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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2009/2091

第2009話「天地鳴動の慟哭」

 夢の世界で見つけたシュガーはひどく衰弱していた。ウェイドの砂糖欲を抑えるストッパーとなっていたシュガーは、あまりにも莫大に膨れ上がった欲望を抑えきれず、むしろ圧倒されていたのだろう。

 ウェイド自身はシュガーの存在すら認知せず、ただ甘いものを貪っている。管理者としての責務も、自身の使命も忘れた彼女は、もはや調査開拓団員ではない。彼女を注視すると浮かび上がってくるビルボードに表示されたのは、"食耽"のウェイド。――彼女はシステムにさえ、敵として定められた。


『もしゃもしゃ、もぐもぐ、もちゃもちゃ……。ごくんっ! ぷはー、おいしいですねえ!』


 口の周りをクリームで汚し、指についたチョコレートを舐め取り、ぽんぽんと腹をさする。かと思えばフルーツに手を伸ばし、皮も剥かずに齧り付く。周囲の様子など、眼中にない。

 小さく衰弱してしまったシュガーを懐に入れて、槍を構える。

 今の彼女には、それなりのお灸を据えなければ正気に戻すこともできない。


「ウェイド! 今すぐ正気に戻れ!」

『もぐ……? げぇ、レッジじゃないですか。なんでこんなところにいるんです。さっさと消えなさい』


 茂みの陰から立ち上がり、正々堂々と声をあげる。

 食事に熱中していたウェイドは手を止めると、胡乱な目をこちらに向けてきた。しっしと獣を追い払うように手を振り、乱雑な対応だ。しかしそれでも俺が消えないのを見ると、怪訝な顔になる。


『なんですか、消えなさいと私が言っているんです』

「この世界はお前の思いのままに変化するみたいだが、俺はそうはいかないぞ」

『は……?』


 彼女が消えろと念じれば消えるし、現れよと命じればなんでも現れる。失楽園とはそういうテントだ。しかし外部から侵入し、現実のウェイドと有線ケーブルでつながっている俺は違う。彼女の意志の範疇から、ここに立っている。

 2000年にわたって自由を謳歌していたウェイドは、初めて己に歯向かう存在を見て驚く。そして、不満げに口元が歪み、目つきが鋭くなった。


『なんですか、貴方は……。いつもいつもいつもいつも、いつも私の邪魔ばかり!』


 柔らかなマシュマロのクッションに身を預けていた彼女が、久方ぶりに立ち上がる。その体に衰えや弛みはなく、2000年の時を経ても全盛期のままだ。

 細い銀髪を掻きむしり、だんだんと地面を踏みつける。


『私がどれほど苦労したか、面倒を被ったか。貴方という奴は――!』

「それでも、ウェイド。お前は管理者なんだろう。その本分を忘れて堕落してどうする」

『うるさいうるさいうるさい! 私の邪魔をするな! 私は、有給休暇を取っているだけです! これまで働いてきたぶん、休んでもいいでしょう!』

「もう十分、休んだだろう」

『貴方がそれを決めるなぁああっ!』


 怒り心頭の叫びが世界を揺らす。

 彼女を甘やかし続けてきた木々が牙を剥く。


「やっぱり往生際が悪いな。――すまないが、こっちも力づくで行くぞ」


 もちろん、想定済みだ。

 槍を振るえば、木々は嵐の直撃を受けたように吹き飛ぶ。俺の実際の攻撃力を遥かに超えた衝撃が、荒ぶる森を薙ぎ払う。


『なっ!? な、何をしたんですか!』

「ここは夢の世界。俺もウェイドと直接つながってここにいる。俺も、この世界に干渉できる」


 言うは易し、行うは少々面倒だが。ウェイドの機体と有線接続しているからできる力技だ。この夢の世界そのものに干渉し、ウェイドの欲望であると偽装して改変する。

 今の俺は、限定的だがウェイドと同様――つまり管理者クラスの武力を行使できる。


『くぅ、この、毎度毎度面倒なことを……ッ!』


 ギリギリと歯を噛み締めてウェイドが手を動かす。大地がぐらりと波打ち、巨大なチョコレートの津波が迫る。


「そう言う攻撃は、もっと効かないぞ。シュガー、食べてしまえ!」

『シュガー!』


 俺を飲みこまんと落ちてきたチョコレートの大波に、ぽっかりと穴が開く。轟音と共に落ちてきたチョコレートは、一滴足りとも俺には届かない。

 シュガーが全てを飲み干したのだ。


『シュガー!? 生き残っていたなんて……。いいでしょう、諸共ねじ伏せてやりますよ!』


 ウェイドが刀を手に取る。管理者専用兵装"銀刀・生太刀"だ。本来なら使用できる状況にないはずだが、この世界では問答無用で使用される。彼女は強く地面を蹴り、こちらへ迫る。


「堕落を貪ってたわりに、よく動く!」

『この世界で私が太るわけがないんですよ! しゃーーーっ!』


 世界は全て、彼女を中心に巡る。

 刀は俺を捉えて自在に刃を伸ばし、喉元に迫る。

 だが、俺もまたこの世界を捻じ曲げられる。


「危ないだろ、死んだらどうする」

『どうせ死なないでしょう! このばか!』


 俺に到達する直前で銀刀・生太刀の刃が歪む。それを見たウェイドは表情を歪ませ、更に力を込めて迫る。あくまでこの世界の主人は彼女だ。俺は計算が追いつかなければそのまま首を刎ねられる。

 首筋に迫る刃を、手で掴む。


「死ななくても、痛いじゃないか」


 青い血が流れる。

 痛みが伝わってくる。不要な感覚はシャットアウトする。


「コンパス、ちょっと計算量を上げる。付いてこいよ」

『何をゴチャゴチャと――!?』


 俺とウェイドの接続を保っている外の協力者に向かって呟き、力を込める。

 この世界も言い換えれば、高度なシミュレーション環境だ。こちらで演算を奪取すればいい。

 大地が蠢き、俺とウェイドを引き離すように亀裂が走る。

 驚くウェイドに、次々と雷が落ちる。


「電気ショックで目を覚ませ!」

『うるさーーーいっ!』


 だが次の瞬間には空が崩れ、雷そのものが消し去られる。

 まさしく神のような所業だ。


『今すぐ消えなさい! ぜんぶ、ぜんぶ消えてしまいなさい!』


 彼女の叫びと共に天地鳴動が巻き起こる。

 仮初の世界が破壊されていく。

Tips

◇"清ラカニ濁リ飲ミ干セ"

 夢幻の失楽園の主により、全てが破壊される現象。主の意のままに物質は存在し、そして消える。万物は彼女を中心に流転し、彼女の膝下に傅くのみ。


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