第110話「集結する名士達」
「さっきのアナウンスは全プレイヤーに通達されていますね。掲示板に色々書き込まれています」
「そのうちここにも集まってきそうね。それまでに何かしら方針を決めておかないと」
掲示板の各スレッドを手分けして読んでいたレティたちが報告を上げてくる。
さっき大きく啖呵を切ったものの、どうしたものか肝心の作戦が決まっていなかった。
「とりあえずお知り合いに声を掛けてみては?」
「そうだな。そうしよう」
ひまわりの提案を受け、フレンドリストを開く。
以前はできなかった通信はあの岩を壊した直後に復帰していた。
ひまわりたちは岩に磁力のようなものがあり、それによって通信が阻害されていた可能性を検討しているようだ。
「――アストラ、急にすまないな」
最初にコールしたのは大鷲の騎士団の若きリーダー、アストラ青年だ。
彼の協力を取り付けられれば、大きな助けになる。
『こんにちは、レッジさん。もしかしてさっきのアナウンスの件ですか?』
相手から反応があったかと思えば、開口一番に用件を当てられる。
驚きながら肯定すると、彼はクスクスと声を漏らした。
「よく分かったな」
『なんとなくそんな予感はしましたよ。レッジさんが何もなく俺にテルしてくるとは思いませんから』
「そ、そうか……」
相手は攻略組のトップということもあって多忙だろうと思って連絡を取ることは殆どなかった。
ていうか、今回が初めてかも知れない。
……これからはもっと気楽に掛けてもいいのか?
『今、銀翼のみんなと一緒に急行してるところです。もうすぐで着きますけど、どうしたんです?』
「ああ、実はな――」
俺があらましを説明し、協力して欲しい旨を伝えると、アストラはまたも堪えきれずといった様子で喉で笑う。
『なるほど、レッジさんらしい。……分かりました、大鷲の騎士団もできる限り協力しましょう』
「ありがとう。心強いよ」
『ついでに他のグループにも声を掛けておきましょうか?』
「ケットとメルはこっちから直接連絡しようと思ってる」
『じゃあそれ以外のところに。俺たちもすぐ合流できると思うので』
そう言ってアストラとの通話が切れる。
「どうでした?」
レティたちが不安げにこちらを見てくる。
俺が頷くと、彼女たちの表情も和らいだ。
「あとは黒長靴猫のケットと七人の賢者のメルか……」
「改めて聞くと、やっぱり普通の人脈じゃないよね」
「そもそもアストラさんとのホットライン持ってる時点で……」
何故かエイミーたちが諦観したような視線を送ってくるが、生憎時間が無いのだ。
俺はその後、トーカとミカゲの姉弟やネヴァにも連絡を取る。
ひまわりもレングスに声を掛け、色よい返事を貰えたようだ。
「レッジさん! お久しぶりです」
そんなことをしていると、茂みがガサガサと揺れて奥から銀の鎧に身を包んだ青年が飛び出してくる。
青いマントに付いた葉っぱを払いながらやってきたアストラは、がっしりと俺の手を握って上下に振った。
「お、おう、久しぶり」
「元気そうで何よりですね」
「アストラもな……」
妙にテンションの高いアストラの若さに気圧されながら、俺は彼の後ろからやってくる一団に気がついた。
「アイもいたのか」
「はい。一応、副団長なので」
大鷲の騎士団の標準となっている鎧を着込んだ少女はそう言ってはにかむ。
彼女の更に後ろには、大鷲の騎士団の前身である銀翼の団をアストラと共に創設した四人と、彼らを守るように囲む強そうな団員たちが続き、かなりの大所帯でやって来たことが分かる。
「あはは。これでも一応機動力を重視して数を絞った精鋭なんですよ」
そんな俺の視線に気付いたのかアストラが爽やかに白い歯を見せて笑う。
「確かに、有名な人たちばっかりですね」
「そうなのか?」
「ほんとレッジさんそういうの興味無いですね……」
戦慄するレティにこそこそと囁くと、彼女はがっくりと肩を落とす。
俺も覚えようとはしてるが、会ったことすらないとどうにも難しいのだ。
「にゃっほーぅ! レッジくんオヒサだね!」
銀翼のメンバーたちに挨拶しようと足を踏み出したとき、森の奥から底抜けに明るい声がした。
直後、茂みから飛び出してきたのは黒い影。
それはクルクルと三回転して綺麗な着地を決めると、鞠のように跳ねて俺の間近まで迫ってきた。
「け、ケット。来てくれて嬉しいよ」
「にぁ、面白そうだったからね! 好奇心は猫を殺すって言うけれど、猫には8億兆万の魂があるからね! 三つ子の魂百まで、猫の魂八百万まで!」
「お、おう……」
妙にテンションの高いネコ型ライカンスロープの青年は、黒長靴猫――BlackBootsCatのリーダーを務めるケット・Cという。
BBCはネコ型ライカンスロープだけで構成された攻略グループで一人一人が卓越した技量を持つ個の側面の強い集団だ。
