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    その三


 華澄は、イブキが剣を出した様を呆然と眺めながら、鈴死が投げてきた炎をかわし、自らも作り出した氷の刃を放った。


「まさか……」


 驚愕と共に吐き出された声は、掠れていた。


「魔を滅する魔剣ではなく、魔を浄化する聖剣ですか。確か聖剣を生み出すことができたのは彼女で二人目。さすが王の妹君」


 鈴死も強い輝きを宿した剣を見て、感嘆と呟いた。


「あの剣で切り付けられたら、我が君も無事ではありますまい」


 千珠が死ぬかもしれないと言いながら、その声はどことなく楽しそうであった。彼は、危険な光を穏やかな瞳の奥に隠し、微かに色を失った華澄を見て、喉の奥で笑った。


「華澄殿、気分でも悪くなりましたか。戦いは始まったばかり。姫君に気を取られていると、自身の身も危うくなりますよ――ッ!」


 鈴死は、嘲笑を含んだ声音で厳かに言うと、印を結び、炎を放った。


「ク……ッ」


 炎が華澄の肩の横を掠った。肉の焼けた不快な匂いが鼻を突く。視線を右肩に向ければ白い肌が無残にも焼け爛れていた。頬を流れる血を手の甲で拭うと、ふいに華澄は笑い出した。


「私が負けるとでもいいたいのですか? 確かに、イブキ様が聖剣の所有者だったということに関しては少しばかり誤算が生じましたが、それでも運命は変わりません。最後に笑うのはこの私です」


 華澄は空高く飛翔すると、一気に鈴死めがけて降下した。


「闇に蠢く黒き輝きよ、今こそ真の力を示せ――」


 華澄は両手を鈴死の方へと突き出した。すると、明りに反射してキラキラと光る糸が無数に飛び出した。その糸は、意思があるように交互に折り重なり合うと羽を広げるかのように伸びた。網のような形のまま鈴死に覆い被さろうとする。が、一瞬早く鈴死は空間移動した。


「誠に恐ろしきは、姿を変えた魔物」


 鈴死は意味心な言葉を吐くと、口角を持ち上げた。


「華澄殿、ご自身の力を過信なさると痛い目に遭いますよ。運命とは、自身で切り開くもの。決められた運命などありえないのですよ」

「いいえ、進むべき道は、この世に生を受けた時から定められているのです。数多ある選択肢の中から自分が選び取ったと思っていても、それは間違え。選んでいるのではなく、選ばされているのです。たとえ、その道に誤差が生じ、別の道を歩むとしても、最後にたどり着くところは変わりません。運命が見えないあなたにはわからないでしょう。運命とは不変的なもの。神ですら、一度定めた運命を変えることは不可能なのです。未来も過去も見通す力がある私にはわかります。あなたたちがどのような道を辿るのか」


 華澄の決めつけた言葉に、鈴死は密やかに笑む。


「ならば、変えてみせましょう」


 空戦を繰り広げる彼らの眼下には、灰と化した森が広がっていた。木々は炎で燃え、冷たい冷気で凍り、爆音と共に吹き飛ばされた。大地はえぐられたように窪み、本来この岬にいるはずの動物の姿は危険を察知してかどこにも見当たらなかった。

 地上で二組の攻防戦を安穏とした様子で見ていた和樹は、なかなか決着が見えてこなくなると、苛々したように片眉を上げ、親指を齧った。こめかみから汗が伝った。灼熱が彼から水分を奪い取る。

今のところ、和樹は傷一つなくピンピンしているが、時間が長引けばそれも怪しくなる。たた人である和樹には、この熱ささえ辛い。飛べない和樹はすぐに森と同じような道を辿ることになるだろう。上着を脱ぐと、シャツ一枚になった。ネクタイを近くで燃えさかる炎の中にほうり込む。


「蓮波の血は途絶えさせてやる――!」


 暗く陰った瞳は、復讐という名の元に陰湿な光が宿る。

 和樹は、流れ落ちる汗を拭い、上がる息を整えると、うっすらと笑みを引いた。憎しみに燃える双眸は数十メートル先で戦うイブキと千珠を映し出していた。






「――お前の力はそれだけか」


 向かってくる刃先をすいっと避けながら、千珠が嘲るように言った。

 イブキの太刀筋が悪いのではない。切り付ける鋭さと、剣を自分の体の一部のように扱う様は、どれだけ修練を積んだ者でも勝てない、そんな洗練された動きがあった。

 けれど、そんなイブキ以上に、千珠の方が戦闘能力は上だった。呪術を使わずに、軽々と剣先を避けるだけでイブキの体力と、精神力を徐々に砕いていった。彼はただ、剣を避けるだけでいい。そうすれば、イブキは体力を消耗し、慣れない戦いに精神を不安定にする。千珠は、呪術なしでイブキに勝てるのだ。


「くっ……」


 しかし、苦戦しているイブキに対して、何を思ったのか千珠が後ろに一歩下がりながら言った。


「呪術はどうした。解放されているはずだぞ。なぜ使わない」

「わた、しには……そんな、力、は……あり、ません……」


 息を乱しながらイブキが応えた。頬は上気し、額にはうっすらと汗がにじんでいた。


「忘れているのか」


 千珠は掌から、黒いオーラを立ち上ぼらせる剣を取り出すと、斬りかかってきた刀身を受け止めた。双方の刃が触れ合った瞬間、火花が散った。

 千珠は間近に迫るイブキの顔を覗き込むように顔を近付けた。


「ハスナギとイナミの首を見せられた時、お前は自我を失った。怒りや哀しみで染められたお前の心は、混沌に沈み、変わりに作為によって解き放たれていた力が、無意識の内に呼び覚まされた。――思い出せ、その時の感覚を。お前は、呪術が使えないんじゃない。意図的に封印されていたんだ」

