第105話「休息の席」
今話から第3章です。
これからもよろしくお願いします。
俺が白月と共にスサノオ地下のホームに降り立ち一時騒然としたのも束の間、各地で同じようにパートナーを得たプレイヤーの情報が掲示板に書き込まれていた。
「アストラさんは白鷲をパートナーにしたらしいですよ」
「へぇ、ぴったりじゃないの」
またもやひまわりに手伝って貰い地下トンネルを駆使して脱出した俺たちは、いつもの喫茶店〈新天地〉で一息ついていた。
レティはオレンジソーダを飲みながら掲示板を巡回し、そこに書き込まれていく情報を読んでいる。
ラクトは砂糖入りのコーヒーを飲みつつぼんやりと窓の外の往来を眺めているし、エイミーはお腹が空いたとチーズドリアを食べている。
俺の隣ではひまわりが紅茶を傍らに凄まじい勢いでキーボードを叩き、集めた情報をwikiにアップしていた。
「このままパートナー持ちが増えて、俺も目立たなくなればいいんだがな」
机の下で丸まり船を漕ぐ白月を見て項垂れる。
こいつを目立たず持ち運べるボールでもあればいいんだが、そんな便利な物はないらしい。
「でも新天地は白月も連れて入れるんですね」
「まあ俺たち含め全員ロボットだしな」
割と忘れていることの方が多いが、俺たちはあくまで機械人形であって生身の人間ではない。
意識はあくまでも高度な人工知能という設定である。
「しかし白月は何ができるんだろうな? 戦闘を手伝う、というか俺の護衛してくれたらありがたいんだが」
「さっき開祖になったばかりの人が何言ってるのよ」
呆れた顔でエイミーが言うが、俺としては真面目な話なのだ。
そもそも俺はスローライフが送りたいのであって、殺伐とした戦闘は苦手な平和主義である。
「お前、強いのか?」
テーブルの下でこくりこくりと頭を揺らす白月に声を掛けるも、返ってくるのは気の抜けた鼻息だけだ。
今のところ白月は俺のパートナーになったと言うこと以外、なにも分からない。
「そういえば、特別任務は特に進まなかったわね」
ドリアを食べ終えたエイミーが皿を消しながら言う。
地下駅から脱出した俺たちは、ひとまず任務の報告をするために上階の中央制御区域に行った。
しかし任務の進捗度が少し進んだくらいで、それらしい報酬を受け取れたわけではなかったのだ。
「これからまだなにかしなきゃいけないんでしょうね。でも具体的な指示が何にも書いてないんですよねぇ」
レティが任務の内容を確認して唇を尖らせる。
特別任務は一応一通り受注しているのだが、そこには明確なことはなにも書かれていない。
何段階かに分かれている感じはするが、現在は第一段階の『未開拓領域の調査』というところで止まっている。
「レッジさんが壊した岩の下にあった芽も、なにか関係あるんでしょうか」
「まあ何もないこともないだろうが……。なんにせよまた行かないといけないな」
現時点ではまだ新たなフィールドの表層を少し撫でた程度でしかないだろう。
あそこで何が待っているのか、まだ俺たちは何も知らない。
「ラクトはなんか気付いたことあるか?」
「ほわっ!? い、いや、何にもないかな。特に新しいアーツチップも見つからなかったし」
ずっと上の空だったラクトに声を掛けると、彼女は飛び上がって驚く。
やっぱり帰りにやったことを相当根に持っているらしい。
「む、ちょっと奥さん聞いて下さいよ」
そこへレティがにゅっと視界に現れてディスプレイをこちらに向ける。
表示されているのは掲示板のとあるスレッドだ。
「なんだ?」
「ほらここ。瀑布だけじゃなくて、他の三つのフィールドにも大きな岩があったらしいです」
「ほう? それもなんか怪しくなってきたなぁ」
レティの話に眉を寄せる。
あの岩は〈鎧魚の瀑布〉特有のギミックか何かだと思っていたが、この様子では四つのフィールド全体で統一されたものという可能性も出てきた。
まだそれらは破壊などされていないらしいが、すぐに他のプレイヤーによって何らかのアクションが行われるだろう。
「また瀑布に行くのはいいとして、ちょっと装備も更新したいかな」
エイミーが眉を八の字にして言う。