名前の通り、メンバーは全員黒い長靴を履いていて、更に目深にツバ広の帽子と短いマントを纏ったケット・Cはさながらどこかの童話に出てくるような風貌をしている。
「ケットは一人だけか?」
「うんにゃぁ、他の子もいるんじゃねーの? 知らないけどね! あ、でもMk3はその辺で見た気がするにゃー」
「相変わらず気ままなメンバーだな」
「そこがBBCの良いところにゃー」
ごろごろと喉をならして笑うケット。
無邪気な性格の青年だが、こう見えて銀翼の団の〈灰燼〉アッシュにも引けを取らないシーフだという。
あんまり知らないが。
「レッジさん! お久しぶりです!」
「……ひさしぶり」
続いて駆けつけてくれたのは、トーカとミカゲの和装姉弟だった。
二人とも装いが以前とは違っていて、トーカは袴がより深みの増した黒いものに、ミカゲは腰の忍刀が橙色の根付けが付いたものになっている。
「二人もよく来てくれたな。ありがとう」
「レッジさんにはご恩がありますから。……それにしてもこの錚々たる面々はいったい?」
トーカはアストラやケットたちからの視線に萎縮した様子で囁く。
彼女もそちら側だと思うのだが、本人はその自覚はないらしい。
「今回声を掛けた人たちだよ。トーカたちと同じく、心強い仲間だ」
「そうですか。よ、よろしくお願いします」
トーカは納得しながらも緊張した面持ちで彼らに挨拶をする。
「彩花流のトーカさんだよね。イベントの時も見たよ」
「にゃぁ。キミがトーカちゃんか。じゃあ後ろのキミはミカゲくんだね?」
有名な二人に話しかけられ、トーカはすっかり恐縮してしまう。
ミカゲも表情が強張っていて、緊張しているのがよく分かった。
「レッジ、あれが普通の反応だからね」
「そうなのか……?」
隣にやって来たエイミーに言われ、首を傾げる。
どちらも気の良い青年で話しやすいと思うが……。
「やあ、随分賑やかじゃないか」
そこへ新たな声が加わる。
顔を上げれば、煌びやかな緋色のローブを纏ったフェアリーの少女が俺を見上げていた。
「メル。来てくれてありがとう」
「なに、言われなくともここには来ていたさ。なにせワシは面白いことに目が無いのでね」
そう言ってクツクツと笑う彼女は、七人の賢者のメンバーであるメルだ。
赤髪と赤い瞳とレティと同じような真っ赤な容姿で装備まで赤く、得意としているのも火属性のアーツである。
「攻略組はみんな面白いことが好きなんだな」
「そりゃあそうさ。好奇心が強くなければ、攻略組なんて面倒なことやってられないからね」
「わ、わ、メルさんだ! こんにちは!」
軽く話をしていると、ラクトが目を輝かせてやってくる。
同じフェアリーの女性かつアーツ使いということで、彼女はメルのことを敬愛しているのだ。
「やあラクト。元気みたいだね」
「うん。メルさんもね」
フェアリーの少女二人がわちゃわちゃと楽しげにしていると、なんだか微笑ましい光景が生まれる。
「おっと、いつの間にか結構人が増えてるな」
ふと周囲が騒がしいのに気付いて顔を上げると、俺たちを囲むようにプレイヤーの集団が形成されていた。
彼らはアストラたちを遠巻きに見つめていて、ドーナツ状の黒山を作っている。
「レッジさん、そろそろ説明したほうがいいんじゃないですか?」
「そうだな。えっと……」
アストラがやって来て言う。
俺は頷きどう言ったものか迷っていると、彼は苦笑した。
「とりあえずキャンプを建てて、その上から言った方がいいと思いますよ」
「ええ……そんな演説みたいな」
俺が目を丸くすると、ケットが呆れたように声を漏らす。
「にゃぁ、なんでそう自覚がないのかな。ここにいる皆に聞こえないとダメでしょ」
「そ、そうなのか……」
「ワシらを集めたのだから注目されるのは当然だね。ほらほら」
メルにも背中を押され、俺はキャンプを建ててその屋上に立つ。
アストラ、ケット、メルの三人が背後に付いてくれて頼もしいが、余計に緊張を呼ぶ気もする。
表情を硬くしながら高いところから見下ろすと、白樹の周囲に大勢のプレイヤーが集まっているのがよく分かった。
「緊張するな……」
「慣れですよ、慣れ」
アストラが気楽に言う。
彼はイベントの時も堂々と演説していたし、慣れているのだろうが……。
「レッジさーん、頑張って下さーい」
下からレティが声を上げる。
ざわざわとしていたプレイヤーたちが、俺に気がついて視線を向けて静かになる。
もう後戻りはできなかった。
「ええいままよ……」
「それほんとに言う人初めて見ましたよ」
アストラの突っ込みにも反応できず、俺は大きく呼吸を繰り返す。
そして俺は、眼下のプレイヤーたちに向かって声を上げた。
Tips
◇影踏みの長靴
分厚い革製の長靴。闇に溶けるような黒で染め上げられており、しなやかになめされている。夜を歩く猫のように足音を消してしまう。
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