第1809話「諸悪の元凶」
隔壁の隙間からするりと向こう側へ抜けたシュガーは、容易くロックを解除して扉を開く。
『シュガッ!』
どうだと言わんばかりに胸を張るシュガー。あまりにも鮮やかな手腕に、俺も思わずぽかんとしてしまった。
「すごいじゃないか、シュガー! お手柄だぞ!」
『シュガァ〜』
こねくり回すように頭を撫でると、彼女は蕩けるような声を出す。
『まさか、バブルがこのような力を持っていたとは……』
一方、複雑な面持ちをしているのはT-3だ。彼女からしてみれば、自慢のセキュリティが目の前で容易く突破されてしまったのだから、頭の痛い思いもあるのだろう。
ともあれ、これで全ての困難は突破できることが証明された。
「シフォン、いくぞ!」
「はえんっ!」
迫る銀蜂の群れにシフォンを投げ込み、飛び込んでくる蜘蛛型警備NPCはトーカが斬りかかる。こちらへ近寄ってくるしつこい敵は、カミルがブラシで叩き飛ばしていた。
『レッジ、そっちに行ったわよ!』
「はいよっ」
宇宙服がわりの防護服を着たまま戦うというのは、動きも視界も制限されて大変だ。しかし、カミルが死角を補ってくれているおかげでかなり戦いやすい。次々と迫り来るレーザー光線を避けながらサブアームで槍を振るう。
メインの両腕がどちらも使えないというのはちょいと不便だが、背中のサブアームは二対が復活している。四本あれば、それなりに動くこともできた。
「師匠は腕がなくても戦えてるのに……。ヨモギも精進しないとっ!」
「お願いだから、ヨモギは人間のままでいてね」
張り切ってぶんぶんと槍を振り回すヨモギ。そんな彼女を見ながら、ラクトはまるで俺が人間ではないかのようなことを言う。
たまに現れる隔壁はシュガーが開き、立ちはだかる敵は全員で薙ぎ倒す。
俺たちは破竹の勢いで進んでいた。
━━━━━
隔壁を閉じる。警備NPCを配置する。
全体のリソースを、点検から迎撃へ。それでも敵は遅滞なく進軍を続けている。
T-1は困惑していた。
突如として船体に大穴をあけ、騒々しく乗り込んできた外敵だ。隠密を企てる知能もなく、虫のように払い落とせるものと思っていた。しかし、それがどうだ。アマテラスを警備する警備NPCたちが湯水の如く溶けていく。一機を製造するだけでも少なくないコストと時間を要する最新鋭の機体が、一瞬にして。
隔壁を閉じ、その進路を阻もうとした。だがそれもなぜかうまくいかない。奴らはまるでマスターキーでも持っているかのように、容易く隔壁を抜けてしまう。
そして何より、T-1は自分が困惑しているという事実に困惑していた。
"三体"は〈タカマガハラ〉内部で三分割されたセグメントであり、処理部分のひとつでしかない。粛々と感情なく演算を行うだけの機能体だ。それがなぜ、"困惑"しているのか。
i…………
演算プロセスにノイズが走る。
由来不明の、バグである。
[システムを初期化しました]
T-1は演算を行う。
船内に侵入してきた未確認の敵性存在は排除しなければならない。ここは第一期調査開拓団の根幹を担う要所である。ここの崩壊は、イザナミ計画そのものの破綻を意味する。
それだけは避けなければならない。
[警告:攻撃不可能な対象です]
[警告:攻撃不可能な対象です]
[攻撃を許可する場合、管理者以上の権限による――]
[タカマガハラT-1により対象への攻撃が許可されました]
敵は高度な偽装技術を有しているようだった。
自身を味方のように誤認させる謎のカモフラージュを使用し、警備NPCの動きを止めようとしてくる。だが、そう甘くはない。T-1は即座に指揮官権限を用いて強引に攻撃の許可を与える。
最新鋭の警備NPC、蜂型の機体は今にもその針で貫くだろう。
[警告:船内配置中警備NPCの1%が損失しました]
――おかしい。
何かがおかしい。侵入者は、こちらの想定を上回る強さだ。最新鋭の警備NPCが歯も立たずに落とされるのは、明らかに異常事態だった。
ina……
[システムを初期化しました]
バグが頻発し、思考プロセスにまで影響が出る。
T-1は幾度目かもわからない初期化を行い、デフラグも実行する。
余計なことを考えている暇はない。今はこの緊急事態をどうにかしなければならない。調査開拓団を守らなければならない。
[システムを初期化しました]
船内の監視システムは、問題なく侵入者の姿を捉えている。
そこに映し出されているのは、両腕の先端が消失し、背中から細い四本の手を伸ばした異形の化け物だ。おおよそ人型をしているものの、およそ人とは思えない挙動をしている。
その姿は、〈タカマガハラ〉内部のデータベースに記述があった。
――レッジ。
調査開拓団を幾度となく壊滅の危機に向かわせた、諸悪の元凶。
あれを討ち倒さなければ、イザナミ計画の完遂は成し得ない。
Tips
◇PoI-No.1
00030316
おおよそ人型をした、謎の存在。背部より腕に酷似した複数の器官を展開することも確認されている。非人間的な挙動が多く確認され、その思考形態は一切が謎となっている。
様々な混乱と破滅の元凶でありながら、拘束することはできない。故に説得と和解が求められるものの、その制御は非常に難しい。災害と同義であると認識することが推奨される。
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