第103話「帰還者達の夜明け」
「『リフレクトガード』! っ、流石に防ぎきれないわね」
「これだけなら避けられます!」
白くどろどろとした腐食液を双盾で受け止めながらエイミーは眉間に皺を寄せる。
彼女の盾は通常のものよりも幅が狭く、液体の攻撃を全て抱えきるのは難しい。
しかしエイミーの隣から飛び出した赤い影は、彼女が防ぎきれなかった飛沫を軽々と飛び越えて黒いハンマーを振り上げる。
「おりゃああああああ!」
空中でぐるぐると三回縦回転をして威力を溜め、その勢いを余すことなくヘッドに乗せて地面を叩き付ける。
「バーニング流、『大波撃』! です!」
ハンマーヘッドは地面を穿ち、周囲へ波の様に揺れを響かせる。
隆起した地面に青白いナメクジの巨体が持ち上がり、叩き付けられる。
「コードブ流――『冷却する針の乱れ矢』」
体勢を崩したナメクジたちに、間髪入れることなく降り注ぐ氷の矢。
身体に突き刺さった瞬間に傷口ごと凍結し、毒血が吹き出すこともない。
「……あの二人、技の前に何言ってるんだ?」
「あの子たちも流派が欲しいんでしょ」
「にしてもネーミング……」
俺は一歩引いたところでレティとラクトの獅子奮迅たる活躍ぶりを眺めつつ、ノリノリの二人に微妙な顔をした。
なんやかんやと言いつつ、ナメクジの扱い方も分かってきたようで戦いは順調だ。
本人たちが楽しいのなら外野がどうこう言うこともないだろう。
「ぬぅ、しかし打撃があまり通らない身体ですね。ほぎゃああ!?」
「っ! どうした?」
「腐食液全身にぶっかけられました!」
レティがぶにぶにとしたナメクジの身体をハンマーで叩いていると、視界の外から別の個体に腐食液を掛けられたらしい。
全身にどろどろと白い液体を浴び、涙目で後方へ下がってくる。
「医療班こちらへ! 水と丸薬を!」
後方へ下がってきた彼女は瞬く間に駆けつけた忍者たちに囲まれる。
バシャバシャと水を浴びて腐食液を流し、損傷しかけているところに塗り薬をすり込まれる。
「これを」
「こ、これ苦いので嫌なんですぎゃああ!」
首を曲げて逃げるようにする彼女の口にも、強引に深緑の丸薬が押し込まれる。
カナヘビ隊の後方支援人員の中には、〈調薬〉スキルを持つ医療班もいた。
彼らはキャンプで俺たちが休んでいる間に、このフィールドで見付けた様々な薬効のあるアイテムを組み合わせて、腐食液に対する治療法を確立していたのだ。
「う、うげえええええ……」
「大丈夫ですか? 丸薬はまだありますよ!」
「も、もう大丈夫ですピンピンしてます! では行ってきますので!」
緑に染まった舌をだらんと垂らして青い顔をするレティは、LPの減少も止まって元気そうだ。
その証拠に彼女はすぐにまた前線へ復帰していく。
「ムビトの隊は優秀だな」
「そうでありましょう。拙者も自慢の粒ぞろいですからな」
いつの間にか隣にやってきていたムビトがうんうんと深く頷く。
レティたちが洞窟攻略戦線に加わったこともあり、彼はこうして後方の指揮に専念していた。
「密林の毒鳥で、隊員を一人見殺しにしてしまいましたからな。しかしその時の経験でフィールドに存在する毒はそのフィールドのアイテムでなんとかなるということも覚えました」
「なるほどな。しかし出先じゃあ設備も整ってないだろ」
「そこは、フィールド先遣専門部隊の腕の見せ所でござる」
ニンニン、と人差し指を握る忍者ポーズをしながら彼は得意げに言う。
その言葉が決して冗談ではないことは、すでに俺たち全員が知っていた。
「チームでのフィールド調査というのも、なかなか参考になりますね」
妙につやつやとした顔でやってきたひまわりが、満足げに言う。
彼女はさきほどまでカナヘビ隊の調査班と共に洞窟の地形や採取可能アイテムについて調べていたはずだ。
どうやら同業同士、学ぶことも多かったらしい。
「この洞窟はアイテム取れるのか?」
「ナメクジの素材以外だと、コケ類と鉱石が少々。まあ危険性を考えるとそれほど重要なものではありませんね」
彼女の携えるメモ帳には、細かな字がびっしりと書き込まれている。
それを元に情報を整理してwikiで公開するらしい。
「レッジさーん、ちょっと手伝って下さーい!」
「量が多くて捌ききれないよ!」
前線の方から声が上がり、顔を向けると無数のナメクジに囲まれたレティたちが見えた。
流石にあの量では多勢に無勢だ。
「黒霧島!」
「はっ」
ムビトの指示で黒霧島が飛び出してくる。
俺も槍を構えて彼女たちの元へ走る。
「微力ながら援護します」
左右からのし掛かってくるナメクジにガラス瓶が投げつけられ、大きく痙攣する。
振り返ると綺麗な投擲フォームを決めたヒマワリがにっと笑った。
「レティ、ラクト、エイミー、ちょっと退いてろ」
「レッジさん! お願いしますっ」
槍を構え、ナイフを握る。
俺は先頭に躍り出ると、後方の数頭を彼女らに任せて呼吸を深くする。
「もう慣れてきたぞ」