「何を――」


 戯言を、と思いつつ千珠の言葉の一つ一つがイブキの心に染み渡った。脳裏に、祖父とイナミの血まみれの顔が浮かび、吐き気が込み上げた。思わず、左手で口元を覆ったが、次の瞬間、体が炎に包まれたかのように熱くなった。


「力も、使い方がわからないのであれば、宝の持ち腐れ。額に気を集中させろ。気の流れを肌で感じ取れ」


 イブキは、千珠の言葉に導かれるかのように、剣を構え、気を集中させるために瞳を閉じた。ゆらりと全身から立ち上ぼる気を肌で感じながら、先程感じた熱さが身を焦がした。爪先から足に。足から胴体。指先から肩へ。気の流れを徐々に額へと集める。


 ――熱い。


 燃えるような熱さではなく、ほとばしるような熱が、額に集中した。

 ああ、とイブキが嘆息した。

 砕吏(さいし)を殺し、鈴死を傷つけた時のあの感覚が今はっきりと思い出される。


「なぜ呪術の方法を――」


 瞳をゆっくりと開けたイブキは、目の前で悠然と剣を下ろして立っている千珠を見据えた。

 今ならわかる。どう呪術を扱えばいいのか。呪をただ唱えるだけでは駄目なのだ。気を集め、それを力に変えなければ、呪術は成り立たない。

 イブキの大きな瞳は、戸惑ったように揺れていた。

 相手の意図がわからない。

 イブキが呪を修得する間、殺すすきはいくらでもあったはずだ。なのに、彼はまるでイブキが呪術を使えることが必須でもあるかのように見守っていただけだった。

 淡い期待がイブキの脳裏をよぎる。

 もしや、殺し合いにためらいを覚えたのではないかと。

 けれど、千珠の言葉はそんな甘い考えを霧散にした。


「弱い者をいたぶるのは趣味ではない。だから、教えた。それだけだ。これで心置きなく戦えるというもの」


 千珠は低く呪を唱えると、イブキに向かって放った。


「……うっ」


 青白い閃光がイブキの体を直撃した。拍子に数メートル先に吹き飛ばされる。鈍い痛みと、内臓が飛び出しそうになる衝撃が襲った。イブキは呻きながら立ち上がると剣でふらつく体を支えた。どうにか態勢を整え、血が滲むむき出しの腕や足に視線を走らせた。

 千珠は本気だった。

 さっきまでの戦いは、今に比べれば遊戯だ。子供がふざけ合う程度の。それほどまでに違っていた。


「雷鳴よ、轟きの渦となり、我が前に立ち塞がりし者に制裁の刃を――」


 使えぬとわかっていても覚え続けた呪術が記憶の底から引きずり出される。ハスナギからもらった本に書かれていた戦闘用の呪が、この場においてその効用を発揮した。


「まだだ、イブキ。まだお前の真の実力は出ていない。俺を殺したいのなら、全力を出せ」


 ふわりと宙に浮きイブキの呪をかわした。底が見えない光を含んだ瞳はまっすぐにイブキだけを見つめていた。


「兄様、血を流すことになんの意味があります! 私たちはこの世で血を分けたたった二人の兄妹。なのになぜ、戦わなければならないのです」

「まだそんな甘言をほざいているのか。我が妹ながら恥ずかしい。そもそも名前からして恥だ。イブキなどと、戯けた名を」

「お父様が名付けて下さった名前です。私はこの名を誇りに思います」

「誇り? 魔の血を引きながら、神の名を名乗るのか。『イブキ』とは、息を吹き返す者。つまり、生命を司る古の神の名だ。悠貴が知らなかったとはいえ、愚かしい名を与えたな」


 千珠は剣を消すと、右手を高く上げた。すると星空を覆う暗雲がとぐろを巻きながら千珠の頭上へと出現した。青白い雷電が轟く中、黒い影がうごめいていた。

 千珠は影に向かって囁いた。その声に反応するかのように影はゆっくりと姿を現した。


「ガ……ヴガッ」


 皮膚は爛れ、頭には鋭く尖った二本の角。眼球は飛び出し、背中には鱗が生えていた。人ではない、醜い異形。その儡糸と呼ばれた者は、鼻が曲がるような悪臭を放ちながら千珠に向かって頭を垂れた。


(らい)()、わかっているな。お前は馬鹿ではない」

「ガ……」


 それが返事なのだろう。儡糸の長く伸びた牙の間から獣の唸り声のようなものが漏れた。


「ならば行け」


 儡糸は主の命令に頷くと、ギラギラと血走る眼をイブキに向けた。刹那、巨大な体がイブキに襲いかかる。


「……っ」


 間一髪身を交わしたイブキは、儡糸と同じく空中に浮かび、剣を構えた。

 一掠りでいい。そうすれば致命傷を負わせることができる。


「敵は一人ではない」


 千珠は儡糸に気を取られているイブキの背後目掛けて氷の刃を投げた。


「あっ……!」


 刃はイブキの服を切り裂き、腕と足に深々と刺さった。痛みに意識が遠のいたイブキの体は地面へと落下した。



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