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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リ・レンジ

作者: 末基 柚図

予告なしに『偽りの星々』とは別作品を上げてしまい申し訳ございません。

一か月ほど書く時間がまともにとれないため、完成している作品を投稿して繋ぎをしていこうと思っています。


突然ですがお願いします。

      一



 足の裏から伝わる地響き。緩やかな下降に包み込まれることで彼らはエレベーターに載せられたのだと理解するだろう。

 無骨なコンクリートに周りは金網のフェンスで覆っているだけで、使用者に対して配慮のないエレベーター。当然、下から吹きつける生ぬるい風は彼らを不気味な感情にさせるのはたやすい。薄暗い下降する箱を等間隔に照らす電灯の光に何人かは眩しそうにたじろいだ。


「ざわつくな!」

 誘導人が野太い声で一括すると同じ服を着た搭乗者達は身を固くした。


 直立不動のまま数分が過ぎた頃、下から一際強い輝きがエレベーター内を包み込み、いままで反応を示さなかった人間達も思わず背けた。

 目元を覆っている生地はとても薄いのか突如現れた強い光を防ぐことができなかった。


 やがて箱全体にブレーキがかかり、膝に自然と力が入っていく。

 到着音とともにさびた金属が軋ませながら前方のフェンスがひらいた。


「さっさと歩け」


 手首を枷で拘束され、数珠繋がりのように鎖で結ばれた囚人達は引っ張られるようにして歩かされる。

 整備されていない箱から出ると、硬質な感触から変わり、芝生の柔らかい感触に嗚咽を漏らす囚人もいた。

 囚人達がのそのそと出てきたのを確認すると、先頭で誘導していた看守は一つ一つに繋がりを断ち切らせ、

「あとはてめえらで何とかするんだな」

 といいドササッと複数の重い音とジャラっと軽い金属の音を残してエレベーターの乗り上へと戻っていった。


 腕に自由が戻った囚人達は各々に目隠しを外していく。

「な、なんだここは」

「外、なのか」

「どこなんだここは」


 眼に入った情報から思ったことを口にしていく中で、カチャという音が聞こえ、音の出所へ集中した。

 すると、一人の囚人が手首の調子を確認していた。彼の手首には枷であった手錠が取れており、足元を確認すると取れた手錠が落ちていた。


「お、おまえ、どうやって!」

「抜け駆けはずるいぞ!」

 自己的な人間達はすぐに声を荒らげるが男は不愛想に言った。


「鍵ならそこの小さな袋の中に入っていた。自由になりたきゃ外せよ」

 そう言うや否や囚人達は餌を撒いたら寄ってくる鯉のように小袋の取り合いが始まった。


 一人の青年は落ち着くまで待とうと思ったのか静観している。

 手錠を外した男は見るに耐えられなくなったのか、看守が置いていったもう一つの荷物を漁り始めた。

 その様子を見ていた青年は気になり近づくと、人数分の腰巻バッグがあることに気づいた。


「あ」

 見慣れた物への懐かしさに声が出てしまい、男がくるっと振り返った。


 眼つきが鋭く睨んでいたため、青年は後ずさりしてしまう。

 男は気にも留めずに手に二つのバッグを持つと一つは自分へ、もう一つを青年の腰へと装着させようとしていた。

 先程の表情から似合わない動作に声を失った。


「すまないが、こういう顔つきでね。小さい子をよく泣かせていた」

 男は青年の腰にベルトを通しながら呟いた。

「いえ、こちらこそすみませんでした。見た目で判断してしまって」

 青年が謝ると、男は気にしなくていいというように立ち上がって、


「私は鮮花(あざか)辰則(たつのり)だ。よろしく」

阪橋(さかばし)久良丞(くらすけ)です」

 鮮花から握手を求められるが、阪橋はまだ解除されていない。それに気づいた鮮花が、

「すまない。配慮が足りなかったようだ」

