第1806話「兎達の二重奏」
レティがぴょんぴょんと反復横跳びをして、エイミーが後ろから闘魂を入れる。そんな、やっていることとは別に地味な光景が延々と続く。これは流石に……と誰もが思ったそんな頃のことだ。
「ふおおおおおっ!」
声をあげ、気合いを入れるレティ。彼女の長い髪は宇宙空間で扇のように広がり、波打っている。
その真紅の髪の先端から、パチパチと弾けるように光が放たれた。
「うん? なんだあれは」
「はええ」
目を凝らしてそれを見る。
直後、光は急に激しくなり、バヂバヂと音も大きくなる。青白い鮮烈な光は先端から髪を染めていく。
「うおおおおおっ! 力がみなぎりますよ! ふおおおおっ!」
レティは大きな声で喚起する。髪色が変わっていくことに、違和感を抱いている様子はない。むしろ何十、何百回と『パワーチャージ』を続けたことで、体内に渦巻く暴力的なエネルギーに高揚しているようだ。
「レティ、それ以上は危険な気がするぞ! ほどほどで止めといた方がいいんじゃないか?」
「うおおおおおおおっ!」
俺の声も届かない。
レティは反復横跳びを続け、力を溜め続ける。
今や彼女の長い髪は全て青白い光に染まり切り、白雷を周囲に放っている。乱れる毛束は荒々しく、まるで雷神の如き威圧感だ。周囲の空間が歪んで見えるほどのエネルギーが、彼女の内部に凝集している。
「全身に力が沸いて……今なら何でも砕ける気がしますっ!」
バリバリと爆ぜる音が絶え間なく聞こえる。
レティは目を赤く輝かせ、深い笑みを浮かべてハンマーを振り上げる。
「Letty! 行きますよ!」
「はいっ!」
呼びかける声に応じて、待ち構えていたLettyが飛び出す。
「続け、導け、合わせて、花開け。最愛の者に連れ添うことこそ、我が至極の栄誉なり。――〈連理〉ッ!」
ハンマーを掲げながら紡がれる詠唱。次の瞬間、レティの纏う白雷がLettyに伝染する。二人の動きはまるで鏡合わせのように同じで、揃ってハンマーをぐるりと回す。
両者の状態を共有する魔法によって、レティが溜めに溜めたエネルギーは、一気に二倍へ膨れ上がった。
「『決死の覚悟』ッ!」「『決死の覚悟』ッ!」
揃う声。発動するのは、数秒間だけLPが1以下にならないという無敵テクニックだ。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』ッ!」「『時空間波状歪曲式破壊技法』ッ!」
二人の声が揃う。同時に、彼女たちの周囲の空間が歪む。
LP消費を無視して、代償の多い強力なテクニックを強引に発動してみせる。『決死の覚悟』によってLPは1以下にならない。
「『増幅する破壊の連鎖障壁』!」
白い鋼鉄の装甲の表面に、半透明の赤い障壁が重なる。
エイミーの置き土産。それを砕きながら攻撃をヒットさせると、そのダメージ量がさらに増大する防御アーツ。
用意された的を目掛けて、二つの鎚が迫る。
「うおおおおおおお!!!」「うおおおおおおお!!!」
二人の声が完全に響き合い、見事な重奏を奏でる。
次の瞬間、ビリビリと激しい音がして、宇宙空間に布が舞い散った。
「ふひゃっ!?」
誰かが驚く声がする。
レティとLetty、二人の装備品が、あまりのエネルギーに耐えきれず千切れて弾け飛んだ。それだけならばまだしも、スキンまでもが完膚なきまでに弾け飛び、二人はメタリックなスケルトン状態へと変わる。
それでもなお、彼女たちは止まらない。動き出した岩は転がり続ける。
「咬砕流、一の技――!」「咬砕流、一の技――!」
ハンマーが、
「『咬ミ砕キ』ッ!」「『咬ミ砕キ』ッ!」
衝突する。
━━━━━
01010101。01010101。01010101。
二進数の不規則な羅列は星の瞬きに似ている。黒々とした天幕のなかに輝く、無数の恒星。どこにあるとも知れず、決して辿り着くことはできない、はるか彼方の営みの数。
通信監視衛星群ツクヨミを通じて、常に膨大な情報が送り込まれてくる。それらは単純なオンオフの組み合わせに変換され、調査開拓団最高の頭脳へと注がれる。巨大な、という言葉すら稚拙に感じるほどに巨大な中枢演算装置〈タカマガハラ〉は、シードに搭載される〈クサナギ〉とは比較にならないほどの演算能力を誇る。これによって、数千億、数兆ともいわれる秒間の案件処理を行っているのだ。
七つの輪を持つ開拓司令船アマテラス。そのリングは全て、地表に投下するポッドおよび調査開拓用機械人形の製造と保管に充てられている。それらのリングを貫く長大な艦橋部こそが、〈タカマガハラ〉の王座である。
T-1は仕事をしていた。
機能を喪失し、応答のないT-2およびT-3の担当領域も請け負い、全ての指揮官業務を処理していた。元々、"三体"はどれかが喪失した場合でも業務を続行できるよう十分な余裕が取られている。しかし、2/3が喪失したこの状況は明らかに異常であった。
01010101。01010101。01010101。
数字の羅列を受け入れ、計算し、書き換える。微視的にはごく単純な作業である。しかしT-1はそれを一瞬にして途方もない数こなす。まさしく、星の数ほどの計算を。
この星々の瞬きは、すべてT-1の指先にあるものだ。ここの光は全て、手が届くものである。
だが、T-1に感慨はない。この状況に切迫はなく、焦りも緊張もない。淡々と、状況に応じて規定された行動のみを実行する。流された情報を事前のプロトコルに従って、アルゴリズムに基づいて処理していく。
領域拡張プロトコルの完遂を目指し、それが達成されるまで、延々とこの作業を繰り返す。ここに苦痛はない。不安もない。焦燥もない。
なぜなら、T-1に感情は規定されていない。個性は存在しない。
ただ粛々と、淡々と、着々と、それは計算を続けるだけだ。
いつ終わるとも知れぬ、永遠の闇にひとつずつ星の光を足していく。やがて万天の星空が、その眩い光で地表を照らすと。――そんな詩的な感慨に耽ることもなく。
「――どっ!」
艦橋後方、第9,827地点に衝撃。
深宇宙航行用超高耐久武装装甲に深刻なダメージ。
衝撃回避機構、発動確認できず。
衝撃波及。緩衝装置による相殺は間に合わず。
緊急事態。発生源の除去は不可能。
光の速度で伝達された情報を基に、T-1は〈タカマガハラ〉をセーフモードへと移行させる。情報を全て保存し、処理途中のものは安全に中断する。
「――せぇえええええええいっ!」
轟音と共に、白く滑らかな艦橋に大穴が開いた。
Tips
◇ 『増幅する破壊の連鎖障壁』
四つのアーツチップによって構成される防御アーツ。衝撃中和効果のある術式を反転させた増幅術式を採用し、対象へのダメージ量を増幅させる効果を実現させた。同時に複数枚の障壁を展開可能で、その数に応じて倍率がさらに上がる。
"破壊こそが再生への道筋である"――狂気の防御機術師キルマー
Now Loading...