洞窟は長く、再度攻略に挑んでから今までも何度かこうした群れに遭遇していた。
そのたびに俺が出張り、あの技を使う。
そのおかげで今では振り回されることもなく、御することもできるようになっている。
「ふぅーーー」
腰を低く落とし、前傾姿勢。
視線は上げて迫り来る敵を捉え続ける。
イメージするのは全てを飲み込む狼の群れ。
「風牙流・一の技」
全身の筋を引き絞り、弓のようにしならせる。
限界まで力を溜め、極限まで敵を近づける。
「――『群狼』」
敵が線を越えた瞬間に全てを解き放つ。
空を掴み、風を纏う。
鋭い牙が吹き乱れ、鈍重なナメクジたちに喰らい付く。
「ひゅぅ! やっぱりかっこいいですね!」
「いいなぁ。わたしも流派が欲しいなぁ」
後ろからの囃し立てる声も周囲の暴風にかき消される。
風が消える頃、そこには物言わぬ肉片だけが散らばっていた。
「ふぅ。終わったぞ」
「お疲れ様でした!」
「おぶっ!?」
振り向くと同時に突撃してきたレティが下腹部にタックルを決める。
彼女をなんとか受け止めて、横に下ろす。
「二人とも、前を見て!」
そこへエイミーの上擦った声。
振り返ると、暗い闇の先に小さな光が見えた。
「あれは……」
走るほどに光は大きくなっていく。
だんだんと空気は新鮮で清涼なものへと変わっていき、水の流れる音も届き始める。
「おお……、戻れたぞ!」
そうして俺たちはついに、〈鎧魚の瀑布〉の上層への帰還を果たした。
洞窟の先は反り返った崖になっていて、その下には静かな水面が広がっている。
滝は遠くにあるのか、激しい落水の音は聞こえない。
「やっと戻れましたよぉ」
「疲れたわね……」
レティがハンマーを杖代わりにして項垂れ、エイミーも肩を落とす。
後ろではカナヘビ隊の面々が互いに抱き合ったりして喜びを分かち合っていた。
「これは、洞窟経由で下に降りるのは少し大変ですね」
崖を見下ろしひまわりが言う。
ネズミ返しのように反り返った壁面は、〈登攀〉スキルが高くても少し苦労しそうだ。
「あくまで一方通行のようですね。なかなか意地が悪い」
ムビトも覆面の下で笑い、ぴょんと崖から飛び降りる。
忍者だけあって軽快な身のこなしだ。
「さあ、上層へ戻れたとてまだ道半ば。スサノオまでもう少し踏ん張りましょうぞ」
「おーう!」
崖下から声を上げるムビトに、しまたち隊員が拳を上げて応える。
「俺たちも降りるか」
「うう……」
次々に飛び降りる忍者の後を追おうと足を踏み出すと、不意に裾を引っ張られる。
振り返ると、表情を硬くしたラクトが俯いて立っていた。
「あの、レッジ……」
「どうした?」
小さく唸ってうにゅうにゅと煩悶する彼女に首を傾げる。
「どうしたんですかー?」
「はやくはやくー」
崖下からはすでに飛び降りたレティたちが不思議そうに見ている。
「あの、その……ちょっと高くない……」
「もしかして、高所恐怖症だったか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
首を横に振って否定するが、彼女は崖際までやってこない。
少し考え、俺はあることに思い当たった。
「もしかして、この前の川に落ちかけたのを思い出すのか」
「うぅ……」
どうやら正解らしい。
俺は小さく肩を竦めると、彼女の両肩に手を置く。
「あのときだって、落ちなかっただろ。大丈夫、俺が付いてる」
「う……」
しかし勇気が出ないらしく、彼女は俯いたままだ。
崖下からはなかなか飛び降りてこない俺たちをレティたちが不思議そうに見ている。
「仕方ないな。ちょっと失礼」
「ふわっ!?」
俺はラクトの腰に手を回し、抱き上げる。
ちょうどお姫様抱っこのようにして、しっかりと掴まっているように言う。
「よっと」
「ふああああっ!?」
飛び降りると、ラクトが悲鳴を上げてぎゅっと腰を抱きしめる。
「ほにゃあああ!? ら、ラクト何やってんですか!!」
何故かレティも悲鳴を上げていたが、問題なく下に着地する。
「ほら、大丈夫だったろ」
「あう……あう……」
ラクトを下ろすと、彼女は顔を真っ赤にさせてふらふらとよろめく。
「流石に無遠慮すぎたか。すまない」
「いや、あの、ありがとうございます……」
少し後悔して謝罪するも、彼女は俺の手を握って頷く。
「それなら良かった。じゃあ帰るか」
そうして俺たちは再び、スサノオへの帰路へ就いた。
いつの間にか夜は明けて新たなる朝がやってくる。
だんだんと白む薄霧の中を軽い足取りで進む。
Tips
◇防腐の丸薬
〈鎧魚の瀑布〉に自生するいくつかの薬草と、原生生物の素材を調合して作り上げた丸薬。深緑色の少し湿った、拳より少し小さい、一見すると泥団子のようにも見える、しかしれっきとした薬。総天然素材。現地で薬効だけを求めて応急的に作られたものであり、使用者からは強い改善要求を受けている。
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