「いえ気にしないでください」


 阪橋は取り合いから解放されボロボロになり果てた小さな袋から最後の鍵を口にくわえて、手錠の鍵穴に差し込み解除する。

 自分を縛るものがなくなり周りを見る余裕が出たのか周囲を確認する。

 森が眼のまえに広がっており、開けた場所は自分達がいるここだけのようだ。

 背後には高くそびえ立つコンクリートの壁が周囲を覆っている。その一部にぽっかりと四角に切り取られた部分がある。エレベーターの出入り口だ。

 近くに寄っても呼び出しボタンはないと阪橋はわかっていた。


 ほかの囚人達はやんややんやと騒ぎながら鞄の争奪戦をおこなっているせいなのかは不明だが鳥の鳴き声が全く聞こえない。


「気づいたようだね」

「鮮花さんも?」


 阪橋は鮮花の服装を眺めた。ほかの囚人達も同じ服装で、灰色の生地でできたツナギのようなものでできていた。ただしポケットがなく、ものを隠し持つことができない構造となっていた。


「ここは地上ではないようだ」

「どうして」

 いくら動物の活動がなくともここが地上ではないという判断にはならない。

 彼もそれを理解しているからこそ顔を上へと上げた。


「人口太陽がある」

「え?」

 阪橋も確認すると青空が広がっていた。

 しかしよく見ると青空に奥行きがなくのっぺりしていることから、天井にプロジェクションマッピングを用いて疑似的な空を映していた。さらに太陽も巨大な球体の光源であることが見ている角度からわかった。

 しかしどのようにして吊り下げているのかがまったく想像できずに悩んでいると、


「見づらいと思うがドーム状の天井に無数のレールが敷いてある」

 鮮花に指摘されて眼を凝らしてみると、確かに映し出された青空のところどころに凸凹が存在している。視線でレールの一対がどこから出てきているのか眼で追うと、天井の端にぶつかった。それらが四対ある。

 阪橋は日本で四つのパターンで思い浮かんだ言葉を口にする。


「………………四季」

「たぶんそうだろう。もし地上と連動させているのであれば朝で間違いないだろう」

「まだオレンジじゃないですからね」

「夕方の可能性もなくはないだろうがね」

「どうしてです?」


 高校を卒業して二年が経過し、大学は文系に進学したため科学の勉強は疎かとなっている阪橋は、光は角度によって色が変わることを忘れていた。

 鮮花はわかりやすく虹を例に説明しようとしたところで、金切り声のような悲鳴が響き渡った。

 阪橋と鮮花は悲鳴の聞こえた方向へ顔を向ける。


 森の茂みから一人が蒼白した表情で転げ出た。先ほどまで一緒にいた囚人の一人だ。変わった点と言えば、囚人服の半分だけ赤で染まっていることだった。

 その赤色は妙に艶があり、裾から滴っている液体はやけにとろみがあり、見た者達は彼に近寄るのを躊躇われた。


「た! 助けてくれ!」

 助けを求める者へ手を差し伸べようとする者はいない。

 一体なにから助ければいいのかわからないのに、染まっている赤い液体が危機感を刺激させる。

 飛び出してきた本人は恐怖に腰を抜かしたのかまとも立てずに茂みを指さしながら後退していく。

 ごくりと誰かが固唾を飲む音が聞こえた。訳もわからないまま恐怖だけが場を包んだ。

 この場にいるみんなの視線が一か所に集まる。


 ガサ、ガサと茂みをかきわける音が聞こえる。

 森の奥から人口の太陽の光で反射したのか、チカッと瞬いた。

 凶器……? それにしてはやけに位置が高い。


 阪橋は逃げてきた人の染まった色を血だと判断し、さらに凝視した。

 やがて現れたのはヘルメットのように丸い頭部にバイザー越しから覗かせる二点の真っ赤な光。胴体は鋼鉄で覆われているのか鈍色を放っている。両肩にはそれぞれ手腕が一本ずつ生えている。それでいて、重さを感じさせない完全自律型二足歩行。全長は百六十五センチと中学二年男子の平均値のヒューマンタイプのロボット。