どうやらスケイルフィッシュやナメクジを相手にして、装備の性能不足を実感したらしい。
「それならわたしも。短弓は壊れちゃったし、防御力も流石にこのローブだとキツいから」
ラクトも手を上げて彼女の話に乗っかる。
俺とレティは直前に装備を更新したばかり、ということもあってその必要はないだろうと判断した。
「そういえば、ひまわりはその服どうしたんだ?」
俺は勢いよくエンターキーを押して紅茶を飲むひまわりに話題を振る。
彼女は少し驚いた様子で眉を上げ、カップをソーサーに置いた。
「これはNPCから買いました。こういった衣装を専門的に揃えているお店があるのですよ」
「なるほどなぁ」
彼女が身に纏っているのはフリルの多用された黒いゴシックロリータ調のドレスだ。
凄く機動性に難があるような気がするが、彼女が愛用しているということは問題はないのだろう。
「ただまあ……」
そう言って、ひまわりは困ったような顔で胸を見下ろした。
「流石に性能も頭打ち感が否めませんね。一番いいのを買ったんですが、所詮はNPCショップのものですから」
このゲームでは基本的にNPCが販売しているアイテムよりもプレイヤーが生産するアイテムの方が高性能であることが多い。
スサノオ周辺のフィールドに出るだけならNPC製でも問題はないだろうが、流石に新フィールドくらいからは敵の強さに追いつけない。
「それじゃあひまわりさんも一緒に行きませんか? レティたちがお世話になってる生産者さんがいらっしゃるんですが」
レティが気さくな笑みでそう提案すると、ひまわりは名前の通り明るい表情で頷いた。
「ぜひ、お願いしたいのです!」
†
ネヴァの居宅兼工房へとやってきた俺たちは、まず彼女にひまわりを紹介した。
「わ、私はひまわりと言います。よろしゅきゅ、よろしくおねがいしましゅ……」
「あはは。私はネヴァよ。よろしく」
とても緊張した様子のひまわりとは対照的に、ネヴァはいつもと同じ明るい声で握手を交わした。
ひまわりは人見知りする性格なのだろうか?
「いやぁ、レッジたちがお客さん連れてきてくれるなんてねぇ」
人脈は宝ね、とネヴァが白い歯を見せて笑う。
「今着てるこういう装備が好きみたいなんだが、大丈夫か?」
「任せて頂戴。生産スキルは全部得意なんだから」
一応尋ねてみると、彼女はぼんと胸を叩いて頷く。
あまり疑っていないがやはり頼りがいのある職人だ。
「それじゃあ二階に行きましょうか」
詳しい話はそこでとネヴァが二階に上がる。
それにレティたちも付いていき、俺も続こうとしたが、硬直したままのひまわりに気付いて立ち止まる。
「ひまわり、どうかしたか?」
右手を出したままの彼女はぷるぷると肩を震わせながら俺を見る。
首を傾げると彼女はかっと目を見開いてにじり寄ってきた。
「レッジさんたち、ネヴァさんとお知り合いだったのです!?」
「おおお? いや、まあそうだが。そんな驚かれるとは……」
彼女は頬を紅潮させ興奮しているようだった。
はわわ、と可愛らしい声を漏らしながら落ち着かずに足を二、三度踏む。
「ネヴァってそんな有名なのか?」
「そりゃあそうですよ! 普通の生産者が家持てると思いますか!?」
「いや、家の値段知らんから……」
しかしまあ確かに、それなりの腕がないとイベント特需とはいえ稼ぐことは難しい。
それが家を買うほどとなれば確かに彼女の凄さの片鱗が見えた気がする。
「うぅ、緊張しちゃいますよ……」
「そんなになるほどなのか」
「レッジさんはほんと、少しは情報集めて常識を身につけた方が良いと思いますよ」
小さな少女にそう説教されて、俺は素直に頷くことしか出来なかった。
「おーい、二人ともなにしてるのー?」
そうしていると階段の上からネヴァが声を掛けてくる。
俺はひまわりの手を引いて、急いで二階へと駆け上がっていった。
Tips
◇チーズドリア
たっぷりのチーズをこんがりと焼いたドリア。シンプルな味付けでどこか懐かしい。喫茶〈新天地〉の人気メニューのひとつ。
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