第1837話「奔走する管理者」
周囲で警報音が鳴り響き、驟雨の如き騒々しさが都市を席巻する。ウェイドとレゥコが制御塔へ飛び込んだ時、周囲は混乱を極めていた。
『いったい何が起きたのです!?』
『分からないネ。〈黄濁の溟海〉全域で巨大な物体が急浮上してきたネ。それと同時に、フィールドで活動していた全調査開拓員の反応が消失したヨ』
詳細は何も分からず、ただ状況だけを淡々と伝えるレゥコ。ウェイドは顔面蒼白となり、何かを確認する。
『れ、レッジもこれに巻き込まれています! 位置情報がロストされていますよ!』
要注意人物として指定されているレッジは、管理者によって常に捕捉されている。だが、ウェイドは彼の現在地を特定することができない。通信監視衛星群ツクヨミに彼の現在地情報の検索を要請しても、反応が返ってこない。
レゥコもまた切迫した表情で、制御塔にある〈クサナギ〉を駆動させる。
一瞬にして、数千の調査開拓員の反応が途絶した。本来ならば、彼らはバックアップポイントに設定している〈レゥコ〉のバックアップセンターで新しい機体となって目覚めるはずだった。しかし、バックアップセンターは動いていない。
『アイヤー……。2016人の調査開拓員が一瞬にして行方不明になったネ』
調査の結果、レゥコは結論を弾き出す。
一分前まで〈黄濁の溟海〉で活動していた、個人、パーティ、バンドを問わぬ2016人の調査開拓員が、同時刻、一瞬にして消失したのだ。
『ウェイド、ワタシは何をしたらいいネ』
管理者としての経験が浅いレゥコは、迷わず先輩を頼る。ウェイドもまた、これまでの経験から必要以上に取り乱すことはなかった。
『まずは指揮官に緊急事態宣言の発令を申請しましょう。あなたは各管理者の協力体制のハブとして動きます。調査レポートの作成は後回しでいいので、まずは情報収集に努めてください。ひとまず、海上警備NPCを派遣して、現地の情報確認を』
『アイヤー!』
レゥコ、ウェイドの連盟でT-1たち指揮官に緊急事態の報告が挙げられる。三体は即座に周辺情報を精査し、議論の後に決定を下した。
『海上前衛拠点シード01-レゥコ、および〈黄濁の溟海〉に緊急事態宣言が発令されました。該当地域にて活動中の調査開拓員は、管理者レゥコの指示に従ってください。繰り返します――』
高らかに警報が鳴り響き、都市は防衛設備を稼働させる。
完成したばかりの防波装甲壁が次々と立ち上がり、都市内部の区画遮断壁も起動する。NPCによる商店のほぼ全てが閉鎖され、必要な戦闘物資が非常用備蓄倉庫から搬出される。
『ワダツミ、ミズハノメ、ナキサワメ、ポセイドンから海洋調査の支援打診がありました。即時承認し、イカルガの非常時徴発規則により大型輸送機を用いて送らせました。三十三分後に第一便が到着予定です』
『アイヤー、ウェイドがいると頼りになるネ』
『不本意ですが、こういったイレギュラーな事態には慣れているので。レゥコ、都市内の調査開拓員は無事なのですね?』
消失したのは洋上に出ていた調査開拓員たちのみである。都市に留まっていた調査開拓員たちは難を逃れ、突然の緊急事態宣言に困惑している。
『調査開拓員7303人および全NPCは無事ね。……あ、アラート発報後に海に飛び込んだ3人は反応消失してるネ』
『となると、今の海に飛び込んでも反応消失する可能性が拭えません。調査開拓員たちには、不用意に海へ近づかないようにアナウンスを――』
『また5人飛び込んで消えたネ』
『ああもう、こいつら!』
ウェイドが吠え、レゥコは沿岸部に侵入禁止のフェンスを設置した。それを潜り抜けて海を目指す馬鹿者は、警備NPCが跳ね除けるように体勢を整えた。無駄なリソースを使わせるなとウェイドは憤慨するが、調査開拓員には高度な自主性が認められているのだった。
『ウェイド、イカルガから多数の旅客機の着陸要請が来てるネ』
さらに、異常事態発生の報は全ての調査開拓員に猛烈な速度で浸透している。それを受けて血気盛んな調査開拓員たちが〈レゥコ〉目指して移動を始めていた。ウェイドが先手を打って港湾の閉鎖と海上進出の禁止を打ち出していたため、彼らは空路を用いてやって来る。
『全面的に受け入れてください。異常解明と消失者の救出のため、人員は必要です』
『でも、滑走路も空港設備も足りないネ』
『洋上フロートを展開し、臨時滑走路としましょう。建設途中のフロートを全て解放してください』
都市がいまだ落成していないことが功を奏した。まだ建物を載せていない洋上フロートが存在し、即席ながら広大な面積を確保することができた。
ウェイドの指示を受けてフロートが動き、迫る無数の航空機の受け入れ態勢を進めていく。
『海上警備NPCから映像が届いたネ!』
そんな矢先、派遣されていた警備NPCから現地の情報が届き始める。
そこに映し出されたのは、海をかき混ぜるように荒ぶる無数の腕。黒々として滑らかな触手が森のように立ち上がる、悪夢のような光景だった。警備NPCたちは必死に情報を集めながら、その触手から逃げ回る。何らかの手段によってその存在を感知している腕が、次々とイルカ型の警備NPCたちをからめとり、強引に破砕していった。
ウェイドたちに送られる情報も、大きな揺れの直後途絶する。
『反応途絶の原因はこれですね』
『十中八九間違いないネ。ツクヨミからの俯瞰映像でも、同じ足が無数に確認されてるネ』
わらわらと湧き上がるように水面下から飛び出す手、もしくは足。あるいは何らかの器官。正体不明のそれは、二人の管理者も見覚えがある。
『これ、調査開拓員アンが釣り上げていた海坊主のものでしょうか』
『よく似てるネ。てことは食べられるネ』
『そういう話をしているわけでは……。しかし、一つ僥倖でした。レゥコ、あの時のサンプルは確保していますか?』
『……アイヤー?』
ほっと胸を撫で下ろし、手を差し出すウェイド。しかしレゥコはきょとんとして首を傾げる。
『サンプルですよ。レッジたちが海坊主の体組織を入手していたのでしょう。それを解析すれば、敵の正体を理解できるかもしれません』
『……』
『ま、まさか……』
愕然とするウェイド。
レゥコは細い目でそっと視線を逸らす。
『全部タコ焼きになったネ』
『〜〜〜〜〜〜っ!』
声にならない管理者の叫びが、調査開拓員たちの集まる制御塔に響き渡った。
Tips
◇侵入制限パーテーション
都市内部にて人流の制御のため使用されるロープ型パーテーション。管理者の名義で設置されるものには相当の権限が付与されており、無許可に破壊、汚損、および侵害しようとする調査開拓員は警備NPCによる処罰の対象となる。
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