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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第35章

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1844/2098

第1844話「頭上に広がる」

 急いで戻ってみれば、アンはまだ悪戦苦闘していた。声をかけると、また剣呑な目つきを向けられる。


「アン、ちょっと頼みがあるんだ」

「今度は何ですか? 私は大物を釣り上げるのに忙しいんですが」

「そのために試してもらいたいことがある」


 真正面から訴えると、アンも少しは興味を向けてくれた。彼女に向かって、俺は思いついたアイディアを話す。


「俺たちは今、砂浜にいる。でも海はどこにも見当たらない。そこで考えて欲しい。俺たちは海の底に向かって泳いでたんだ」

「それはそうですけど……」


 当たり前のことを話している。アンの表情に疑念が浮かんでくる。

 だが、ここで諦められては困る。


「ここからが重要なんだ」

「ちょっ、どこ掴んで……。わ、分かりましたから。全部話しなさい!」


 彼女の肩を掴んで、本題に入る。


「ここは間違いなく海の底なんだよ。砂浜はあっても海が見当たらないのは、ここが底だからだ。――海は、あっちだ」


 頭上を指差す。釣られてアンが見上げた。

 透き通るような青い空は光り輝いている。どこにも太陽はないというのに。

 彼女もようやく俺が言いたいことを理解したらしい。驚きの表情でこちらを見た。


「そ、そんなことがあり得るんですか?」

「この状況だってあり得ないんだ。多少の不思議が重なっても変じゃないだろ」

「しかし、それならどうすれば……」


 アンの携える釣り竿を指し示す。


「釣りをしてくれ。下じゃなくて、上に向かって投げるんだ」

「そんな、まさか……信じられません……」


 わなわなと震えるメイドを、必死に説得する。彼女もきっと信じられないだろう。俺だって確証があるわけではない。しかし、もし可能性がわずかにもでも残っているならば、検証してみなければ。


「私がこんな近くにある海を見逃していただなんて!」

「ああ、そっちか」


 別に信じていなかったわけではないらしい。

 少し虚を突かれた気持ちになりつつも、あとはアンに任せる。彼女は釣り竿を構えると、じっと真上を睨みつけた。

 ここから空――青く見える天頂まではかなりの高さがある。そこまで針を届けることができるのだろうか。

 新たな動きを始めたアンを察知して、周囲の釣り人たちも手を止める。彼女の行いを見届けようと、無数の視線が集まった。しかし本人はそれを気にする様子もなく、精神を統一させていた。

 そして、


「行きますよ。――『ロングキャスト』ッ!」


 勢いよく竿を振り上げる。

 その勢いを全て使って、針が飛んだ。リールが回転し、糸が繰り出されていく。

 高いレベルの〈釣り〉スキルと、カンストした習熟度。さらに全身に着込んだ釣り補正装備のステータス支援も併せて、渾身の力が解き放たれた。

 ただ上へ、より高く。そう思って投げられた針が飛ぶ。


「うおおおおおおおっ!」


 アンが激しい声をあげる。声援に押されるように、針は飛ぶ勢いを衰えさせない。


「いけーーーっ! 差せ! いけっ! うぉおおおおああああっ!」


 なんか、声の勢いが凄まじいな。


「――と、届いた!」


 空へ空へと飛んだ針。銀に輝く先鋭が、ついに蒼穹に触れる。

 細い波紋が空に広がる。延々と細く伸びた糸が張り、針が沈んでいく。

 摩訶不思議な現象に、周囲の調査開拓員たちがどよめいた。

 釣り糸が空へと垂れ、逆さまに釣りをする。アンは竿を大きく旋回させ、頭上の海の状況を探ろうとしていた。


「どうだ、海中の様子は?」

「何かが大量に蠢いています。太くて長い……これは、触手?」


 アンほどの手練となれば、竿伝いに伝わる感触だけでもある程度のことが分かるらしい。彼女は訝りながらも、竿の先に広がっている光景を説明してくれる。


「触手というと、海坊主か」

「おそらくは。しかし、この数は桁違いですよ」


 キリキリとリールを巻きながら、アンは冷や汗を滲ませていた。平穏に見える空の向こうに、得体の知れない化け物がある。そんな事実に奇妙な感覚が芽生えてくる。


「釣れるか?」

「やってみましょう」


 ノータイムで頷いて、彼女は早速行動を始める。彼女も釣り人としての矜持と興味があったようだ。アンは手元でリールを操作し、糸の先を動かす。リアリティのある動きで、触手を誘うのだ。

 目も何もない触手がその程度の動きに反応してくれるかは賭けだった。だが、アンには相手の動きが手に取るようにわかっている。


「かかりました!」


 ギリリリ、と糸が緊張する。それと同時に空へと落ちた糸の先が急激に動き、その向こうの存在を示す。

 アンは糸が切れないように細心の注意を払いながらリールを巻き上げていく。

 俺もラクトも、固唾を飲んで見守ることしかできない。

 縦横無尽に糸が動く。それは針についているルアーに興味があるのか。はたまた動くもの全てに襲いかかるのか。細かく検討する暇はない。ただ、アンが釣り下ろしてくれるのを待つだけだ。


「くっ、このっ!」


 苦戦している。

 経験豊富なアンが、奥歯を噛み締めながら対抗している。


「がんばれ、アン!」

「言われ、なくても――ッ!」


 ぐい、とアンが体重を乗せて糸を引く。

 その瞬間、空が崩れ、向こうから漆黒の触手がだらりと垂れ下がった。

Tips

◇『ロングキャスト』

 〈釣り〉スキルレベル40のテクニック。渾身の力を込めて、釣り糸を飛ばす。通常よりも遠い距離まで投げられる。

 飛距離と狙いの精度はスキルレベルと習熟度によって上昇する。


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