第2005話「音に乗って」
アイの口から放たれた音撃が蔦玉を貫く。砂糖に変換することのできない空気の振動。音の波による衝撃が、柔らかな蔦をブチブチと引きちぎる。金管の高音が爆ぜ、耳の奥まで針を突っ込んだような刺激が俺たちにも波及する。
「ひぎゅぅ!?」
特に聴覚が鋭敏なレティは、ウサミミをしっかり押さえ込んでいてもなお音量が大きすぎるようで、潰れそうな悲鳴をあげていた。俺や、他の調査開拓員たちも似たようなもので、動くこともままならない。
発信源であるアイとその後方に広がる金管楽団だけが、平然と演奏を続けていた。
〈大鷲の騎士団〉フルオーケストラによる『覚醒失神交響曲』は、瞬間的に繰り返される無数の音撃で俺たちに無限の往復ビンタを喰らわせる。そして、それ以上の衝撃をウェイドに叩き込む。
『しゅ、が、ぁがああああっ!』
厚く重たい音圧で蔦が吹き飛ばされ、その内部の赤黒く生々しい組織があらわになる。痛みも伴うのだろう。ウェイドが絶叫を突き上げる。
だが、交響曲は終わらない。
「ア――、ラ! ラ! ア、ァ、ァ、アァ、アァアアアアア――!」
アイの熱唱。
テンポが変わり、連続の波濤が繰り出される。交響曲第二楽章。
第一楽章は周囲の雑兵を吹き飛ばし、牽制の役割を持つ。また、俺たち味方の耳を慣らすための準備期間でもある。更に音の厚みと鋭さを増す第二楽章だが、俺たちは動ける程度に復帰していた。
「レティ、いけるか?」
「う、ぐぅ。任せてください!」
耳を抑えていたレティも再び立ち上がる。彼女は砂糖と化してしまった大鎚の代わりに、銀色の片手用ハンマーを握っている。大振りな重撃を得意とするレティが、その弱点を埋めるために時折使用するサブウェポン、片手鎚、"軽量雷爆鎚・七式"だ。
「『ラビットジャンプ』、『怯獣の逃脚』――ッ!」
重いハンマーを手放した彼女は、その脚力で加速する。
「ラ、ラ、ラ、ラ、ラ――ッ!」
「うぉおおりゃああああっ!」
連続する音の波を追いかけ、追いつき、乗りこんで。
ウェイドも音の発生源を知っている。彼女の喉を潰そうと反撃を試みる。
迫る蔦を、爆雷が吹き飛ばした。
「守りに徹するのは性に合いませんが、致し方ありません! アイさんは存分に歌ってください!」
「アァアアアアア――!」
ステージへと伸びる手。厄介なファンの不埒な腕を、レティは機敏に飛び回りながら潰していく。『覚醒失神交響曲』第一楽章によって覚醒バフを得たレティは音による気絶が無効化され、速度も更に上昇している。その力を活かして、演奏を続けさせるのだ。
「絶対に演奏を止めさせるな! 俺たちも赤兎ちゃんに続け!」
「うぉおおおおっ!」
先陣を切るレティの姿に感化され、鼓舞された調査開拓員たちが動き出す。
「できるだけ死なないでくれよ。まったく」
これでは、何のために俺が一人で出張ったのかも分からない。
だが、これこそが本来のFPOのあり方だろう。
「ウェイド。俺たちがお前を止めるよ」
俺一人では手に負えない。
だが、俺たちなら。管理者に一矢報いることもできるはず。
「どれ、伴奏させてもらおうじゃないか。――『強制萌芽』」
種瓶を地面に投げつける。
「"剛雷轟く霹靂王花"」
急成長した花が天を仰ぎ、バチバチと電流が走る。
次の瞬間、世界を白く染める閃光と共に凄まじい雷鳴が轟いた。トランペットが高らかに鳴り響き、フルートがメロディを奏でる。稲妻が次々と落ちるなか、演奏は更に加速する。
『SHUGARRRRRRR!』
負けじとウェイドも吠える。
蔦が飛びかかり、根が突きだす。少なくない数の調査開拓員たちが、何かに巻き込まれて吹き飛び、白い砂糖の彫像となって砕かれる。
「砂糖に変わる前に自爆しろ! 相手に吸収される前に死ぬんだ!」
「ウェイドちゃんに吸収されるなら、それもありかな……」
「今すぐこいつを後方に送り飛ばせ!」
嵐が吹きすさび、音と音が混ざり合う。風が鎬を削り、その合間を兎が飛び抜けていく。
蔦が剥がれ、内部があらわになる。
「見つけたぞ、ウェイド!」
そのなかに埋もれるようにして、深い眠りに落ちた少女がいた。
銀髪を汚し、身体の半分以上が蔦玉と癒着している。目を閉じているが、呼吸はしているらしい。スキンはところどころ剥げているが、機体はまだ原形を留めている。
「レッジさん、行ってください!」
十本以上の蔦に追われながら、レティが叫ぶ。
アイが歌いながらこちらを見る。誰も、余裕などなかった。
「仕方ないか。――『強制萌芽』"旋風蒲公英"!」
嵐の中で花を咲かせる巨大タンポポ。その綿毛は空を舞い、風を受けて加速する。この強風下では、強力な加速装置になる普通の植物だ。鮮やかな花を咲かせ、急速に綿毛を膨らませるタンポポの茎を蹴り、弾けた綿毛に飛び乗る。ぐんと加速する綿毛を足場に、ウェイドの元へと飛び出す。
「ウェイド、目覚めの時間だ!」
手を伸ばし、彼女の腕を掴む。
『むにゃ……甘いもの、もっとぉ』
「っ!」
そのまま引き摺り出そうとした、その瞬間。彼女の白い肌がサラサラと風に崩れた。
Tips
◇旋風蒲公英
強風の絶えない断崖絶壁に生えるタンポポに似た原生生物。開花後に現れる綿毛は風をうまく捉える形になっており、非常に遠くまで吹き飛ばされる。
うまく綿毛を利用することができれば、共に空旅を楽しめるだろう。
Now Loading...