 頭部の金属が反射したのだと気づかなかった。


 何故なら、ロボットの右手に握られている鋭い刃物。刃先にはロボットの瞳の部分から放たれる色と同じ紅蓮の液体が一滴、一滴と垂れているのに釘づけにされたからだ。


「ヒィ! くっ、くるなーー!!」

 まともな逃亡手段が機能していない人間はロボットから見たら格好の的だ。

 男の喉に双眸に輝く紅蓮が目掛けて、その右手が振りかざされる。


「や、やめろおおおおおぉぉぉぉ…………」

 男の無能な叫びとともに、抵抗を感じさせない見事な動作。

 歪な形のボールが転げ落ちた。

 切り口からは人間の生命活動に必要な液体が重油のようにどっしりと芝生をコーティングし、切り離された胴体側の鮮やかな傷口からはこの世の物とは思えないほどの真っ赤な噴水が周囲を染め上げ、死体の衣服を派手な色へと変貌させた。


 当然、血の噴水を生み出した機械は赤に塗りつぶされるが、装甲が弾いていく。血をものともせずに周囲を見渡し、次の獲物を品定めする。

「うぅうわああぁぁぁーーー!!?」

「ぶへぇぉおぉ」

 凄惨な光景に周りの声色が恐怖へ塗り替えられる。

 ある者は声を上げながら必死に離れ、ある者は生理的な嫌悪感から内容物を吐き出してしまう。各々が各々に恐怖に駆られたときの体現を見せていた。

 なんなんだよ。ここは!?

 チカチカと機械的に瞬く真紅の相貌はまるで死の世界から迎えに来た死者を彷彿させる。


 死を迎え入れることに関しては積極的なのに、抜け殻にはまるで興味を示さない。

 ヌチャと血だまりになった芝生の上を歩いてくるが気にする素振りを見せない。相手を手向けようともしない。人間ではないのだから当たりまえかもしれない。

 しかしフォルムはどことなく人間の造形なせいで躊躇しないほうがおかしい、という思考が恐怖と混ざり合って、正常な判断能力を低下させる。

 殺戮機と、阪橋、鮮花の距離はほかの者達よりも距離があるためすぐに襲われることはないだろうが、逃げ切れない囚人を狩りつくせば標的にされる。


 阪橋は隣にいた鮮花に声を掛ける。

「逃げましょう!」

 しかし返事がない。

「鮮花さん!?」

 左肩を叩くと、すとんと、腰から落ちた。


 阪橋は思い至った。腰が抜けてしまったのだと。そしてあり得ない光景のせいで声も出ず、身体に力が入らないことに。

 二十に上がるまえの人間が社会人を抱えて、殺人機から逃げ切れるほどの膂力も俊敏さもない。だからといってこここの人を置いていくことを躊躇われた。

 動揺で身体が思うように動かなくなってしまう。

 機械仕掛けの殺人は近くにいる鮮花と同じように動けない人達の電池を着実に抜き取っていく。

 すると、ロボットがいる位置のさらに右の茂みから二人の囚人が飛び出てきた。


「動ける奴はオレ達についてこい!」

「早く!」

 彼らは、ロボットから生み出される場の恐怖をものともせず、それどころか硬直していた囚人達を一喝してみせた。


「鮮花さん、立ってください!」

「す、すまな、い。力が…………」

 ここにきてまだ立てることすら覚束ない様子で答える。

 阪橋は鮮花の脇を通して持ち上げようと試みるが、


「諦めろ!」

 先程の二人組が阪橋に寄っては言い放つ。

「でも!」

「自分を第一に考えろ!」

「しかさん、来ます!」

 片割れが警告すると、もう一人は阪橋の腕を掴んだ。

「逃げるんだ!」

 阪橋がたたら踏んでいると、

「私のことはいいから!」

 足元から別れの言葉が聞こえ、阪橋は目をきつく閉じる。


「こっちだ!」

 しかさんと呼ばれた人が先行するように走る。

 阪橋は苦悩の果てに森へと走っていく彼を追い掛けた。

 幸い、森はすぐ後ろにあった。

 阪橋は助けてくれた彼らを見失わないように懸命に走った。背後からほかにもガサガサと茂みの中を走ってくる者が聞こえた。横から飛び出る木の枝に直撃しないようにギリギリのところで躱し、茂みに隠れた灌木に足を引っかけられながらも転ばず、窪みに足を取られたときはどうなるかと思ったが踏ん張った。やがて前後からの葉擦れの音がなくなり、眼のまえに光が差し込んできた。

