蔦玉の猛攻を凌ぐシフォン。彼女のおかげで周囲には一定の安全地帯が形成され、他の調査開拓員たちが体勢を立て直す余裕が確保されていた。
「あっちは平和そうで何よりですねえ」
「レッジさんとはまたベクトルが違いますが、一周回って安心感は同じようなものがありますね」
レティたちもいがみ合うのを一度忘れ、ぴょこんぽこんと飛び跳ねる白狐を見物する。ひとまず、あちらに関しては手出し無用ということで、二人の間で共通認識も得られていた。
「とはいえ、この暴走モードはいつまで続くんでしょうか」
木々を薙ぎ倒しながら迫ってきた蔦をハンマーで打ち返しながら、レティが嘆く。
森の中央に、蔦の出所がある。蔦玉のなかに埋まったウェイドとレッジがケーブルで繋がった直後から、蔦が激しく暴れ始めた。レティたちもレッジの様子を見に行きたいのはやまやまだったが、敵の猛攻を凌ぐので手一杯であった。
「おそらく、レッジさんとウェイドが夢の中でも喧嘩しているんでしょう。我々は、それが落ち着くのを待つしかありません」
地面から飛び出した太い根を切り落とし、トーカはシンプルな答えを返す。
アストラ率いる〈大鷲の騎士団〉をはじめ、他の調査開拓員たちも死力を尽くしている。だが、敵は即座に再生し、時を経るほどに強くなっていた。
「はー、このあたりの雑草全部枯らしたいですね!」
今や、敵の戦力は凄まじい。蔦だけでなく、根や周囲の茂みさえも殺意を持って襲いかかってくる。
レティは叶わぬ願いと知りつつも、そんな叫びをあげた。枯死剤は振り掛けても意味がないどころ、即座に砂糖へと変換されて吸収されてしまう。ヨモギをはじめとした薬剤師たちが必死に白くない枯死剤を開発しているが、そもそもホワイトスノウ程度に強力でなければ意味がない。
「おーい、二人とも生きてる?」
レティとトーカが時折煽り合いながらも協力して緑の猛攻を凌いでいると、周囲に障壁を展開したエイミーがやってくる。彼女の傍らには灰色の制服に身を包んだ調査開拓員たちが数人帯同していた。
「なんとか!」
「そちらは余裕そうでいいですね!」
息の揃った返事をするレティたち。
エイミーは、ならばよしと頷く。
「そちらこそどうですか、進捗は」
「入れ食い状態って言ったら表現が悪いかしら?」
巨大な鋼鉄の拳を握るエイミー。彼女の明け透けな物言いに、〈鉄錠奉仕団〉のメンバーが苦笑する。
〈白鹿庵〉のトップであるところのレッジは夢の世界へと向かい、〈鉄錠奉仕団〉のリーダーたるコンパスはそれに付き添っている。そこで残されたメンバーたちも、協力関係を築いていた。
とはいえ、レティたちは自由に戦い、シフォンは跳ねている。エイミーが護衛を申し出て、〈鉄錠奉仕団〉の支援機術師たちを守っているだけである。彼女たちは植物の荒ぶるフィールドを駆け巡り、負傷した調査開拓員たちの手当てを行なっていた。戦闘能力を持たない〈鉄錠奉仕団〉のメンバーたちだが、それ以外の技能は一級品である。
かるくエイミーが回るだけで、彼女たちは次々と治療を施していった。
「とりあえず、私たちは待つことしかできませんね。レッジさんが、ウェイドを目覚めさせるまでなんとか耐えないと」
「心苦しいですが……」
この局面で何もできない自分に、レティたちは忸怩たる思いを抱えている。
だが、それでも信じていた。
彼が、自分たちのリーダーが何かを成し遂げてくれるということを。
Tips
◇『残月』
〈剣術〉スキルレベル70、〈歩行〉スキルレベル50のテクニック。特殊な歩法で瞬間的な加速を行い、敵の攻撃をすり抜けながらこちらの攻撃を繰り出す。
極めて難度の高い技だが、それはあらゆる鉄壁を切り裂く。
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