第116話「結する欠片」
「レティ、そっち行ったわよ!」
「任せて下さいっ! ――『大波撃』ッ!」
エイミーの声に合わせ、レティは大きく跳躍する。
輝く太陽を背に地面に黒い影を落とした彼女はそこにワニの頭蓋を捉えてハンマーを振り下ろす。
「おうおう、元気にやってんなぁ」
山と積み上がっていくワニやイグアナや四枚羽のトリを見上げて声を上げていると、背後からアストラがやってきた。
「レティさんたちの連携は素晴らしいですね。大鷲の騎士団の戦術顧問をやってもらいたいくらいです」
「そういうのは本人に言ってくれ。ま、どうせ断られそうだが」
乱獲されたワニを引きずって作業場へ移し、腹にナイフを立てながら言う。
アストラもそれは分かっているようで本気で言っている様子はない。
「しかし、迎撃準備のためのエネミー掃討か」
白樹の広場の中心から周囲を眺めれば、レティたちだけでなく多くの戦士たちがそれぞれの得物を掲げて駆け回っている。
〈機械操作〉持ちのプレイヤーによる機械牛の列が絶えず森の各地からやってきては、背中に乗せた原生生物の死体を降ろして戻っていく。
アストラが俺たちに命じたのは、迎撃が始まるまでに森に生息するエネミーを可能な限り消すことだった。
「倒した傍からリポップするもんだと思ってたんだがな」
「たしかにリポップしますしその数に制限もないです。ただ短期間で過剰に乱獲すると、リポップ間隔が極端に長くなってフィールド全体のエネミー数も目減りするんですよ」
「よくそんなことが分かったな」
「酔狂なプレイヤーというのは割合沢山いるんですよ。このゲームの開始直後、〈始まりの草原〉のエネミーウォッチングをしていた人が気付いたのがはじまりです」
「変わった奴もいるんだなぁ」
そこかしこで響く剣戟を聞きながら、解体の手を休めることなく嘆息する。
今もクロウリの指揮下で櫓の詰めが進んでいるし、バリケード建築用の資材の運び込みもスパナたちが作った階段のおかげで始まっている。
彼ら非戦闘員の安全を確保するという意味でも、戦闘職は大いに働く必要があるのだ。
「しかし、俺がこれ全部解体するのか?」
一つ解体する間に十は増えていそうなエネミーの山を見上げていう。
一応、イベントの時にも協力した大鷲の騎士団の解体師たちも出張ってはいるがどう考えても処理が生産に追いついていない。
「まあぶっちゃけ解体せずに開いてもいいと思いますよ」
そこへアストラはすっぱりと言い切ってしまう。
〈解体〉スキルはあくまでボーナスが入るだけであって、別になくても最低限のアイテムはドロップするのだ。
「ええ……。なんか張り合いなくなるな」
「そう言いながら解体班の中で一番の作業効率ですけどね」
アストラが呆れた視線を向けてくるが、こっちも解体には一家言あるのだ。
ワニ含め森の主なエネミーの構造はだいたい覚えたし、話しながらだろうがよそ見していようが半ば自動で刃を進められる。
「そのプレイヤースキルがやばいんですけどね……」
「なんか言ったか? っとと、通信だ」
ぼそりと小さく呟くアストラに首を傾げていると、突然着信が入る。
相手を見ればプロメテウス工業の大工房にいるネヴァである。
「もしもし。どうかしたか?」
『キャンプのカスタムパーツができたわよ!』
達成感に満ちた大きな声がスピーカーから響き、俺も思わず立ち上がる。
通話の内容が聞こえないアストラが首を傾げるが反応している余裕はなかった。
『今はヤタガラスで向かってるけど、かなりの重量よ。下層に運ぶのが大変かも』
「それならダマスカス組合が道を整備してくれてるから機械牛が使えるはずだ」
『それなら問題ないわね。……ああ、それと』
ネヴァが思い出したように言葉を重ね、コツコツと足音を立ててどこかへ移動する。
彼女が通話をスピーカーに切り替えたのか突然工房内の熱気を感じる雑音が入り始める。
『よう、レッジ』
「タンガンか。どうしたんだ?」
スピーカーから響いたのは大工房の主、タンガン=スキーのくぐもった声だ。
『お主から預かったアレ、なんとか鑑定が終わって加工法も分かったぞ』
「ほんとか!?」
『ああ。ただアレはかなり不純物が多いようでな、精錬するとあまり量が残らん。使えるものには限りがありそうじゃ』
そこでだ、と彼は続ける。
『もともとアレはお主のもの。何に使うかはお主が決めてくれ』
「……なるほど。ちょっと考えさせてくれ」
『ちなみに俺はやっぱり武器に使うのがいいと思うぞ! 男なら刃物振り回してナンボだ!』
横から入ってくる威勢の良い声は〈名工〉ムラサメだろう。