 陸上部だった彼は、見失うこともなく二人の後を追い掛けることに成功した。


「こっちだ!」

 森から抜けても前者の二人は休むことなく、走り続けた。

 走っていくうちに、芝生から土。土から慣れ親しんだ感触が足裏に伝わり、膝の力加減の調整に戸惑いながらも追跡した。

 やがて、一つの建物に入っていったので、阪橋は見失うわけにはいくまいとギアを上げた。

 建物の入り口と思わしき四角い枠の入ると眼のまえには男が膝に手をつけながら止まっているのを見て、急いでブレーキを掛けた。


「ありゃ、ほかはついてこれなかったみたいですね」

「なら仕方がない。閉めろ」

 眼のまえの男が指示すると、入り口付近にいた少年が扉を静かに閉めた。

 外からの光が窓から差し込まれるがそれでも薄暗く埃っぽい。天井を確認するとところどころ鉄筋がむき出しになっていた。


「ついてこい」

 座りたい気持ちを抑える。助けに来た二人は階段で上っていくので、黙ってついていく。

 頬から伝う汗をぬぐうと、二種類の粘り気に気づき確認すると血が滲んでいた。

 森を駆け抜けていたときに切れたのだ。

 自覚してから頬がヒリヒリと撫でるような痒さに苛まれると同時に夢ではないという考えに至った。


「あの、どこまで上がっていくんですか」

「屋上だ」

 簡素な答えに阪橋は、屋上に着いてからかなと思い、彼らの後をついていった。

 やがて一枚の金メッキのドアが現れ、男はドアノブを押した。

 ギイィィと嫌な音を発しながら開けられる。

 阪橋が屋上に出ると、吹き付ける風が出迎えてくれた。どこか人工的でカビ臭いにおいが鼻についた。


 必死に走っていたため、周囲の建物の観察の余裕もなかったが、屋上から眺める景色を見て、阪橋は目を見開いた。

 建物が乱立していたのである。オフィス街のような背の高いコンクリートのビル。二階ほどの平屋のスーパーマーケットらしき建築物。大小の長方形の数々。ビルと建物のあいだから覗ける凹凸の少ないながらも一戸一戸が独立している辺りは住宅街だろうか。そう思ってしまうほどに一瞬だけ地上に戻ったのではと錯覚させられるほどの外観。


 しかし、一縷の幻想も頭上を見えた途端に覆せない現実を突きつけられる。空を見たいと思ってもドーム型の屋根に覆われていて、自然の色を見ることも叶わない。

 実感はない。納得もしていないのに自分はここにいなければ、という強迫観念が阪橋を落胆から救い上げていた。


「おい、新入り。こっち」

 そういうと二人は屋上の中央でぺたりと胡坐をかいて座っていた。

 阪橋も見習って座った途端に、疲れが襲ってきて思わず溜息が漏れた。肩の位置も僅かに低くなった。

 その光景を見た二人は笑いながらも、


「お疲れさん」

「大変でしたね」

 とねぎらいの言葉を口にした。

 息を整え、ここまでの緊張感を解してから、阪橋は二人に訊いた。

 一人は、短めの髪形に成熟した顔の男性。もう片方は、サラサラと整った黒髪で、笑顔が似合いそうな少年だった。


「あの、ここはどこなんですか」

 愚問だと口に出してから思った。

 眼のまえにいる二人も汚れや年季が入っているとはいえ同じ囚人服を着ていた。

 つまり、ここまで目隠しで運ばれたことになる。いまいるこの場所が日本国内にある場所なのかそうでないのか知るには外に出なくてはならない。だが、その出る方法も見つからず、ここで生活をしている人に聞くのはあまりにも難解な問いを聞いているようなものだと。阪橋の配慮は彼らには知る由もない。

だからこそ、取り仕切っていた男が泰然として口を開いた。


「ここはリ・レンジ。地上で罪を犯した者達が収容され、裁きを受けるか脱出するかの二択が迫られる究極の鬼ごっこがおこなわれている場所だよ」

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