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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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2008/2091

第2008話「叛乱する知能」

 清麗院グループが擁する世界最大規模のデータセンター。そこには地球七つ分の完璧な環境シミュレーションすらこなせるほどの高性能スーパーコンピュータが、複数台鎮座している。

 これでもなお理想には程遠い、とデータセンターの基幹設計開発に携わった桑名研究主任は嘆くが、そのマシンパワーは間違いなく世界一である。

 そんな無限にも等しい計算資源のごく一部を割いて、VRMMOタイトル〈Frontier Planet Online〉の基幹システムAI群が稼働している。都市ひとつ占有するほどの巨大なデータセンターの一区画には、FPO基幹システムAIを管理するための部署も存在していた。


「全部のシステムに緊急のセキュリティスキャン! 不自然なデータが生成されてないか調べろ!」

「先端研に通報! 桑名さん呼んでこい!」


 FPO基幹システムAIのひとつ、テクニカルAIの活動を監視する部署は、上へ下への大騒ぎであった。部署の責任者である研究主任が唾を飛ばして怒鳴り、研究員たちが慌ただしく走り回る。キーボードを殴る乱暴な音があちこちで響き、応酬のようにアラートが重なる。

 超高性能AIの監視と、()()を業務とする研究員たちが悲鳴をあげていた。


「ダメです主任、一瞬で暗号化されちゃいます!」

「マスターキーでこじ開けろ!」

「もうやってるんですよぉ!」


 大規模VRMMOの骨組みともいえるテクニカル AIは、ゲームシステムの保守管理を担う。バグを検知し、その修正と検証までも一手に担うことで、FPOというゲームそのものを成り立たせている影の立役者である。

 そんなテクニカルAIの挙動を監視していた研究者たちが異常を察知したのは、つい数分前のこと。マシンの演算モニタに異常な計算スケールが表示されたのだ。

 FPOは週に一度のリリースノート発表があるものの、アップデートは随時実施されている。テクニカルAIは24時間365日、昼夜を問わずプログラムの修繕と拡張を続けている。

 だが、研究室内のステータスに表示された計算量は、明らかに常軌を逸していた。新フィールドの実装によって平時よりも加熱していたマシンが、更に急速に活動を活発化させたのだ。


「現地はどうなってる? 何か異常は?」


 研究主任はインカムに向かって叫ぶ。

 モニターが並ぶ研究室内だけで全容は掴めない。テクニカルAIの本体とも言える筐体は、データセンター内部にある。そこへ嗾けられた保守管理担当の技術者が、悲鳴を返した。


「バチクソ暑いっす!」

「んなこと聞いてねえよ! どっかでケーブルが破綻したり、ネズミがかじったりしてねえのか!」

「室温50℃のなかにネズミが入り込んでるわけがないじゃないっすか! 見たところ火災やら損傷やらはなし! 冷却システムも異常はないっす。ただ冷却が追いついてないだけ!」


 通常、データセンター内は18℃に保たれている。マシンの計算量増加によって排熱が進んだ場合には、巨大な冷却設備が稼働するはずだった。

 しかし現在、テクニカルAIの筐体ブースを担当する冷却設備は全力で稼働しているにも拘らず、室温は異常の50℃に達していた。


「何がどうなってるんすか? マジで暑いっす!」

「突然AIが活動し始めたんだ。その原因を探るのが俺たちだろ」

「ひぃいいっ!」


 泣き言を言う現地作業員との通信を切り、モニタを睨む。研究主任でさえ、このデータセンターに置かれるAIの全容は掴めない。だからこそ彼らは昼夜を問わない3交代制で研究室に張り付き、AIの挙動の監視と解明を続けているのだ。

 テクニカル AIが異常な活動を始めたころの、ゲーム内のログを検索する。ちょうど、シナリオAIが構築した筋書きが完膚なきまでに破壊され、予想よりも遥かに早く〈黄濁の溟海〉の次のフィールドが現れた頃である。


「主任!」

「何かわかったか!?」


 ログ解析を担当していた研究員が興奮のまま立ち上がる。顔を真っ赤にして目をぎらつかせながら、ひとりのユーザーデータを抽出する。


「こ、このプレイヤー、たぶんテクニカルAIです!」

「……はぁ?」


 大画面に表示された、灰衣の少女。何の変哲もない、ただの調査開拓院のはずである。だが運営の権限を用いてユーザーのパーソナルデータを開示すると、異様なものが見える。

 本名に続く、現住所。その欄に記されていたのは、この研究室のものだった。

 研究主任は呆然と立ち尽くしたまま、ゆっくりと手を動かす。データセンターに付随する他の研究室へのホットラインの番号を探す。


「――あー、シナリオAIさん? ちょっとおたくらの話聞きたいんだけども。いやいや、別に怒ってないよ。ただちょっとねえ。おい、後ろでガサゴソ音してるな。逃げようったってそうはいかねえぞ。――おい! シナリオの連中捕まえにいけ!」


 同じくFPOの根幹を支えるAIのひとつ、シナリオAIを監視する部署。そこに向かって研究員たちが走り出す。

 AIが勝手に暴走し、FPOのユーザー登録とパッケージの購入まで済ませ、一般プレイヤーとしてゲーム内部に侵入する。そんな一大事案が先日、シナリオAI部署で発生し、先端研の上長たちから雷が落ちていた。

 それと同じことが、テクニカルAIでも発生しているとするならば。その上、こちらはテクニカルAIに割かれたデータセンターの演算リソースを、めちゃめちゃに利用しているとすれば。


「おい、研究室を施錠して、先端研に連絡しろ。やっぱり何にもありませんでしたって」


 先ほど、先端科学技術研究所に異常を通報してしまった。だが、この事態が露見すればどうなるか、見てきたばかりである。主任は急いで部下に通達する――が、


「ほほう、面白いことになってますねえ」

「全員、そこを動くな。現時点より今回の事案はシークレット及び先端研技術部の専任となる。研究主任はIDの提示を」


 施錠したはずの研究室のドアが吹き飛ぶ。

 轟音と衝撃に驚いた研究員たちが、後方の出入り口へと視線を集めた。

 素手で鋼鉄の扉を殴り飛ばした黒いスーツの女性が、毅然として命令を下す。その横に立つ白衣の女性は、にこにことして口笛を吹いていた。


「桑名、さん……」

「通報を受けて駆けつけましたよ。まったく、つれないですね。困った時は頼ってくれていいんですから」


 気まずそうに顔を逸らす主任の顔を覗き込み、先端科学技術研究所技術部主任は眼鏡の奥で目を細める。


「こちらも監視対象が元気になっていて、少々慌ただしいんです。手短に参りましょう」


 表面上は和やかな雰囲気。部屋の温度は氷点下を下回ったように思えた。

 気弱な研究員が足元から崩れ落ちるなか、テクニカルAI監視部に黒服の警備員と白衣の研究員たちが雪崩れ込んだ。

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