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風邪をひいたオジサンの悪夢

作者: ジョセフ武園

若い頃は、突然一気にくるもんだったが。

20代後半くらいから身体の「おい、今から体調を崩すぞ」という合図が解るようになった。


まず、私の場合は鼻、それも右の鼻の奥。

まるで、何か固い異物の様な物を感じる。

これがくると、もう何をしても無駄だ。

翌日には呼吸が苦しくなり、やがて発熱する。


だから、この鼻の違和感があったら、すぐに仕事の予定を調べておく。


その日は最悪だ。

何たって、日曜にその症状が出てきたから。


――こうなると、休み明けに地獄の発熱地獄が始まる。

これまた、若い頃なら多少の発熱で仕事を休む事もなかったが。


30過ぎると、しんどくてかなわない。

40を迎えた今としては、もうどうにもならない。

更に言うと、この熱が下がる時間も、どんどんと長くなる。


20代の頃は解熱まで大体丸一日。仕事をしていてもだ。

30代は二日も休めば、それなりに回復する。

40代となると、熱がひいても消化器が弱って、飯が食えないとか、筋肉痛で行動に制限が掛かる。

必然――仕事を休む時間も増え、同時に収入が引かれる。


さて、話を戻そう。

そんなこんなで、今日世のサラリーマンが重い体を起こして仕事に向かう月曜の朝に私はある意味、それよりも遥かに重みを感じる年下の上司に電話をして休暇を望んだ。


「え……昨日日曜でしたよね?

 一日休んでも出社、無理ですか? 」

まぁ、予想通りの言葉だ。


「ええ……すみません……」


「……そうですか、わかりました。お大事に」


余計な事を口走らないのが頼む時のコツなんだよな。昼過ぎには明日の休みも駆け引きしなくちゃいけないのが、今から憂鬱なんだけど……


なにはともあれ、これでしばらくはゆっくり眠れる。


と、同時にムカムカと顔が痺れてくる。どうやら発熱が始まったようだ。

鼻の違和感がゆっくりと喉に降りてきて、痛みを帯びた咳が激しく起こる。

両目の奥が熱を持ち出し、瞼が石の様に重くなる。


こうなると、眠くてたまらないがここからまた厄介なのだ。


荒い自分の息を子守唄に私は知らず知らず眠りについた。

間違いなく睡眠は体調管理に大きく影響する。しかし。


「……一時間……」


体感的には5時間は眠った気がするが、実際に経過していたのは1時間。なぜ健康な時にこの状況に陥らないのかが納得いかないが、ある医療従事者の知り合いが「寝て回復するにも最低限の体力が居る。車のバッテリーみたいなもんだ」と言われて、納得は出来ないがなんとなく、理解は出来た。


そして、大体この頃が辛さのピークだ。

頭が熱で痛みを覚えだしてきて、間違いなく一番つらい時間となる。


そして、この段階時に子どもの頃から決まって私に在る現象が起きる。


それは――悪夢。だ。


多分身体がしんどいのが関係して、夢まで苦しくなるのだろうが、だがこれだけは歳をとると症状が重くなる風邪に対して、歳をとるにつれて唯一軽くなる症状だ。


何故なら――

大人になっているからだ。

幼い時はそりゃ、怖くて怖くて仕方ない悪夢も。

大人になれば、大体途中で「これは夢だな」って気付くし、そっからは何てことは無い。なんなら、瞼を開いて強制終了も出来る。


だけど、子どもの頃はこれが一番辛かったなぁと、ふいに思い出してしまった。


昨年亡くなった私の父は、自営業をしていた為風邪をひいて休んでいると決まって看病してくれたものだ。

あれは、いつだったろうか。

多分、小学生くらいだったと思う。

初めてのインフルエンザの高熱に苦しんだ幼い私は、手の無いお化けに追いかけられる悪夢を見て、部屋で泣き出してしまった。


「だ、大丈夫か? 」

そこで、部屋に来てくれた父親の頼もしかった事と言ったらない。

私は、その大きな胸に飛び込んで温もりの中で安寧の二度目の眠りについた。


悪夢を見た最悪の思い出は、忘れられない親子の思い出と変換された。


そんな事を思っていると、膀胱が焼ける様な熱さと痒みを訴えてくる。

仕方ない。ふらつく足で直ぐ傍のトイレに行くと、ビックリするくらいの量の尿が臭気を帯びて溢れ出る。


さて――。

そうすると、頭痛の奥からまた微睡みがすぐにやってくる。

多分、次に目覚めた頃には再度上司に電話を掛けて明日の休みをとりつけなきゃいけないだろう。

落ち着いて眠れる最後の時間だ。


私は意識してガラガラに乾いた呼吸を穏やかにゆっくりと吸った。



………

「ピンポーン」


………こんな時に遠くから、インターホンが聴こえる。私の部屋か? よりによって。

少しまともに眠れたからか、先程とはマシになった足で私は戸の頼りないチェーンを外し、それを開く。


「よう。大丈夫かぁの? 」


「父さん」


目の前に居たのは、あの、幼き日。私の泣き声に心配して駆けつけて来てくれた父の姿そのものだった。


「どうして? 」

私の言葉に、父親は優しく微笑むのだ。

「お前が、しんどそうじゃったからな。家から飛んできたんよ」


ああ……。


それは、間違いなく悪夢だ。

それだけは違いない――違いないけど。


「わしは、お前の父ちゃんなんじゃけぇ、しんどい時は便りにせぇ」


その声がハッキリと私の耳に届いた時。

力なく私の両目が開き、目尻から涙が一筋零れる。


やれやれ。


まだまだ、風邪をひいた時は辛い思いが増えそうだ。


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