彼は攻撃力だけを追い求め究極の武器を打つ、生粋の武器鍛冶師らしい。
『量がないとは言え一人分の防具一式作れんこともない。ムラサメの言うように武器を作るのもいいじゃろ』
『私たちはレッジの要望にできるだけ応えるつもりだから何でも言って頂戴』
ムラサメを抑え、タンガンとネヴァが言う。
そんな彼らに心強さを感じつつ、俺は考えそして結論を出す。
「――」
『……ほんとにそれでいいの?』
「ああ。ていうか、これ以外に使い道が思いつかない」
作り出される素材の特性を説明して貰った上で出した結論。
そこに迷いはなかった。
『分かったわ。じゃあそれができ次第、私たちもそっちに向かうから』
「ああ。……もうあんまり時間もないな、急いでくれ」
『任せろ。ワシらの矜持に賭けて間に合わせよう』
毅然とした言葉と共に通話が切断される。
この瞬間に彼女たちはもう動き出しているのだろう。
「アストラ」
「なんでしょう」
傍で待っていたアストラに声をかける。
解体ナイフをしまい、あとは解体班の皆に任せることにした。
「もうすぐキャンプのカスタムパーツが届く。機械牛を〈水蛇の湖沼〉のヤタガラスポータルに手配してくれ。
俺はキャンプを建てる準備を始めるよ」
その言葉で彼の青い瞳が輝きを見せる。
いよいよ準備は大詰めを迎えていた。
「分かりました。すぐに手配しましょう」
そう言って彼は騎士団員に指令を下す。
すぐさま機械牛が数体列を成し、主であるプレイヤーと共に出発する。
それを見送っていると、白樹の木陰で座っていた白月がのそのそと足下までやってきた。
「もうすぐだ。白月は安心して見ててくれ」
顎下を撫でながら語りかけると、彼はプスプスと鼻を鳴らして角を揺らした。
「アストラ、白樹の周囲を空けてくれ。整地をしておく」
「分かりました」
資材や簡易保管庫の散乱していた広場を片付け、樹の根元に立つ
「『広域地形整備』」
LPの五割以上を消費して地面を均す。
地面を覆っていた低草が消え、濃い褐色の土が露わになった。
若干含まれていた水分が飛び、地面の色が薄くなる。
更に強い力で踏み固められたかのように固くなる。
「これも〈野営〉スキルですか」
唖然とした様子でそれを見ていたアストラが言う。
「まあな。普段は『地形整備』で十分だし、そもそも使わなくてもキャンプが建てられるところが多いから存在感がなかったが」
しかし今回に限って言えば、これほど適したテクニックもない。
ネヴァたちとの打ち合わせによりキャンプはかなり大幅な拡張が施される予定だ。
軽く一軒家程度の面積がなければ収まらない。
俺は焚き火を設置してLPを回復しつつ、整備を繰り返していった。
「レッジさーん!」
森の奥からレティの声がする。
振り向けば、彼女はカスタムパーツを迎えに行った騎士団の機械牛たちと共に広場へやって来ていた。
「届きましたよ、カスタムパーツ!」
「予想よりもだいぶ多いんだけど……」
「これ、お金足りるの?」
付いてきたエイミーとラクトが怯えた様子で見守るなか、隊列を成す機械牛たちからアイテムが取り出される。
一番よく目立つのは銀色に輝く装甲板だろう。
これこそが今回の作戦の肝、これがなければ始まらない。
だがそれだけではない。
装甲板を支える柱や、衝撃を吸収するジェルを充填したパッド、自己修復機能を備えたナノマシン溶液、物理だけでなく電磁的な衝撃も受け止めるシールド発生装置などなど……。
いくつもの生産スキルが複合して作り上げられた傑作の数々がそこに並んでいた。
素材の提供も惜しみなくやったが、この時点で破産は確定的である。
「レッジさん、あと三十分です」
アストラが強張った声で言う。
「人員の配置を頼む。俺はこれを組み立てる」
彼は頷き命令を伝える。
ただちに森中で掃討を行っていたプレイヤーたちはそれぞれの持ち場である櫓へと移動を開始する。
「さあ、ぶっつけ本番だが――」
パーツは揃った。
金も用意した。
もう、後には引けない。
俺は一度息を吸い、キャンプセットのカスタムウィンドウを開いた。
「――『野営地設置』」
LPが大きく減る。
それと共に、並べられたパーツたちが一斉に動き出した。
Tips
◇ロングタンイグアナ
長い粘着質の舌を持つイグアナ型の原生生物。濃緑色の体表は木陰に潜み、樹上に留まったブラストバードなどの目を欺く。肉食性で鋭い牙を持ち、一日中ほとんど動かない忍耐と一瞬で獲物を捉える瞬発力を有する。その肉はやや臭みはあるが適切な処理をすると非常に美味。
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